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後日談
2 イーサンの優しさは
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二階にある医務室を出て廊下を少し歩くと、中庭に面する回廊へと繋がる。手摺り越しに中庭を見渡したところ、木立の隙間から、噴水の縁に座っているクリスを見つけた。涙をはらはらと零す姿は、夜の湖に映る月のように美しく、とても儚く見える。
「あそこにいるわ!」
二人して階段を駆け下り、一階の回廊から中庭に出たところで、男性の声が聞こえてきた。
「クリス様。大丈夫ですか……?」
「イーサン……」
思わず柱の陰に隠れる二人。イーサンとは、グリフィスの下で働いている文官の若者である。栗色の髪に、同色の瞳。容姿は人並みではあるが、人当たりが良く好青年といった印象で、女性に人気がある。
プリシラとデイヴィッドが木の陰に隠れて、様子を窺った。
「あ、あの、……これを使ってください……」
「ありがとう……」
クリスはハンカチを受け取って、そっと涙を拭った。
「大丈夫です。グリフィス様は、きっとすぐに記憶を取り戻します」
「グリフィスの容体を知っているの?」
「はい。医務室に運ばれたと聞いて、大丈夫だろうかと様子を窺っていたものですから」
「そうなの……。心配してくれたのね」
涙を浮かべたまま、微笑もうとするクリスは、いじらしくて、愛らしくて、……。つい抱き締めてしまいそうになったイーサンは、顔を真っ赤にして、出しかけた手を引っ込める。
「な、何かっ、私にできる事がありましたら、何なりと仰って下さい!」
固まって言うイーサンに、クリスが思わずクスッと笑った。
「あっ、変ですよね。”何かできる事がありましたら、何なりと”って言い回し……」
「そんな事はなくてよ、貴方は優しいのね。その気持ちがとても嬉しいわ」
微笑するクリスはまるで女神のように見え、そんなクリスに感謝をされて、イーサンは夢見心地になる。
「クリスの信奉者がまた増えたわね」
「グリフィスがまともだったら、速攻でくびだな」
噴水から立ち上がろうとするクリスに、イーサンはすかさず手を差し伸べた。その手に自分の手を添えて、クリスは、優雅に立ち上がる。
「ありがとう。貴方のお陰で少し元気が出たみたい」
「部屋までお送りします」
「遠慮しとくわ。グリフィスが他の男性にエスコートされると嫌がるの。あ、……私ったら馬鹿ね。今は嫌がったりしないのに……」
「クリス様……」
クリスは悲しげに微笑んで、借りたハンカチに視線を落とした。
「このハンカチは洗って返します」
「いえ、どうぞそのままお返し下さい」
「そんな訳には…」
「どうぞ、お気になさらずに」
手を差し出され、クリスは躊躇いがちにハンカチを渡す。イーサンは彼女が引こうとした手を掴み、その甲にくちづけた。顔を上げて、じっとクリスを見つめる。
「いつでもお傍に馳せ参じます。どんな小さなことでも構いません。何かありましたら、すぐお呼びください」
今一度手の甲にくちづけを落とす。
「ありがとう」
微笑んで立ち去るクリスの後ろ姿を、イーサンはじっと見送った。クリスの姿が見えなくなると、手にしたハンカチを切なそうに鼻に押し当て、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「……傍から見ると危ない奴だな」
「クリス、少し無防備すぎないかしら? あれって、どう見てもクリスに気があるわよね?」
「クリスは主に男性として育ったから、男性からのアプローチに鈍いんだ」
「?」
「クリスは男になるべくして育って、女性化した。今まで女性として見られたことがあまりなかったから、自分がそういう対象で見られている事に気付かない、というか、ぴんとこないんだ」
「あんなにあからさまなのに?」
「自分が王子妃で、既婚者だから、”恋愛対象としてみる筈がない”という考えもあるんだろう」
「………兄様も苦労するわね」
「もう散々苦労している」
「この後どうしましょう? クリスの部屋まで行ったほうがいいかしら?」
「トリシア(注)が付いているから大丈夫だろう。今日は色々とあって疲れているだろうし、明日また話そう」
(注・クリス付きの侍女で、グリフィスの従姉。クリス独身時代にグリフィスに頼まれて、クリスの侍女として潜入し、縁談の有無などを探っていた。クリスの人柄に惚れこみ、今はクリス命)
***
翌朝。クリスが医務室を訪れ、奥の病室へ足を運ぶと、グリフィスはまたムスッとしていた。
「あそこにいるわ!」
二人して階段を駆け下り、一階の回廊から中庭に出たところで、男性の声が聞こえてきた。
「クリス様。大丈夫ですか……?」
「イーサン……」
思わず柱の陰に隠れる二人。イーサンとは、グリフィスの下で働いている文官の若者である。栗色の髪に、同色の瞳。容姿は人並みではあるが、人当たりが良く好青年といった印象で、女性に人気がある。
プリシラとデイヴィッドが木の陰に隠れて、様子を窺った。
「あ、あの、……これを使ってください……」
「ありがとう……」
クリスはハンカチを受け取って、そっと涙を拭った。
「大丈夫です。グリフィス様は、きっとすぐに記憶を取り戻します」
「グリフィスの容体を知っているの?」
「はい。医務室に運ばれたと聞いて、大丈夫だろうかと様子を窺っていたものですから」
「そうなの……。心配してくれたのね」
涙を浮かべたまま、微笑もうとするクリスは、いじらしくて、愛らしくて、……。つい抱き締めてしまいそうになったイーサンは、顔を真っ赤にして、出しかけた手を引っ込める。
「な、何かっ、私にできる事がありましたら、何なりと仰って下さい!」
固まって言うイーサンに、クリスが思わずクスッと笑った。
「あっ、変ですよね。”何かできる事がありましたら、何なりと”って言い回し……」
「そんな事はなくてよ、貴方は優しいのね。その気持ちがとても嬉しいわ」
微笑するクリスはまるで女神のように見え、そんなクリスに感謝をされて、イーサンは夢見心地になる。
「クリスの信奉者がまた増えたわね」
「グリフィスがまともだったら、速攻でくびだな」
噴水から立ち上がろうとするクリスに、イーサンはすかさず手を差し伸べた。その手に自分の手を添えて、クリスは、優雅に立ち上がる。
「ありがとう。貴方のお陰で少し元気が出たみたい」
「部屋までお送りします」
「遠慮しとくわ。グリフィスが他の男性にエスコートされると嫌がるの。あ、……私ったら馬鹿ね。今は嫌がったりしないのに……」
「クリス様……」
クリスは悲しげに微笑んで、借りたハンカチに視線を落とした。
「このハンカチは洗って返します」
「いえ、どうぞそのままお返し下さい」
「そんな訳には…」
「どうぞ、お気になさらずに」
手を差し出され、クリスは躊躇いがちにハンカチを渡す。イーサンは彼女が引こうとした手を掴み、その甲にくちづけた。顔を上げて、じっとクリスを見つめる。
「いつでもお傍に馳せ参じます。どんな小さなことでも構いません。何かありましたら、すぐお呼びください」
今一度手の甲にくちづけを落とす。
「ありがとう」
微笑んで立ち去るクリスの後ろ姿を、イーサンはじっと見送った。クリスの姿が見えなくなると、手にしたハンカチを切なそうに鼻に押し当て、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「……傍から見ると危ない奴だな」
「クリス、少し無防備すぎないかしら? あれって、どう見てもクリスに気があるわよね?」
「クリスは主に男性として育ったから、男性からのアプローチに鈍いんだ」
「?」
「クリスは男になるべくして育って、女性化した。今まで女性として見られたことがあまりなかったから、自分がそういう対象で見られている事に気付かない、というか、ぴんとこないんだ」
「あんなにあからさまなのに?」
「自分が王子妃で、既婚者だから、”恋愛対象としてみる筈がない”という考えもあるんだろう」
「………兄様も苦労するわね」
「もう散々苦労している」
「この後どうしましょう? クリスの部屋まで行ったほうがいいかしら?」
「トリシア(注)が付いているから大丈夫だろう。今日は色々とあって疲れているだろうし、明日また話そう」
(注・クリス付きの侍女で、グリフィスの従姉。クリス独身時代にグリフィスに頼まれて、クリスの侍女として潜入し、縁談の有無などを探っていた。クリスの人柄に惚れこみ、今はクリス命)
***
翌朝。クリスが医務室を訪れ、奥の病室へ足を運ぶと、グリフィスはまたムスッとしていた。
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