水面に月

美里

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 「心はもともと汚いって、なに?」
 問えば彬は、ぽつりと呟くように答えた。
 「俺には、健吾しかいないから。……なにもかもと引き離して、上京させた。」
 俺には、健吾しかいないから。
 また、爪が焼ける。それを隠すみたいに手の中に握り込んだ。
 「なにもかもと引き離してって、どういう意味だ?」
 「そのまま。……実家とか、友達とか。」
 俺しかいない世界にいてほしかった、と、彬は泣くような声で囁いた。その弱弱しい声を、素面で聞いていられなくて、佐原はテーブルの上にコンビニ袋のまま放置していた缶ビールを取り、一口飲んだ。いくら飲んでも酔えないことは、自覚していたけれど。
 「上京したのは、相方本人の意思だろ。お前が無理やりつれてきたわけじゃない。」
 佐原がそう言ってみても、彬は頑なだった。
 「でも、俺がなにもしなかったら、健吾は今でも地元にいたはずだ。親とも、友達とも、あいつは上手くやってた。」
 「お前は? 上手くやれてなかったのか?」
 「……言っただろ。俺には健吾しかいない。」
 親ならいる。両方公務員だよ。
 そう言い切った、いつかの彬を思い出す。それが本当なのか、当然佐原は知らない。本当だとしても、上手くいかない家庭もあるだろうし、全部嘘で、彬は孤児だったと言われても納得はできた。彬からは、そういう孤独の匂いがしていた。はじめて見たときから。
 「俺は? 数にも入らない?」
 分かっていて、言った。彬の中に、佐原の居場所はない。ただ、身体を汚す手段として、手近にあっただけの存在。
 彬は、くすりと笑った。
 「セックスしかしてないのに?」
 「これから、できるだろ。」
 「らしくないね。」
 「重いって言いたいんだろ?」
 「まあ。」
 「軽く、してたよ。お前には、それがいいんだろうと思って。」
 こんなことを言ってみても、彬の胸の表面すらかすれないことは、分かっていた。もしも、セックスをする前に戻れたとして、そのときから誠実に―誠実というのがどんなものなのか、佐原にはまるで分らなかったが―ふるまって、少しずつ関係を深めていたとしたら、せめて胸の表面をかするぐらいのことはできたのだろうか。
 ことん、と、彬が缶ビールをテーブルに置いた。
 帰るつもりなのか、と、佐原は彬を見た。帰したくはなかった。もちろん。でも、彬が帰ると言ったら、引き留められないだろうと思ってもいた。それは、軽い男の最後のプライドとして。
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