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第三章
嵐の体術の部 後編
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――始まったか
スティーブは足を止め、カイトに向かって怒鳴るように叫んだ。
「カイト!! 落ち着け! 殺すなよ!!」
聞こえているといいのだが・・・
カイトはというと、周りの音は全然聞こえていなかった。
ドラが鳴ったと同時に走り出し、ヴァレットに飛び足刀横蹴りを食らわした(飛び蹴りの一種です)。もろに顔に食らったヴァレットは身体を大きくふらつかせる。
体制をすぐに立て直し、すかさず縦回転の胴回し蹴り(前方回転により弧を描いた踵を当てます)を入れた。相手の身長が高いために少しジャンプしなければならなかったが、その分威力が増したようだ。この技も顔にヒットし、血飛沫を飛ばしながら、大きな身体が競技場に沈んだ。
ヴァレットはピクリとも動かない。どうやら気絶してしまったようだ。
カイトは無表情に見下ろしている。
ちっ――!
「今舌打ちしなかった!? カイト舌打ちしたわよね!? あれカイト!? カイトのそっくりさんじゃないわよね!?」
騎士団席は大騒ぎだ。観客席ももざわざわ騒ぎ始める。審判が走り寄ってきた。10カウント取ればカイトの勝ちだ。
カイトは辺りを見回すと、何かを見つけたように競技場の端に向かって歩き始める。夜に使う松明(たいまつ)の火消し用の水が入ったバケツを持つと、ヴァレットのところまで戻ってきた。
6までカウントした審判に向かって言い放つ。
「どけ――」
余りの迫力に審判が身体を引くと、ヴァレットにバケツの水をぶちまけた。
「な!なんだ!!」
ヴァレットが意識を取り戻した。目の前には黒いオーラを身に纏ったカイトが立っている。
「ヒィィィィ」
競技場が静まり返る中、ヴァレットの悲鳴がこだました。
「土下座しろ・・・」
「は、はい・・・?・・ドゲ・・・ザ・・?」
この世界には土下座は無い。もちろん正座の習慣も無い。
「足を揃えて折って座ってみろ・・・ああ、それでいい。そうしたらこうして――」
カイトはヴァレットの髪の毛を掴むと、叩きつけるように顔を地面にこすり付けた。
「申し訳ありませんでした、と・・・謝るんだ」
ずっと無表情なのが余計に怖い。
「ま、負けました。申し訳・・・」
「違う――!!」
ヴァレットがびくびくしながら顔を上げた。空手の攻撃を受けた時に、口の中は切れたし、歯も折れた。涙と鼻水と血も混じって、その顔はぐしゃぐしゃである。
カイトはおもむろにハンカチを取り出した。
「このハンカチは、然る高貴で、心優しいお方が俺のために刺繍してくれたものだ。指先を針で傷つけながらも、時間を掛けて刺繍して下さった・・・それを・・・お前は・・・お前は・・・」
怒りが段々込み上げてくるのか、もはや黒を通り越しどす黒くなったオーラを纏っているカイトに、ヴァレットは命の危険が晒されているのを感じた。すぐに頭を地面に擦り付けると――
「す、すいませんでした!! そのような素晴らしいハンカチとは露知らず、私のような卑しいものが罵倒した上、汚してしまい、本当にすいませんでした!! もう二度と致しません!! 心の底から悔いております! どうか、どうかお許し下さい!!」
――平身低頭謝った。
「・・・許してやる・・・今回だけだ」
カイトはふいっ、と向きを変えると出口に向かって歩き出した。
「え!? 何これ? 終わったの?」
「カイト、ヴァレットに背中晒して襲われないか?」
騎士団席も観客席も、いまだざわざわしている。
審判がヴァレットに走り寄った。土下座したままの身体を苦労して仰向けにすると―――
「泡を吹いて気絶してます! よって!カイト選手の勝利!!」
歓声が沸く中、スティーブが席に戻ってきた。
「私、カイトが怒ったところ初めて見たかも・・・」
女性騎士達は就任してまだ日も浅いために、温厚で落ち着いたカイトしか知らないのだ。
「あいつはなぁ、滅多に怒らない分、怒らせると本当に怖いんだよ!!」
・・・スティーブは怒らせた事あるな――そこにいる皆が思った。
「まあ、カイトが怒る時は相手が理不尽だったり、ちゃんとした理由があるからな。ここ2,3年怒ってなかったろ? ・・・うん?」
アルフレッドは一瞬考え込むような顔をした。
「この間リリアーナ様が攫われそうになった時にダムットに切れたか?でも、相手が悪かった訳だし、安心して大丈夫だぞ。」
「私達、カイトを信頼しています。」
女性騎士達がにっこりと笑った。
カイトは・・・というと、出口へ向かって歩いている内に、段々気持ちが落ち着いてきた。
『リリアーナ様・・・』
ハンカチの件で傷ついてないだろうか? 貴賓席を見上げると、リリアーナが泣いていた。
『――っ! あいつ・・・血反吐を吐くほど殴ってやれば良かった(注・死にます)』
貴賓席ではリリアーナが嬉し涙を零していた。自分を庇ってくれたばかりでなく、指先に針を刺してしまった事に、気付いてくれていた事も嬉しかった。
「ほら、リリアーナ、カイトが見てるわよ?泣いてたら心配するわ」とクリスティアナ。
「そうよ! 飛びっ切りの笑顔でね!」と珍しくサファイア。
リリアーナはカイトと目を合わすと、心からの笑みを零した。カイトはほっとした顔をして、胸に手を当て騎士の礼をする。周りからは拍手が沸き起こった。
そんな中、大会本部から発表があった。
「もう一組の準決勝は取り止めです! 選手二名とも棄権致しました! これにより、カイト選手の優勝が決定しました!!」
割れんばかりの拍手が上がった。
騎士席では「あれを見て、カイトとやろうとは思わんよな」と口々に言ってるし、当のカイトは普段より強い奴らと試合したかったのに・・・少し残念だったりする。
でもまぁこれも、自分が蒔いた種だ。
表彰式では、リリアーナにメダルを掛けてもらい、頬にキスを受ける時に「ありがとう・・・」とそっと囁かれた。
その笑顔に心癒され、改めてリリアーナ付きの騎士である事に誇りと喜びを感じるカイトであった。
自分を狙う肉食獣のような目には気付かずに・・・
スティーブは足を止め、カイトに向かって怒鳴るように叫んだ。
「カイト!! 落ち着け! 殺すなよ!!」
聞こえているといいのだが・・・
カイトはというと、周りの音は全然聞こえていなかった。
ドラが鳴ったと同時に走り出し、ヴァレットに飛び足刀横蹴りを食らわした(飛び蹴りの一種です)。もろに顔に食らったヴァレットは身体を大きくふらつかせる。
体制をすぐに立て直し、すかさず縦回転の胴回し蹴り(前方回転により弧を描いた踵を当てます)を入れた。相手の身長が高いために少しジャンプしなければならなかったが、その分威力が増したようだ。この技も顔にヒットし、血飛沫を飛ばしながら、大きな身体が競技場に沈んだ。
ヴァレットはピクリとも動かない。どうやら気絶してしまったようだ。
カイトは無表情に見下ろしている。
ちっ――!
「今舌打ちしなかった!? カイト舌打ちしたわよね!? あれカイト!? カイトのそっくりさんじゃないわよね!?」
騎士団席は大騒ぎだ。観客席ももざわざわ騒ぎ始める。審判が走り寄ってきた。10カウント取ればカイトの勝ちだ。
カイトは辺りを見回すと、何かを見つけたように競技場の端に向かって歩き始める。夜に使う松明(たいまつ)の火消し用の水が入ったバケツを持つと、ヴァレットのところまで戻ってきた。
6までカウントした審判に向かって言い放つ。
「どけ――」
余りの迫力に審判が身体を引くと、ヴァレットにバケツの水をぶちまけた。
「な!なんだ!!」
ヴァレットが意識を取り戻した。目の前には黒いオーラを身に纏ったカイトが立っている。
「ヒィィィィ」
競技場が静まり返る中、ヴァレットの悲鳴がこだました。
「土下座しろ・・・」
「は、はい・・・?・・ドゲ・・・ザ・・?」
この世界には土下座は無い。もちろん正座の習慣も無い。
「足を揃えて折って座ってみろ・・・ああ、それでいい。そうしたらこうして――」
カイトはヴァレットの髪の毛を掴むと、叩きつけるように顔を地面にこすり付けた。
「申し訳ありませんでした、と・・・謝るんだ」
ずっと無表情なのが余計に怖い。
「ま、負けました。申し訳・・・」
「違う――!!」
ヴァレットがびくびくしながら顔を上げた。空手の攻撃を受けた時に、口の中は切れたし、歯も折れた。涙と鼻水と血も混じって、その顔はぐしゃぐしゃである。
カイトはおもむろにハンカチを取り出した。
「このハンカチは、然る高貴で、心優しいお方が俺のために刺繍してくれたものだ。指先を針で傷つけながらも、時間を掛けて刺繍して下さった・・・それを・・・お前は・・・お前は・・・」
怒りが段々込み上げてくるのか、もはや黒を通り越しどす黒くなったオーラを纏っているカイトに、ヴァレットは命の危険が晒されているのを感じた。すぐに頭を地面に擦り付けると――
「す、すいませんでした!! そのような素晴らしいハンカチとは露知らず、私のような卑しいものが罵倒した上、汚してしまい、本当にすいませんでした!! もう二度と致しません!! 心の底から悔いております! どうか、どうかお許し下さい!!」
――平身低頭謝った。
「・・・許してやる・・・今回だけだ」
カイトはふいっ、と向きを変えると出口に向かって歩き出した。
「え!? 何これ? 終わったの?」
「カイト、ヴァレットに背中晒して襲われないか?」
騎士団席も観客席も、いまだざわざわしている。
審判がヴァレットに走り寄った。土下座したままの身体を苦労して仰向けにすると―――
「泡を吹いて気絶してます! よって!カイト選手の勝利!!」
歓声が沸く中、スティーブが席に戻ってきた。
「私、カイトが怒ったところ初めて見たかも・・・」
女性騎士達は就任してまだ日も浅いために、温厚で落ち着いたカイトしか知らないのだ。
「あいつはなぁ、滅多に怒らない分、怒らせると本当に怖いんだよ!!」
・・・スティーブは怒らせた事あるな――そこにいる皆が思った。
「まあ、カイトが怒る時は相手が理不尽だったり、ちゃんとした理由があるからな。ここ2,3年怒ってなかったろ? ・・・うん?」
アルフレッドは一瞬考え込むような顔をした。
「この間リリアーナ様が攫われそうになった時にダムットに切れたか?でも、相手が悪かった訳だし、安心して大丈夫だぞ。」
「私達、カイトを信頼しています。」
女性騎士達がにっこりと笑った。
カイトは・・・というと、出口へ向かって歩いている内に、段々気持ちが落ち着いてきた。
『リリアーナ様・・・』
ハンカチの件で傷ついてないだろうか? 貴賓席を見上げると、リリアーナが泣いていた。
『――っ! あいつ・・・血反吐を吐くほど殴ってやれば良かった(注・死にます)』
貴賓席ではリリアーナが嬉し涙を零していた。自分を庇ってくれたばかりでなく、指先に針を刺してしまった事に、気付いてくれていた事も嬉しかった。
「ほら、リリアーナ、カイトが見てるわよ?泣いてたら心配するわ」とクリスティアナ。
「そうよ! 飛びっ切りの笑顔でね!」と珍しくサファイア。
リリアーナはカイトと目を合わすと、心からの笑みを零した。カイトはほっとした顔をして、胸に手を当て騎士の礼をする。周りからは拍手が沸き起こった。
そんな中、大会本部から発表があった。
「もう一組の準決勝は取り止めです! 選手二名とも棄権致しました! これにより、カイト選手の優勝が決定しました!!」
割れんばかりの拍手が上がった。
騎士席では「あれを見て、カイトとやろうとは思わんよな」と口々に言ってるし、当のカイトは普段より強い奴らと試合したかったのに・・・少し残念だったりする。
でもまぁこれも、自分が蒔いた種だ。
表彰式では、リリアーナにメダルを掛けてもらい、頬にキスを受ける時に「ありがとう・・・」とそっと囁かれた。
その笑顔に心癒され、改めてリリアーナ付きの騎士である事に誇りと喜びを感じるカイトであった。
自分を狙う肉食獣のような目には気付かずに・・・
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