観音通りにて・ウリ専

美里

文字の大きさ
13 / 23

傘がない

しおりを挟む
ああ、この男が和巳か。
 こんばんは。」
 和巳が曖昧に微笑みながら軽く会釈をした。
 「どうも。」
 仕方なく涼もそれに倣う。
 「観音通りに行くんですか? 光くんを迎えに。」
 「……まぁ、はい。」
 小雨の降る夜だった。光は多分傘を持ってっていない。出掛ける時に雨が降っていなかったら、どれだけ降水確率が高かろうが、傘を持って行かない男なのだ。
 だから涼は自分の傘をさし、ビニール傘を腕に引っかけて観音通りに向かっていた。
 そして和巳も同じように、青い傘を差し、右手に黒い傘をぶらさげていた。
 「僕もなんです。一緒に行きませんか?」
 「え……。傘、一本あれば十分でしょう。俺は遠慮しときます。」
 「そんなこと言わずに。」
 「いや、本当に俺は……。」
 「行きましょう。」
 見た目はなよっとしてるくせに案外強引だな、と涼は若干の苛立ちを込めて和巳を見上げた。涼より幾分背が高い和巳は、微笑でその視線を受け流した。
 例えば時が過ぎて、光に誰か恋人ができたとする。涼より光にふさわしいであろうその誰かのもとに、光が行ってしまうとしても、涼としてはそのときはきっぱり光を諦めようと思っている。
 だって、自分は光にふさわしくない。光の過去をどうしても呼び覚ましてしまう亡霊みたいなものだ。
 けれど、和巳が光にふさわしいとは、どうにも思えないのだ。
 光の苦痛を知らずに平気な顔をしているこの男が。
 ほら、行きましょう、と、和巳が涼の腕を引いた。涼は渋々その手に従った。頑なに断るのも大人げがない気がしたのだ。
 「涼くんは、」
 「……はい。」
 「光くんに売春を止めてほしいとは思わないの?」
 思う。昼間だってその話をしたばっかりだ。
 けれどそれを口にするのはなんだか負けたような気がして、涼は軽く首を横に振った。
 「あいつの自由ですよ。」
 ついた嘘の分、胸が重たくなる気がした。
 あいつの自由。
 そう言い聞かせて、売春稼業に落ち込んでいく光を見て見ぬ振りしたこの一か月。
 本当は、自分には光を止める力がないと思っていたからだ。その力を持っているのは、目の前で微笑んでいるこの男だけ。
 それが悔しくて、あいつの自由だなんて言葉で誤魔化して、本気で売春をとめようとはしなかった。
 そっか、と、ごく低い声で和巳が呟いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

処理中です...