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後日談
3 三日月の髪飾り
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翌朝。クリスが医務室を訪れ、奥の病室へ足を運ぶと、グリフィスはまたムスッとしていた。
「グリフィスおはよう。気分はどう……?」
「あまり良くはない」
「今日は庭園の花を摘んできたの」
クリスが後ろを向いて頷くと、優しげな色合いの花束を持って、トリシアが現れた。
「窓辺に飾るわね」
「君が手ずから摘んだのか? 地味だな」
「……薔薇も見ごろだったけど、香りがきついかと思ってこちらにしたの。それにグリフィスはこの花が好きだっ…」
話の途中で、グリフィスが冷淡に言う。
「見舞いにきてくれた伯爵令嬢が、薔薇の花束を持ってきてくれた。いま花瓶に生けてくれている。それは持って帰ってくれ」
クリスは俯いて、ぎゅっと唇を噛みしめた。瞳を涙で潤ませながらも、顔を上げて笑みを浮かべる。
「……分かったわ。お見舞いで持ってきてくれたなら、そちらを優先すべきよね……。また出直します。トリシア、参りましょう」
トリシアがグリフィスを、今にも射殺せんばかりの眼差しで睨みつけているが、グリフィスは頓着しない。トボトボと気落ちして帰る途中で、クリスを案じたトリシアが声をかけてきた。
「中庭に寄っていきますか?」
「そうね……」
緑が多く日当たりも良く、小川も流れている中庭は、クリスのお気に入りの場所である。噴水の縁に座り、ぼうっと水の流れを眺めた。
(今は普通ではないからイライラするのよ。その内にきっと……)
涙が滲みそうになるのをグッと堪える。誰に見られるか分からないこの場所で、涙を流す訳にはいかない。周囲の人間に心配をかけたくはないし、王子と王子妃が仲違いをしていると思われても困る。回廊を歩いていたイーサンが、クリスに気付いて中庭に出てきた。
「クリス様。どうなさったんですか?」
「イーサン……貴方こそどうしたの? 今は執務中じゃ……」
彼が手にしている書類を見て、納得したように頷く。
「執務中なのね」
「はい、グリフィス様に書類を見て頂いた帰りです」
「グリフィスは仕事をいつも通りにこなせるの?」
「ところどころ補足の説明をしなくてはなりませんが、大丈夫です。ただ、思い出せないのが腹立たしいのか、イライラしていらっしゃって、今日はよくお叱りを受けました」
「……そうなの」
クリスの気持ちが少し軽くなる。グリフィスを怒らせているのは自分だけではない、やはり今はそういう時期なのだ。
「ありがとう。貴方のお陰でまた頑張れるわ」
イーサンはキョトンとしたが、クリスの笑顔を見て『良かった』と微笑んだ。
しかし、グリフィスの様子は変わらなかった。来る日も来る日もクリスに対して冷淡でそっけなく、彼女を思い出す気配もない。日を追うごとに辛くなり、自分が見舞うのはグリフィスにとっても良くないだろうと、ある日控えた。
しかし次の日に”なぜ昨日は来なかった”と責め立てられ、また通い始めたのだった。”ひょっとして来て欲しかったのだろうかと”淡い期待を抱いたが、結局グリフィスの態度は今までと変わらなかった。
優しく慰めてくれるデイヴィッドとプリシラと、中庭で会うイーサンに支えられて、毎日見舞いに通い続ける。いつの間にか、中庭でイーサンと会うのが日課になっていた。ある日また落ち込んでいたクリスに、イーサンが包み紙を渡す。首を傾げるクリスに、イーサンが『開けて下さい』と笑顔で促した。
「まあ……!」
中身は美しい髪飾り。三日月の形を模したそれは、小粒ではあるがエメラルドや黄水晶でできていて、きらきらと陽の光を浴び、美しい輝きを放っていた。
「こんな高価な物、受け取れないわ」
イーサンの実家は伯爵家で、彼は次男坊である。次男は家を継ぐことができない上に、他所から聞いた話では、伯爵家の財政状況も思わしくないらしい。
「これは、恥ずかしい話しですが、宝石の屑を集めて作った物なのです。だから、クリス様がお考えになっているよりずっと安く――私のポケットマネーで買える品です」
「でも、……」
さりとて屑とは言っても宝石を使い、精緻を極めた細工物。決して安くはないはずだ。それに加えて自分は王子妃である。異性からこのような品物を受け取って良いものだろうか……。
「髪に飾らなくても良いのです。ただ手に取って眺めるだけでも、クリス様の気が安らぐだろうと考え購入しました」
それでも受け取るのを躊躇っているクリスにイーサンは言い募る。
「クリス様とグリフィス様がご結婚なさった時も、各国からお祝いの品が届きました。その中に髪飾りもあったと聞いております。それと同じです!」
正直言って、それとは意味合いが違うような気がするが……。ここまで言ってくれるのだ。ありがたく受け取ることにした。彼がいつも励ましてくれて、今日まで頑張ってこれたのだから。
「グリフィスおはよう。気分はどう……?」
「あまり良くはない」
「今日は庭園の花を摘んできたの」
クリスが後ろを向いて頷くと、優しげな色合いの花束を持って、トリシアが現れた。
「窓辺に飾るわね」
「君が手ずから摘んだのか? 地味だな」
「……薔薇も見ごろだったけど、香りがきついかと思ってこちらにしたの。それにグリフィスはこの花が好きだっ…」
話の途中で、グリフィスが冷淡に言う。
「見舞いにきてくれた伯爵令嬢が、薔薇の花束を持ってきてくれた。いま花瓶に生けてくれている。それは持って帰ってくれ」
クリスは俯いて、ぎゅっと唇を噛みしめた。瞳を涙で潤ませながらも、顔を上げて笑みを浮かべる。
「……分かったわ。お見舞いで持ってきてくれたなら、そちらを優先すべきよね……。また出直します。トリシア、参りましょう」
トリシアがグリフィスを、今にも射殺せんばかりの眼差しで睨みつけているが、グリフィスは頓着しない。トボトボと気落ちして帰る途中で、クリスを案じたトリシアが声をかけてきた。
「中庭に寄っていきますか?」
「そうね……」
緑が多く日当たりも良く、小川も流れている中庭は、クリスのお気に入りの場所である。噴水の縁に座り、ぼうっと水の流れを眺めた。
(今は普通ではないからイライラするのよ。その内にきっと……)
涙が滲みそうになるのをグッと堪える。誰に見られるか分からないこの場所で、涙を流す訳にはいかない。周囲の人間に心配をかけたくはないし、王子と王子妃が仲違いをしていると思われても困る。回廊を歩いていたイーサンが、クリスに気付いて中庭に出てきた。
「クリス様。どうなさったんですか?」
「イーサン……貴方こそどうしたの? 今は執務中じゃ……」
彼が手にしている書類を見て、納得したように頷く。
「執務中なのね」
「はい、グリフィス様に書類を見て頂いた帰りです」
「グリフィスは仕事をいつも通りにこなせるの?」
「ところどころ補足の説明をしなくてはなりませんが、大丈夫です。ただ、思い出せないのが腹立たしいのか、イライラしていらっしゃって、今日はよくお叱りを受けました」
「……そうなの」
クリスの気持ちが少し軽くなる。グリフィスを怒らせているのは自分だけではない、やはり今はそういう時期なのだ。
「ありがとう。貴方のお陰でまた頑張れるわ」
イーサンはキョトンとしたが、クリスの笑顔を見て『良かった』と微笑んだ。
しかし、グリフィスの様子は変わらなかった。来る日も来る日もクリスに対して冷淡でそっけなく、彼女を思い出す気配もない。日を追うごとに辛くなり、自分が見舞うのはグリフィスにとっても良くないだろうと、ある日控えた。
しかし次の日に”なぜ昨日は来なかった”と責め立てられ、また通い始めたのだった。”ひょっとして来て欲しかったのだろうかと”淡い期待を抱いたが、結局グリフィスの態度は今までと変わらなかった。
優しく慰めてくれるデイヴィッドとプリシラと、中庭で会うイーサンに支えられて、毎日見舞いに通い続ける。いつの間にか、中庭でイーサンと会うのが日課になっていた。ある日また落ち込んでいたクリスに、イーサンが包み紙を渡す。首を傾げるクリスに、イーサンが『開けて下さい』と笑顔で促した。
「まあ……!」
中身は美しい髪飾り。三日月の形を模したそれは、小粒ではあるがエメラルドや黄水晶でできていて、きらきらと陽の光を浴び、美しい輝きを放っていた。
「こんな高価な物、受け取れないわ」
イーサンの実家は伯爵家で、彼は次男坊である。次男は家を継ぐことができない上に、他所から聞いた話では、伯爵家の財政状況も思わしくないらしい。
「これは、恥ずかしい話しですが、宝石の屑を集めて作った物なのです。だから、クリス様がお考えになっているよりずっと安く――私のポケットマネーで買える品です」
「でも、……」
さりとて屑とは言っても宝石を使い、精緻を極めた細工物。決して安くはないはずだ。それに加えて自分は王子妃である。異性からこのような品物を受け取って良いものだろうか……。
「髪に飾らなくても良いのです。ただ手に取って眺めるだけでも、クリス様の気が安らぐだろうと考え購入しました」
それでも受け取るのを躊躇っているクリスにイーサンは言い募る。
「クリス様とグリフィス様がご結婚なさった時も、各国からお祝いの品が届きました。その中に髪飾りもあったと聞いております。それと同じです!」
正直言って、それとは意味合いが違うような気がするが……。ここまで言ってくれるのだ。ありがたく受け取ることにした。彼がいつも励ましてくれて、今日まで頑張ってこれたのだから。
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