煙草の煙

美里

文字の大きさ
6 / 20

しおりを挟む
 それからハンバーグが運ばれてくるまで、俺も兄貴も黙っていた。目の前に置かれた、湯気を立てるハンバーグを見て、俺はようやく、昨日の晩飯もハンバーグだったことを思い出した。瑞樹ちゃんと兄貴だけじゃない。俺も同じように、食への関心は薄い。
 同じだな、と思ったら、言葉は自然に転がり出てきた。
 「瑞樹ちゃん、心配してた。俺も。」
 肘をついた姿勢のまま、行儀悪くハンバーグをかき込もうとしていた兄貴は、ふっと視線を上げて俺を見た。半分睨むみたいな視線だった。
 「お前も?」
 「うん。」
 睨まれる理由が分からなくて、俺はちょっと身を引いた。すると、斜め向かいから伸びてきた兄貴の長い腕が、俺の肩を掴んだ。離れるのは、許さないとでもいうみたいに。
 俺は、子どもの頃のことを思い出した。兄貴に肩を掴まれて眠った幾つもの夜。母親がパート先の店長と駆け落ちして、父親は闇金業者に追われていて家を留守にしてばかりいた。二人っきりの家で、兄貴は俺の肩を掴んで寝た。肩を抱いた、とは言えない。ぎゅっと力を込めて、兄貴は俺の肩を掴んだ。俺は、そうされていると安心した。安心して、よく眠れた。怖いことや不安なことだらけだったのに、それらが布団の中に入ってくることはないような気がして。
 その頃を彷彿とさせる仕草で兄貴が俺の肩を掴むので、俺は驚いて兄貴を凝視した。父親が蒸発して瑞樹ちゃんに引き取られて以降、瑞樹ちゃんが俺たちそれぞれに部屋をあてがってくれらこともあって、兄貴がこうすることはなくなっていた。
 「心配してるって言うなら、部屋にこいよ。」
 兄貴が低く言った。それは、不味いガムでも吐き捨てるみたいに。
 「え?」
 俺は虚を突かれてしまい、兄貴の手を振り払うことすらできなかった。
 部屋にこい? なんだ、それは。兄貴も俺を避けているのではないのか。
 ハンバーグの匂いが立ち込める、明るくのどかな夕方のファミリーレストランで、俺と兄貴はしばらく睨み合った。先に目を逸らした方が負け、みたいな、変な空気があった。意地の張り合い。それも、俺にはどこか懐かしかった。
 「部屋にこい。」
 兄貴がそう繰り返した。
 「なんで。」
 俺も兄貴と同じ、恫喝するような低いトーンで返した。
 「女とは、ヤってない。」
 「は?」
 「話聞きたいなら、部屋にこい。」
 俺はしばらく考えた。二年前のキスみたいなのが頭を過ぎらなかったと言ったら嘘になる。それでも俺には、瑞樹ちゃんを安心させたい、と言う気持ちの方が強かった。とにかく兄貴の話を聞いて、瑞樹ちゃんに報告しなくてはならない。
 「……行くよ。」
 ハンバーグには手を付けす、俺と兄貴は半端に距離を開けてファミレスを出た。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...