水面に月

美里

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 駅の改札口付近の壁に寄りかかって、彬を待った。そわそわしている自分が嫌になり、煙草に火をつけようとして、構内禁煙、と思い直す。何度も時計を確認したからよく分かる。駅についてから10分きっかりで、彬は改札を出てきた。夕方の帰宅ラッシュには早い時間だが、そこそこ乗降人数のいる駅だ、改札を出てくる人数も多い。それでも、佐原はすぐ彬を見分けられた。色の薄い髪と肌、虚ろな眼差しと、踵を引きずる歩き方。軽く手を上げると、彬はちょっと躊躇した後、歩み寄ってきた。
 「家、5分でつく。なにもないからコンビニ寄ってくか。」
 電話での会話や、いつもより明らかに覇気がない彬の様子には触れないように提案してみると、彬はぼんやり首を振った。縦にも横にも見えるような、曖昧なラインで。多分、佐原の言うことなどろくに聞いてはいないのだろう。それはいつものこととしても、やはり今日は様子がおかしい。
 抱き寄せたら、怒るだろうか。
 頭に過ぎったのは確かで、もしかしたら彬を落とせるかもしれない、という薄い期待は確実に胸の中にあった。
 駅を出てすぐのコンビニに入り、買い物かごにビールを数本放り込む。
 「つまみ、どうする?」
 訊いても彬は答えない。また曖昧に首を振るだけだ。子どもが自分の感情に戸惑ったときみたいに、ぎゅっと拳を握りしめている。
 「ほんとにうち、なにもねぇぞ。」
 言いながら、適当なつまみもかごに入れる。どうせ食わねぇだろうな、と思った。彬も、自分も。
 会計を済ませ、家路をたどる。まだ日は高く、蒸した熱気がアスファルトから立ち上る。それでも、彬の無表情はしんと冷えて見えた。
 「ここ。」
 マンションにつき、部屋の鍵を開ける。彬は大人しく半歩後に立っていて、部屋のドアを開けて支えると、静かに中に入った。
 ほんとに今日、いけるかも。
 佐原はそんなことを思いながら、リビングのソファに彬を座らせる。もう何度もセックスまでしておいて、今更なにがどうなるといけたことになるのかは、自分でも分からなかった。
 「ほら。」
 プルタブを開けた缶ビールを手渡しても、彬は受け取りはしても口をつけはしなかった。彬は、割と酒が好きだ。目の前に酒がきたら速攻で手を付ける。それが今日は、ぼんやり缶を持っているだけだ。
 佐原は彬の隣に、人一人分の距離を開けて腰を下し、煙草に火をつけた。今、あまり彬の側に寄るべきではないと、なんとなく思ったのだ。俺は、傷つきたくないのかもしれない、とも。
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