せめて今夜の薬指

美里

文字の大きさ
9 / 23

しおりを挟む
つまらない俺によく似た、つまらない部屋。その奥には、ただ眠るだけにしか使ってこなかったベッドがあるきりだ。
 また、この男に抱かれる。
 そう思うと胸が苦しくなる。
 俺には緑雨を追い出せないと言った葛西さんは正しい。俺は緑雨から与えられる快感を知ってしまっているし、緑雨に抱かれている間は寂しくないと、そんなことも知ってしまっている。
 緑雨は俺をベッドに座らせると、自分もぴたりと身を寄せて腰を掛けた。緑雨の腕が俺の肩を抱くと、昨夜と同じ香りが仄かに漂う。
 「ケイスケは俺を追い出したい?」
 分からなかった。少なくとも、追い出すのが正しいとは知っていた。そして、それでも自分が緑雨を追い出せないことも。
 こうやって緑雨が色んな人のところで色んな夜を越してきたことくらい、分かっている。俺は全然緑雨の特別なんかではない。
 それでも、一人は寂しかった。
 首を横に振ると、勝手に涙が出てきた。右目からひとつ、左目からひとつ。
 いい年をした大の男が泣くなんて、自分の情けなさに嫌気が差した。
 「なんで泣くの?」
 緑雨の声は、耳から流れ込む甘ったるい毒薬のようだった。
 「追い出したくないんなら、俺はケイスケの側にいるよ?」
 耳から流れ込む毒薬が、俺の思考をめちゃくちゃにする。
 気がついたら、俺は緑雨の胸にしがみつき、彼の肌の匂いに酔っていた。
 葛西さんの切れ長いあの目が頭の隅をかすめたけれど、それはもうなんの抑止力にもなってくれなかった。
 「自分で脱いでみて。」
 緑雨が耳元で囁く。
 俺は機械仕掛けみたいにぎくしゃくとワイシャツのボタンに手をかけた。
 汗ばんでいる。シャワーが浴びたい。
 もちろん言い出せないまま、緑雨の視線にさらされながら、服を脱いでいく。
 俺は自分の意志でこの男に抱かれるのだと、頭に刷り込むために緑雨は俺に服を脱がせたのだろう。多分それだって、いつもの手だと分かっている。
 分かっているのに、どうしようもなく俺は、色気のかけらもない、ぎこちないストリップを続ける。
 緑雨はじっと俺の手を目で追っていた。
 服を全部脱ぎ終わると、緑雨は子供にするように俺の両手を取り、彼の膝の上に座らせた。頭半分以上身長が違うから、俺は緑雨の首筋あたりに顔をうずめることになる。
 「いい子。」
 囁き声を耳に直接流し込まれ、俺の理性はまた霞がかっていく。
 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...