黒の転生騎士

sierra

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第十章

私を呼んで 11  残り香

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「リディス、君と別れたいんだ――」

 カイトに別れたいと告げられた。すぐに激しい言い争いになる。死が二人を分かつまで――、キリスト教徒に離婚は許されない。なのにまさか婚姻の無効宣告を出してくるとは、確かに身体の関係は無いけれど、あるように記憶にり込んだ筈なのに・・・ 

 なぜ私を見ない! なぜ私を欲しがらない! なぜ私を愛さないの!!

ふと鏡に映る自分の姿が目に入った。

 こんなの・・・本当の私じゃない、私だって美しいのに・・・負けない位美しいのに!!

花瓶を衝動的に投げつける。鏡が粉々に砕け散った――

「リディス!!」
 カイトがすぐ駆け寄ってきた。侍女が救急箱を持ってくる。カイトは私をソファに導いてひざまずき、怪我がないかを調べている。

でもその瞳に愛は無い――

「今日はもうベッドに入ってお休み。話はまた後日にしよう」
 優しいカイト、いま話しておかなくていいの・・・?

「一人では嫌! 一緒に寝て」
「それは・・・」 
「お願い!!」
 必死にすがりつく。
「分かった――」

 カイトは私をその胸に抱いて眠った。恋人と言うよりは、我が子を抱いているような感覚だ。離婚を切り出したせいで、錯乱さくらんした私に責任を感じたのだろう。それでもいい・・・同情でも、あわれみでも、しがみついて絶対に離さない! 幼い頃から、そうして欲しい物は手に入れてきたのだから・・・

 私の実家は男爵家で、見栄っ張りの父親は`貴族が商業行為で資産を得ることはいやしい ‘ と、少ない領民からの税収のみに頼り、生活は苦しくなるばかりだった。知り合いからは借金だらけ、没落への道を辿るばかり。

 そんなある日、父がある事に気が付いた。借金をお願いする場に私を連れて行くと、気前良くお金を貸してくれるのだ。当時私はわずか8歳、しかしその美しさは群を抜いていて、家の周りには一目見ようと、人だかりができるほどであった。

 父の友人達が集まる場に連れて行かれるようになる。私にとっては退屈な場所だが、帰りに父が欲しいものを買ってくれるので我慢をしていた。その中の一人・・・お金持ちの友達が、やたら私に付きまとった。

 かえるみたいな顔をした、気持ちの悪い何の魅力もない男。でもいつも洒落たお土産を持ってきてくれる。それはハンカチであったり、オモチャや子供用のブレスレットであったりするのだが、ある日彼はシュタイン社のテディベアを持って来た。

 シュタイン社のテディベア。そこら辺で売っているぬいぐるみとは訳が違う。価格もグレードも遥か高く、ちょっとやそっとじゃ手に入らない。彼はそれをちらつかせて、私を別室に連れて行くとこう言った。

『これをプレゼントするからキスさせておくれ』
 嫌だったけど、欲しかった。我が家ではとても手が届かない。キスをして、服の上からベタベタ触られて、気持ちが悪い思いをして、テディベアは私のものになった。

 それからも同じ要求が続き、テディベアに飽きた私が関心を示さなくなると、今度は可愛い人形を持ってきた。私に似たとても可愛いお人形。男は欲しがっている私を見ると、ドレスを脱いで触らせろと言ってきた。

 私はドレスのボタンを二つ外して、YESと答える――
その男が興奮して顔を近付けて来た時に、大声で助けを求めた。別室にいた父と友人達がすぐに駆けつけてくる。

 その男は役人に突き出され、人形は泣きじゃくっている私の物となった。更に、父の友人達が名の通ったブランド物の人形を買ってプレゼントしてくれたのだ。その時に私は学んだ。頭と、私の美しさを上手に使えば、欲しいものがこの手に入るという事を。

 リディスはベッドのヘッドボードに背を預け、眠っているカイトを上から見下ろす。カイトはあの人に容姿が似ている。私を愛していると言っておきながら、最後には私を選ばず自分の保身ほしんに走った男。

 そう、男なんて、人間なんて皆同じ。自分が一番可愛くて、他人なんてどうでもいいの――
リディスはカイトの身体に両腕を回し、ピッタリと重なると、その首筋に顔を寄せた。記憶の操作とある目的のために。

 翌朝、カイトは書斎で仕事をこなしていた。手紙を書いていた手を止める。
昨夜はリディスと共に眠った。最近は寝室を別々にしていたのに――眠っただけで、特に何をした訳ではない。ただ、興奮した彼女を放っておけなかっただけだ。昨夜・・・何かで言い争ったはずだが、それが何だか思い出せない。

 それとは引き換えに最初の出会いを思い出した。町で道を聞かれたのだ――彼女はとても美しく・・・私の一目惚れだったのに、何故あの頃と同じ気持ちになれないのだろう。

 ノックの音が耳に入った。時計を見るとポーレットがお茶を持って来る時間だ。考え事をしているうちに、時間が過ぎてしまったようだ。
ポーレット・・・いけないと思うのだが、彼女にかたむく気持ちを止められない。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 彼女が入ってきて、サイドテーブルにトレーを置く。紅茶を机の上に置いた後に一度膝を折り、愛らしい仕草で確認をする。
「他にご用はございますか?」
 視線を合わせて首を振る。

「コマドリに餌を与えてもよろしいですか?」
 今度は少しだけ首をかしげている。見ていて、とても可愛らしい。
頷くと、鳥籠に近付いていく。貴族階級出身だからだろうか・・・? かもし出す品のよさ、そしてその所作しょさにも目を奪われる。ずっと・・・一日中傍に置いておきたい。

 書斎にお茶出しをする時、カイトはいつも私の一挙一頭足をじっと見つめる。緊張するし、頬に血が昇ってしまうので、できればやめて欲しいのだが・・・今日もずっと視線を感じる。
 速く打ち始めた胸の鼓動を感じながら、コマドリの世話をする。

 カイトは椅子から立ち上がり、鳥籠へと足を向けた。ポーレットが気配に気付き、嬉しそうに顔を向ける。
「旦那様、コマドリが元気に・・・」
 カイトが背後から肩を掴み、うなじへと唇を寄せる。ポーレットが言いかけた言葉を思わず呑み込み、首からみるみるしゅに染まっていった。

「コマドリがどうした・・・?」
 ポーレットが振り返る。
「コ、コマドリが・・・」
 カイトの熱い唇に封じられ、またその先を続ける事ができなくなる。息継ぎをさせてくれる時に、続きを話そうと試みたが、すぐに塞がれてしまうのであった。夢心地のキスが終わり、抱きしめようとした時に、ポーレットが突然カイトからその身を離した。

「奥様の、薔薇の香水の匂いが――」
 カイトが顔をしかめる。昨夜リディスを落ち着かせる為に一緒に寝た時に移ったのだろう。

「違う――。私達の間には何もなかった。彼女を落ち着かせる為に・・・」
 ポーレットが視線を上げると、カイトの首筋にも赤いものが見える。その赤いものは・・・

「キスマーク・・・」
「え?」
 やられた! カイトがそう思った時に、ポーレットが身をひるがえした。
「ポーレット! 待ってくれ!」
 カイトがポーレットを引き戻し、詳しく説明しようと両肩を掴んだ。視線を合わせるために顔を覗き込むと、その表情は悲しみに打ちひしがれ、瞳からは涙が溢れている。見られないようにと、一生懸命にうつむいて、身を引こうとしている姿が痛々しい。

 その痛々しさに思わず手を緩めると、指の間からポーレットがすり抜けていった。
カイトは唇を強く噛んだ。キスマークは昨夜寝ている間につけられたのだろう。でも、申し開きのしようがない。自分は妻帯者なのだから。

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