7 / 24
7
しおりを挟む
『おとこー?』
ふざけたような調子で、里砂が言った。俺は指先でそっと涙を拭いながら、まあね、と答えた。
「大学の語学クラスの男。」
『ちょっとかっこいいって言ってたやつか。』
「うん。」
『寝たの?』
「まあね。」
俺の恋愛は、大抵寝るところまでは簡単だ。好奇心で男と寝てみるやつもいるし、単純に性欲発散に使われることもある。そこまでは、簡単なのだけれど、そこからが難しい。というか、成功したためしがない。
「さっき寝て、もう帰られたよ。」
『まあ、生々しい。』
くくく、と、電話の向こうの里砂が笑う。その声を聞いて、俺は少し心が軽くなった気がした。その程度に笑い飛ばせるような出来事だと思い込めないこともないような気がしたのだ。
「……一緒に死ぬかって、言われた。」
言うか言わないか迷って、結局口にした台詞。里砂は一瞬黙ったけれど、すぐにさらりと返してきた。
『いいよって、言ったんでしょ。』
なんで分かったんだ、と、内心で驚きながら、俺は平然とした態度を取り繕った。
「まあね。」
『そこまでの男なの?』
「……分からないや。」
そいつのこと、全然知らないしね、と、俺は涙の気配を誤魔化すみたいに天井を見上げた。そいつのこと、全然知らない。それが全てだという気がした。悲しくなったのも、それが原因だと。
『知りたいの?』
「……そうかな。」
『そうなのね。』
里砂が決めつけるみたいに言うから、一瞬だけ反発心みたいなものがわいたけれど、里砂が正しいと分かってもいた。俺は、彼のことを知りたい。そして、それが叶わない予感がするから悲しい。
「……また、きっと駄目なんだ。分かってる。」
完全な泣き言を、里砂は軽く笑い飛ばした。
『まだ分からないわ。千里眼じゃないんだから。』
「そうかな。」
『そうよ。』
「……そうだといいな。」
『また寝る予定はあるの?』
「いまんとこ、ない。」
『会う予定は?』
「それも、ない。」
言ってから、絶望的な気分になった。だって、語学のクラスも離れた今、俺には彼に会う方法がない。知っているのは名前だけで、多分専攻が違うのだろう、語学以外の授業で顔を合わせたこともなかった。
黙り込んでしまった俺に、里砂は小さく笑った。いつもの彼女の、軽やかな笑い声。
『大丈夫よ。』
「なにが?」
『今度こそうまくいく。』
里砂の言葉になんの根拠もないことくらい承知していたけれど、それでも彼女にそうやって断言されると、そんな気にもなるのが不思議だった。俺は思わず微苦笑し、ありがとう、と彼女に礼を言って、それからどうでもいい会話をいくつか交わして電話を切った。
ふざけたような調子で、里砂が言った。俺は指先でそっと涙を拭いながら、まあね、と答えた。
「大学の語学クラスの男。」
『ちょっとかっこいいって言ってたやつか。』
「うん。」
『寝たの?』
「まあね。」
俺の恋愛は、大抵寝るところまでは簡単だ。好奇心で男と寝てみるやつもいるし、単純に性欲発散に使われることもある。そこまでは、簡単なのだけれど、そこからが難しい。というか、成功したためしがない。
「さっき寝て、もう帰られたよ。」
『まあ、生々しい。』
くくく、と、電話の向こうの里砂が笑う。その声を聞いて、俺は少し心が軽くなった気がした。その程度に笑い飛ばせるような出来事だと思い込めないこともないような気がしたのだ。
「……一緒に死ぬかって、言われた。」
言うか言わないか迷って、結局口にした台詞。里砂は一瞬黙ったけれど、すぐにさらりと返してきた。
『いいよって、言ったんでしょ。』
なんで分かったんだ、と、内心で驚きながら、俺は平然とした態度を取り繕った。
「まあね。」
『そこまでの男なの?』
「……分からないや。」
そいつのこと、全然知らないしね、と、俺は涙の気配を誤魔化すみたいに天井を見上げた。そいつのこと、全然知らない。それが全てだという気がした。悲しくなったのも、それが原因だと。
『知りたいの?』
「……そうかな。」
『そうなのね。』
里砂が決めつけるみたいに言うから、一瞬だけ反発心みたいなものがわいたけれど、里砂が正しいと分かってもいた。俺は、彼のことを知りたい。そして、それが叶わない予感がするから悲しい。
「……また、きっと駄目なんだ。分かってる。」
完全な泣き言を、里砂は軽く笑い飛ばした。
『まだ分からないわ。千里眼じゃないんだから。』
「そうかな。」
『そうよ。』
「……そうだといいな。」
『また寝る予定はあるの?』
「いまんとこ、ない。」
『会う予定は?』
「それも、ない。」
言ってから、絶望的な気分になった。だって、語学のクラスも離れた今、俺には彼に会う方法がない。知っているのは名前だけで、多分専攻が違うのだろう、語学以外の授業で顔を合わせたこともなかった。
黙り込んでしまった俺に、里砂は小さく笑った。いつもの彼女の、軽やかな笑い声。
『大丈夫よ。』
「なにが?」
『今度こそうまくいく。』
里砂の言葉になんの根拠もないことくらい承知していたけれど、それでも彼女にそうやって断言されると、そんな気にもなるのが不思議だった。俺は思わず微苦笑し、ありがとう、と彼女に礼を言って、それからどうでもいい会話をいくつか交わして電話を切った。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
先輩のことが好きなのに、
未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。
何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?
切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。
《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。
要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。
陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。
夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。
5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる