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「遅かったじゃない、雪人。心配したのよ。」
俺を玄関まで出迎えてくれた瑞樹ちゃんは、部屋着のグレイのスウェット姿だった。
「え? 仕事は?」
いつもならこの時間、瑞樹ちゃんは銀座のクラブで浴びるほど酒を飲んでいる最中のはずだった。そもそも瑞樹ちゃんが家にいるとは思っていなかった俺は、本気で驚いて玄関で固まってしまった。まだ、瑞樹ちゃんと顔を合わせる心の準備ができていなくて。
「休んだわよ。」
当たり前みたいに瑞樹ちゃんは言った。前に瑞樹ちゃんが仕事を休んだのは、三年前にインフルエンザで寝込んだときだったはずだ。
「……ごめん。」
俺がほとんど反射で謝ると、瑞樹ちゃんは怪訝そうに首を傾げた。
「なにを謝ることがあるの? 私が頼んだことじゃない。」
謝ることは、あった。こんなに心配をかける兄弟でごめん、と心底。でも、瑞樹ちゃんにそれを言うと、怒られるのは分かっていた。心配をかけるのは子どもの仕事よ、と、もう子どもじゃない俺に、それでも。
そんな瑞樹ちゃんに、兄貴と寝ていたのかなんて、訊けるはずがなかった。
「……兄貴、大学やっぱ辞めるって。」
その先に、どんな言い訳を並べようか考える前に、瑞樹ちゃんはあっさり、そう、と言った。
「……いいの?」
「いいのって、なにが?}
「大学……、」
「春人の好きにすればいいわ。30までにひとりで生きていけるようになればいいのよ。」
そうだね、と、俺はただ頷いた。瑞樹ちゃんは、こういうひとだ。分かっていたはずだ。兄貴と寝ていてもいなくても、瑞樹ちゃんは、とにかくこういうひとだ。
俺は、どうしようもなく胸が苦しくなって、瑞樹ちゃんに手を伸ばした。その手を、瑞樹ちゃんはあっさり引き寄せてくれた。
「瑞樹ちゃん。」
「なに?」
「……瑞樹ちゃん。」
それ以上、言葉が出なかった。
瑞樹ちゃんは、ほんの少しだけ笑った。そして、俺の手を引っ張って部屋に上がらせると、リビングの椅子に座らせてくれた。
「大丈夫よ。兄弟なんだから。」
兄弟だからって、俺と兄貴はなにも大丈夫じゃなかった。これまでも、多分、これからも、でも、それでも、瑞樹ちゃんがそう言ってくれるのが嬉しくて、俺は我慢できずに涙を流していた。これまで、流すべきところで流してこなかった涙が、今、とめどもなく流れてきているのだと思った。
俺を玄関まで出迎えてくれた瑞樹ちゃんは、部屋着のグレイのスウェット姿だった。
「え? 仕事は?」
いつもならこの時間、瑞樹ちゃんは銀座のクラブで浴びるほど酒を飲んでいる最中のはずだった。そもそも瑞樹ちゃんが家にいるとは思っていなかった俺は、本気で驚いて玄関で固まってしまった。まだ、瑞樹ちゃんと顔を合わせる心の準備ができていなくて。
「休んだわよ。」
当たり前みたいに瑞樹ちゃんは言った。前に瑞樹ちゃんが仕事を休んだのは、三年前にインフルエンザで寝込んだときだったはずだ。
「……ごめん。」
俺がほとんど反射で謝ると、瑞樹ちゃんは怪訝そうに首を傾げた。
「なにを謝ることがあるの? 私が頼んだことじゃない。」
謝ることは、あった。こんなに心配をかける兄弟でごめん、と心底。でも、瑞樹ちゃんにそれを言うと、怒られるのは分かっていた。心配をかけるのは子どもの仕事よ、と、もう子どもじゃない俺に、それでも。
そんな瑞樹ちゃんに、兄貴と寝ていたのかなんて、訊けるはずがなかった。
「……兄貴、大学やっぱ辞めるって。」
その先に、どんな言い訳を並べようか考える前に、瑞樹ちゃんはあっさり、そう、と言った。
「……いいの?」
「いいのって、なにが?}
「大学……、」
「春人の好きにすればいいわ。30までにひとりで生きていけるようになればいいのよ。」
そうだね、と、俺はただ頷いた。瑞樹ちゃんは、こういうひとだ。分かっていたはずだ。兄貴と寝ていてもいなくても、瑞樹ちゃんは、とにかくこういうひとだ。
俺は、どうしようもなく胸が苦しくなって、瑞樹ちゃんに手を伸ばした。その手を、瑞樹ちゃんはあっさり引き寄せてくれた。
「瑞樹ちゃん。」
「なに?」
「……瑞樹ちゃん。」
それ以上、言葉が出なかった。
瑞樹ちゃんは、ほんの少しだけ笑った。そして、俺の手を引っ張って部屋に上がらせると、リビングの椅子に座らせてくれた。
「大丈夫よ。兄弟なんだから。」
兄弟だからって、俺と兄貴はなにも大丈夫じゃなかった。これまでも、多分、これからも、でも、それでも、瑞樹ちゃんがそう言ってくれるのが嬉しくて、俺は我慢できずに涙を流していた。これまで、流すべきところで流してこなかった涙が、今、とめどもなく流れてきているのだと思った。
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