19 / 20
10
しおりを挟む
お前、バカだな。
兄貴は、そう笑った。
「分かってるよ、それくらい。分かってた。前から。」
「……うん。」
むしろ、それでよかったと思わなければならないだろう。こうやって抱きあって、子どもも残せてしまう性別だったら、多分俺は、溺れた。後先も、なにも考えずに。
「バカだな。だから、俺みたいなのに付け込まれるんだよ。」
付け込まれる。
その言葉には、違和感があった。俺は、兄貴に付け込まれた覚えはなかった。自分の意志でこうなった、とまでは言えないけれど、そう言うには、最初のキスも二度のセックスも、兄貴主導で行われていたけれど、それでも、付け込まれた、とまでは言えない気がした。
「……うん。」
それでも頷いたのは、他にどうしていいのかが分からなかったからだ。今、兄貴と俺の真ん中にある、蟠った感情と時の出来損ないを、どうやって始末したらいいのかが分からなかった。
煙草をくわえたまま、兄貴が笑った。今度の笑みは、見慣れた兄貴の顔だった。ずっと昔から、兄貴はこんなふうに、眩しそうに目を細めて笑った。
「帰れよ。瑞樹ちゃんが心配してる。瑞樹ちゃんには、適当に言っといてくれ。大学は、辞めるよ。」
「……あの、女の人のために?」
「昔の、俺とお前のために。」
うん、と、俺はまた頷いた。それしかできない、バカみたいに。昔の俺と兄貴のため。その言葉は嘘ではないと、それは分かっていた。感覚で。
「……帰るよ。」
俺は、コートの前を閉め、兄貴に背を向けた。土足で玄関まで歩き、沓脱ぎに降りる。
兄貴は、俺を引き留めなかったし、ひとつの言葉もかけなかった。俺も同じで、兄貴を振り向かなかったし、ひとつの言葉もかけなかった。
兄貴の靴をまたぎ、玄関のドアを開け、外に出る。後ろ手で、ドアを閉めた。振り返ると、未練が出そうで。
そのまま早足で、駅までの短い道のりを歩いた。もしかしたら、あの女のひとが待ち伏せしているかもしれない、と思ったけれど、そんなことはなかった。あの女のひとは、そんなことをしなくても全然平気なくらい、兄貴を信用しているんだろう。
駅について、改札をくぐり、丁度ホームに滑り込んできた電車に乗る。ポケットからスマホを取り出してみると、瑞樹ちゃんからたくさんラインと着信がきていた。
俺は、すぐ帰る、とだけラインを返して、ガラガラに空いた車内で、腰を下す気にもなれず吊革につかまった。
泣きも、喚きもしなかった。もう二度と、兄貴と会うことはないのだろうと思った。
兄貴は、そう笑った。
「分かってるよ、それくらい。分かってた。前から。」
「……うん。」
むしろ、それでよかったと思わなければならないだろう。こうやって抱きあって、子どもも残せてしまう性別だったら、多分俺は、溺れた。後先も、なにも考えずに。
「バカだな。だから、俺みたいなのに付け込まれるんだよ。」
付け込まれる。
その言葉には、違和感があった。俺は、兄貴に付け込まれた覚えはなかった。自分の意志でこうなった、とまでは言えないけれど、そう言うには、最初のキスも二度のセックスも、兄貴主導で行われていたけれど、それでも、付け込まれた、とまでは言えない気がした。
「……うん。」
それでも頷いたのは、他にどうしていいのかが分からなかったからだ。今、兄貴と俺の真ん中にある、蟠った感情と時の出来損ないを、どうやって始末したらいいのかが分からなかった。
煙草をくわえたまま、兄貴が笑った。今度の笑みは、見慣れた兄貴の顔だった。ずっと昔から、兄貴はこんなふうに、眩しそうに目を細めて笑った。
「帰れよ。瑞樹ちゃんが心配してる。瑞樹ちゃんには、適当に言っといてくれ。大学は、辞めるよ。」
「……あの、女の人のために?」
「昔の、俺とお前のために。」
うん、と、俺はまた頷いた。それしかできない、バカみたいに。昔の俺と兄貴のため。その言葉は嘘ではないと、それは分かっていた。感覚で。
「……帰るよ。」
俺は、コートの前を閉め、兄貴に背を向けた。土足で玄関まで歩き、沓脱ぎに降りる。
兄貴は、俺を引き留めなかったし、ひとつの言葉もかけなかった。俺も同じで、兄貴を振り向かなかったし、ひとつの言葉もかけなかった。
兄貴の靴をまたぎ、玄関のドアを開け、外に出る。後ろ手で、ドアを閉めた。振り返ると、未練が出そうで。
そのまま早足で、駅までの短い道のりを歩いた。もしかしたら、あの女のひとが待ち伏せしているかもしれない、と思ったけれど、そんなことはなかった。あの女のひとは、そんなことをしなくても全然平気なくらい、兄貴を信用しているんだろう。
駅について、改札をくぐり、丁度ホームに滑り込んできた電車に乗る。ポケットからスマホを取り出してみると、瑞樹ちゃんからたくさんラインと着信がきていた。
俺は、すぐ帰る、とだけラインを返して、ガラガラに空いた車内で、腰を下す気にもなれず吊革につかまった。
泣きも、喚きもしなかった。もう二度と、兄貴と会うことはないのだろうと思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる