4 / 24
4
しおりを挟む
最初のときから、彬は一度もホテルに泊まっていったことがない。俺と泊まるのが嫌なのだろう、と解釈し、俺は帰るから泊まってけ、と言ったこともある。それでも彬は黙って帰っていった。性交に不慣れな、受け身にできていない、痛みや違和感が残るであろう身体で、それでも。だからか、佐原もホテルに泊まらない。彬を抱いた後のベッドで一人眠る気にもなれず、シャワーを浴びて、煙草を吸ったら帰ることにしている。
今日も今日とて彬に去られ、一人シャワーを浴びて衣類を身に付け、煙草を吸ってホテルを出る。
彬が意地でも家に帰るのは、同居人がいるからだろう。無視し続けてはいるが、鳴り続ける電話に、佐原も気が付いていないわけではない。彬もそれを佐原に隠そうとする素振りはない。ただ、無造作に放り出されたスマホが、テーブルの上やベッドの枕元で震えているだけだ。
おせっかいすぎるだろう、と思う。彬ももう、大の男だ。それにここまでしつこく電話をしてくる。まさか門限でもあるのかよ、と、口の中で吐き捨てる。小学生でもあるまいに。
ふと、女を抱きたくなった。それは、逃避みたいに。彬にばかりかかずらわっている自分から、目をそらしたくなったのだろう。
スーツのポケットからスマホを取出し、呼び出せそうな女を探す。何人か候補はいて、どれも彬と寝る前からの仲だ。そして、彬と寝るようになってからは呼び出していない。
ラインを開いてはみても、どの女も輪郭がぼやけたみたいにしか思い出せなかった。顔も、声も、身体も。だから、誰でもよかったのだ。今、女の肉に指を埋められれば。それなのに、結局佐原の指が選び出したのは、彬のアイコンだった。
「……。」
そんな自分に呆れながら、さっき別れたばかりの、さっき置き去りにされたばかりの男にコールする。
『……なんの用ですか。』
6回目のコールで律儀に電話を取った彬は、不機嫌そうな声をしていた。その背後には、街の雑踏は聞こえない。もう、家に帰りついたのだろう。同居人と一緒に住んでいる、家に。
「いや、声聞きたくなって。」
からかうみたいな声が出たのは、完全な負け惜しみだった。冗談にしなければ、本心も伝えられない。感情は、佐原が自覚するまでもなく、結構こじれてきていた。
『じゃあ、これで用は済みましたね。』
なんで敬語?
そう疑問に思って、すぐに、近くに同居人がいるのだろうと思い到った。以前、何度か寝た既婚の女がそうだった。夫が近くにいる時には、なぜだか敬語になる。
今日も今日とて彬に去られ、一人シャワーを浴びて衣類を身に付け、煙草を吸ってホテルを出る。
彬が意地でも家に帰るのは、同居人がいるからだろう。無視し続けてはいるが、鳴り続ける電話に、佐原も気が付いていないわけではない。彬もそれを佐原に隠そうとする素振りはない。ただ、無造作に放り出されたスマホが、テーブルの上やベッドの枕元で震えているだけだ。
おせっかいすぎるだろう、と思う。彬ももう、大の男だ。それにここまでしつこく電話をしてくる。まさか門限でもあるのかよ、と、口の中で吐き捨てる。小学生でもあるまいに。
ふと、女を抱きたくなった。それは、逃避みたいに。彬にばかりかかずらわっている自分から、目をそらしたくなったのだろう。
スーツのポケットからスマホを取出し、呼び出せそうな女を探す。何人か候補はいて、どれも彬と寝る前からの仲だ。そして、彬と寝るようになってからは呼び出していない。
ラインを開いてはみても、どの女も輪郭がぼやけたみたいにしか思い出せなかった。顔も、声も、身体も。だから、誰でもよかったのだ。今、女の肉に指を埋められれば。それなのに、結局佐原の指が選び出したのは、彬のアイコンだった。
「……。」
そんな自分に呆れながら、さっき別れたばかりの、さっき置き去りにされたばかりの男にコールする。
『……なんの用ですか。』
6回目のコールで律儀に電話を取った彬は、不機嫌そうな声をしていた。その背後には、街の雑踏は聞こえない。もう、家に帰りついたのだろう。同居人と一緒に住んでいる、家に。
「いや、声聞きたくなって。」
からかうみたいな声が出たのは、完全な負け惜しみだった。冗談にしなければ、本心も伝えられない。感情は、佐原が自覚するまでもなく、結構こじれてきていた。
『じゃあ、これで用は済みましたね。』
なんで敬語?
そう疑問に思って、すぐに、近くに同居人がいるのだろうと思い到った。以前、何度か寝た既婚の女がそうだった。夫が近くにいる時には、なぜだか敬語になる。
2
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる