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第六章 パリ

68.  ぼくの場所、ぼく達の場所

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 復活祭の頃、キリアンとモンマルトルを散歩しながら、ニジンスキーの墓に行った。ぼくはニジンスキーの隣りの墓地を指さし、死んだらここに入るつもりだと言った。

 するとキリアンが悲しい顔を隠そうとしたから、金髪の髪がさらりと顔にかかった。
「どうしたの?ぼくはまだまだ死なないから」
「そうじゃなくて」
  キリアンの声も曇っていた。

「私たちは死んだら離れ離れになるの?」
「ずうっと一緒にいてくれるのですか」
 ぼくが驚いて尋ねると、キリアンは意味がわからないという表情をした。

「きみはスゥエーデンに帰りたいのではないのかい」
「いいえ」
 ぼくはキリアンを愛し、どこまでも支えていきたいと思っていたけれど、ぼくがキリアンの結婚相手としてふさわしいとは思っていなかった。ぼくはすでに五十代になっていたし、籍をいれなくても、一緒にいられるだけで充分だった。
 キリアンはぼくにとって手の届かないプリンセスのような存在で、プリンセスはいつかスゥエーデンの城に帰ってしまうのだろうと思っていた。

「私達、ようやく出会えたのよ」
 キリアンがぼくを責めるように見た。
「そうだね」
  とぼくは手を伸ばした。

 ぼくはキリルとも、ニジンスキーとも手を繋ぐことができなかった。システィーナ礼拝堂の神とアダムのように、もう少しで指と指が触れそうなところまできていたのに、ぼくにはかなわなかった。ぼくは最後までひとりでいる、そういう運命なのだと思っていた。

 ニジンスキーの墓の前で、キリアンがぼくの手を握ってくれた。ぼくはついにぼくの手を握ってくれる人に出会った。

「結婚してもらえますか」
 ぼくは片膝をついてプロポーズした。プロポーズはこうやってするものだと雑誌で読んだことがあったから。指輪も用意していなかったけれど、ぼくは明日を待ちたくしなかった。

「はい」
 とキリアンは答えて、微笑んだ。
「セルジュ、随分と時間がかかったこと」
 
 
 ぼくにはそういうところがある。気を配っていたつもりで、配っていなかった。そうなのだ。
 混乱と哀しみをぼくと分かち合ってくれたのは、キリアンだった。ぼく達は人生のパートナーだったし、これからもずうっと一緒に歩いていくのだ。さいごまで。

「これから時間をかけて、ふたりの場所を探そう」
 とぼくが言い、キリアンが頷いた。ふたりの場所とは墓のことなのだが、考えてみると、プロボースの後で、こんな言葉を言う男は多くはないだろう。
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