水面に月

美里

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 その後、ホテルに行ってセックスした。
 それは確かなことなのに、佐原はなぜだか、ホテルに行くことになった経緯の記憶が曖昧だ。自分が誘ったんだとは思う。まじ、と、再び思った記憶もあるから、彬はあっさり了承したのだろう。焼肉屋の前で、この後、時間ある? とでも言ったのだろうか。そうしたら彬が多分、ホテルですか? とでも言った。頷く佐原に、彬が笑いながら、いいですよ、などと返した。まじ、と思った。そんなふうな流れな気はする。そして佐原には、どうして彬がそんなにあっさりホテルまでついて来たのか、その真意がさっぱり分からない。何度身体を重ねていても。
 その晩はもう一回、まじ、と思った記憶があって、それはホテルでのセックス中のことだった。彬はおそらく、男と寝たことがなかった。そのことに佐原は、まじ、と思ったのだ。男を誘い込む妙な色気を放っていて、平然と誘いに乗ってきた。そんな男が、まじ、と。佐原が抱いたことがあるのは女の処女だけで、これまで男を抱いたことはない。だから確実ではないけれど、彬は性交自体に不慣れだった。明らかに、怯えてもいた。警戒心の強い猫みたいに。
 「大丈夫か? 痛くない?」
 佐原が耳元で訊くと、びくりと身体を揺らしながら、彬は睨み返してきた。その視線に、欲情した。二度目が欲しくなった。セックス中にそんなふうに先のことを考えるなんて経験がこれまでなかったので、佐原は自分の思考にかなり驚いた。それも、こんな一回りは年下の男相手に。でも、先が欲しいと思ったのは確かで、可愛い。上手。気持ちいい、そんならしくもない台詞を吐いたりもした。その度に彬は、馬鹿にしてんのかよ、と睨み上げてきた。佐原に組み敷かれ、身体を好きなようにされながら、それでも眼差しの強さは一級品だった。
 「本気だぞ。」
 「馬鹿にしてんのかよ、おっさん。」 
 「そう聞こえる?」
 「……。」
 「本気だぞ。」
 体内に佐原を受け入れて、涙目になりながら、それでも強い視線を向けてくる。濡れた喘ぎ声の合間に佐原に投げつける憎まれ口は、あくまでも冷たい。
 正直、興奮した。
 「泊まってけよ。身体、きついだろ。」
 セックスが終わると、ぎこちない足取りでそれでもすぐに、シャワーを浴びて服を着直した彬の背中にそんなふうに声をかけた。
 彬はこちらを振り返りもせずに、部屋を出ていこうとした。それを無理に引き留めて、連絡先を聞き出した。うっとうしそうに佐原を半目で見やり、投げ捨てるみたいにラインだけ教えて、彬はあっさり帰って行った。
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