雨の夜には

美里

文字の大きさ
22 / 24

22

しおりを挟む
 「お前、簡単に俺と寝たよな。」
 彼が、俺をまっすぐに見たまま、ぼそりと言葉を落とした。
 簡単に、寝た。
 確かにそうだったから、俺には返す言葉もなかった。あの夜まで一言も話したことなんかなかった彼と、俺は簡単に寝た。少しでも好かれているのではないか、なんて幻を見ながら、呆れるほど簡単に。
 「簡単に寝るやつほど、簡単に消える。」
 待って、と言いたかった。それは、全く気持ちがない場合の話であって、俺は彼を好きだった。教室で見ていた、あの明るい笑顔も、俺の部屋でしか見せない、暗い無表情も。でも、言葉が喉の奥で迷った。
 待って、俺、あんたのこと好きだから。だから、簡単に消えたりしない。
 そう言いたいけれど、俺の発した言葉が彼にちゃんと伝わるとも思えない。彼は明らかに疲れすぎているし、傷つきすぎてもいる。俺の言葉なんか、彼の痛みを繰り返して分厚くなった皮膚にあっさり跳ね返されてしまうだろう。
 俺は、泣きたい気持ちで、ただ彼の手を引いた。今は少しでも、彼を冷たい雨から遠ざけたかった。彼が苦しめられてきたのは、雨の物理的な冷たさにではないと分かっているのだけれど、俺にはこれしかできなくて。
 「……お願い、中に入って。」
 自分でも嫌になるほど、情けないように細い声が出た。
 「雨が止むまで、ここにいて。俺のこと、信じられないとしても。」
 いるだけで、いいから。なにもしなくて、いいから。セックスもしなくていいし、無理に笑わなくてもいい。俺は、あんたがそのどれもなくしたとしても、逃げたりはしない。
 外の雨は、激しさを増しはしないけれど、粛々と降り続いていた。
 しばらくの沈黙の後、彼が無言で靴を脱いだ。俺は、救われた、と思った。
 「なにか、飲む? 温かいものを。」
 彼の先に立って、部屋の中に招き入れながら、俺はぎくしゃくとそう言った。彼が俺の襟首を引っ掴みもせず、ただ俺の後について部屋に入ってくれる。それだけで、信じられないくらい嬉しかった。
 「いらない。」
 彼は低くそう言い、その後で、俺の手を握った。いつもと同じ、ひどく冷たい手をしていた。長く長く、この雨に降られていたみたいな。
 「……座って。」
 俺は彼をベッドに座らせて、彼と手をつないだまま、エアコンの温度を上げた。そんなことをしても、この部屋はどうしたって暖まらないのだけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

処理中です...