水面に月

美里

文字の大きさ
14 / 24

しおりを挟む
 傷つきたくないなら、黙っているのが賢いと分かっていた。彬の性格的に、確実に自分から話を切り出せない。だったら黙って、彬をベッドに引きずり込んでしまえばいい。そうやって、この青年の口をなし崩し的にふさいでしまえば。なのに、影までも薄くなってしまったような彬の姿を見ていると、それもできなくて。
 「……相方と、なにかあったんだろ。」
 言葉が棘になって、喉に引っかかる。彬は缶ビールの缶を握ったまま、少し俯いてじっと座っている。
 「……俺と寝てんのがばれたか。」
 大方そんなところだろうと、見当はついていた。彬がここまで動揺するのは、男なんか抱かないタイプらしい相方に、男と関係を持ったことがばれでもしたのだろうと。
 「追い出されたのか、家。」
 「健吾は、そんなことしない。」
 彬はそう、食い気味で返してきた。その勢いに、佐原は驚く。さっきまでのぐったりした様子と、全く釣り合わなかったので。
 健吾は、そんなことしない。
 その言葉に込められた、確かな信頼と恋慕に、佐原はいつもの、爪が焼けるような嫉妬を覚えた。
 「じゃあ、どうしたんだよ。」
 言葉だけは穏やかに、視線は彬からそらしたまま、佐原は訊いた。彬を真っ直ぐにみられなかった。余計なことを口走り、また、重い男に成り下がりそうで。
 「……俺が、勝手に出てきた。」
 彬の声は、細かった。力がなく、ふわふわと宙に彷徨う。 
 「……なんで、出てきた。」
 こんなふうに、彬の思考を導くような問いを重ねることも苦痛だった。彼の思考の先には、健吾とかいうらしい男への恋情しかないと分かっていたから。
 ただ、今は取り乱してそのことすら分からなくなっているだけ。だったら、もっとうまく誘導して、混乱しきっている彬を、こっち側に落とすことはできないだろうか。洗脳みたいな言葉で、彼のむき出しになった神経を生やさしくくるみ込んで。
 「……いられなかったから。」
 「……どうして。」
 「……知られたから。健吾に。」
 「……なにを。」
 「……俺の、汚いところを。」
 分かっている。これでは、洗脳にならない。こんなふうに、ただ彼の思考を支えるだけでは。それなのに、得意なはずの不実な口がきけなかった。視線の端で、彬の指が震えている。
 「お前は、汚くないよ。」 
 「……汚い。心はもともと汚いし、身体も汚したよ。」
 「……俺で?」
 「身体はね。心は、もとから。」
 身体も汚した。
 それは、分かる。一回りは年上の、よく知りもしないおっさん相手に未経験だった身体を差し出してきた彬。あのときから彼には、身体を汚したがっているような雰囲気はあったのだ。それを佐原は、知らないふりした。彬の身体を、身体だけでも、手放したくなくて。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...