愛じゃなくても

美里

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 短い沈黙が落ちた。短い、けれど喉を焦がすような。
 章吾はその沈黙に息を飲んだ。
 似ていると思ったのだ。はじめて七瀬を抱いた日の沈黙と。
 もしかしたら、と思った。もしかしたら、また自分は同じような過ちを繰り返すのではないかと。それは、ほとんど恐怖のような強さで。
 しかし七美は章吾の緊張に気がついたらしく、にこっと破顔一笑した。
 そしてその顔のまま、声の端っこを震わせて言ったのだ。
 「お兄ちゃんが死んだって聞いたとき、章吾さんも連れて行ったと思いました。一人で死んだわけないと思って。」
 章吾は、七美が言っている意味をつかめず、子供のようにきょとんと首を傾げた。
 「……え? 俺を、連れて?」
 ええ、と七美が頷く。
 「お兄ちゃんは本当に章吾さんを好きだったから。だから、死んだって誰にも渡す気なんかないと思って。」
 想像もしていない台詞だった。章吾は驚いてただ言葉をなくした。七美は笑ったままの頬にぽろりと涙を一粒落とした。
 七美の言うことを、嘘だ、と流してしまうのは簡単だった。
 嘘だ、そんなことがあるはずはない、と。
 けれど、そうしてしまうには、七美の目の色はあまりに深かった。
 連れて行かれるところだった?
 まさか、と思う。七瀬に殺意を向けられたことなどないと。
 思い出すのは、傷だらけだった手首と、思い詰めたようにそげた白い頬。
 あの傷のうちのいくつかは、いや、もしかしたら全てが、章吾に刻まれるべき傷跡だったのかもしれない。
 殺意は、章吾がそれと意識できないほど、常に密やかに向けられていたのかもしれない。
 「……俺たちは、ここでなにをしてたんだろうな。」
 問うでもなく、そんな言葉が口をついた。
 この部屋で、俺達はなにをしていたのだろう。
 章吾が抱えていたのは恋にも愛にもなりきれない劣情。七瀬が抱えていたのは恋も愛も飛び越えた先にある殺意。
 なにも噛み合っていない。なにもかも噛み合わないまま、俺たちはこの部屋で二人、なにをしていたのだろうか。
 3年間、一緒に暮らした。6年間、身体を重ねていた。21年間、幼馴染としてすごした。
 長い時間があったはずだ。
 その長い時間の中で、なにも噛み合わせないまま、組み合わさることのない歯車は、不協和音しか奏でられない。
 そんなふうに暮らしてきた事実が、七瀬の死によって、どうしようもなく日の下にさらされてしまっている。


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