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第十章
私を呼んで 14 私を呼んで
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屋敷に帰ってきて、玄関に入ると視線を感じた。感じた方向に顔を向けると、二階の踊り場からカイトが自分を見下ろしている。一瞬の緊張の後、喜びが溢れた自分に対して、カイトは唇を噛みしめて立ち去ってしまった。
「慌てることはないさ」
様子を見ていたベイジルが、心配の中に優しさを込めて慰めてくれる。
カイトが部屋に戻ると、リディスが鳥籠の前に立っていた。
「珍しいねリディス、君は生き物が嫌いではなかったかな・・・?」
「いいえ、そんなことはないわ。とても可愛いじゃない? 特に、人のものを奪おうとする可愛らしい小鳥は、この中に閉じ込めてやりたくなるの」
カイトに背を向けているリディスは、意地の悪い笑みをその顔に浮かべている。
「今、よく聞き取れなかったのだが・・・」
「ううん、気にしないで、何でもないから」
振り返ったリディスの笑みは、清楚で優しそうなそれに変わっていた。
その夜、リリアーナは色々と考えていて眠れないでいた。明日のお茶出しはベイジルが代わってくれる予定である。`そこで二人で話すといい ‘ と言われていたが、今日のカイトのあの態度で、話をすることなどできるだろうか。
喉が渇いて水差しに手を伸ばすと、中身が空っぽであった。水差しを持ち、ケープを肩にかけて階段を下りる。二階に下りたところで、コマドリの鳴き声が響いてきた。
カイト達の寝室は二階にある。これでは二人を起こしてしまうかもしれない。リリアーナは書斎へと小走りで向かった。音を立てないように気を遣いながら。書斎のドアのノブに手をかけて、用心しながらゆっくりと開ける。
青白い月の光が満ちる部屋の中、コマドリの鳥籠の傍にカイトが立っていた――
カイトは少し驚きが混じった、夢ではないかという表情でポーレットを見つめていたが、やがて低い声で語り掛ける。
「君も、コマドリの鳴き声に気付いたのかい――?」
「はい、旦那様達が起きないようにと、お二人の寝室から遠い部屋に連れて行こうと思いました」
カイトはまだ普段着ている白いシャツに黒いズボンのままだった。着替えようとしたところだったのか、白いシャツの前が少しはだけている。
「まだ、起きていらしたんですか?」
「ああ・・・仕事でね。もう着替えて寝るつもりだ」
「お忙しいんですね」
違う、話したいのはこんな事じゃなくて・・・!
「旦那様、この間の・・・薔薇の香りの説明を今、お聞きしたいのですが」
「その話はもういいだろう。コマドリは私が他の部屋に移しておくから、もう部屋に戻って眠りなさい」
「いいえ、話して下さるまで私はここを離れません」
カイトはリリアーナの決意が固いのを知ると、溜息をついた。まだ鳥籠のほうを向いたままで話を続ける。
「私は最低の男だ。このままここにいたら、領主の権限を行使して君を自分のものにしてしまう」
リリアーナはカイトを真っ直ぐに見つめた。
「旦那様は私が嫌がる事は絶対にいたしません――」
月の光が二人を包んだ。
「君は――」
カイトがリリアーナに身体を向けた時に、はだけたシャツの間から左肩が見えそうになった。ポーレットがその左肩に向けて心配そうな視線を彷徨わせ、カイトはポーレットの視線を目で追い、自分の肩に視線を落とす。
「前から気になっていたのだが、君は度々心配そうに私の肩をじっと見るね」
カイトが自分のシャツをはだけた。
「何故だ? この左肩の傷を知っているのか?」
カイトはリリアーナに傷跡を見せてくれた事はなかった。いつも『小鳥に突かれた程度のもので、大した傷ではない』と笑ってはぐらかされていた。
これが大した傷ではない・・・?
焼け爛れたその傷は、一生痕に残るだろう。痛みも相当あったに違いない。馬鹿な自分は気にしながらも、その言葉をずっと信じていたのだ。
ポーレットの瞳から、涙がつーっと伝わって落ちる。それは絶える事がなく、悲痛な面差しの頬の上を静かに流れ落ちていく。
カイトがその様子を見て、すぐに近付いてきた。
「なぜ君がこの傷を見て泣くんだ?」
今までずっと望んでいた。手が届きそうな記憶の縁にあともう少しで触れられる。
ポーレットの両肩を掴み、涙に溢れた瞳を見つめる。
「君は一体誰なんだ――?」
ポーレットはカイトの左の頬に、右手のひらをそっと押し当てた。想いを込めて、震えながらカイトを見つめ返す。
思い出して・・・お願いカイト・・私を呼んで――
部屋の外では、リディスが立ち聞きをしていた。
「あの小娘! リリアーナ!!」
私としたことが油断をしていた。深窓育ちのお姫様が、まさか夢の中まで追ってくるとは・・・
二人の間を阻まねば! どうせ手に入らないのなら、どう思われても構わない。いっそのことリリアーナを目の前で殺して――
「奥様! お逃げください!!」
いつもはきちんとしたベイジルが、着乱れた格好で走り寄ってきた。リディスが険しい顔で舌打ちをする。
こんな夜中に何だってベイジルが! 彼はポーレットを気に入っている。ポーレットを殺してしまうところを見られたら、手駒である優秀な彼を失ってしまう・・・
「一体何!? こんな夜中に!」
「火事です!! 火の周りが早く、三階ではまだ逃げ出せない者達もおります。奥様も早くお逃げください!!」
「火事ですって・・・?」
「はい、お急ぎください!」
リディスが恐怖に顔を歪ませて、断末魔のような叫び声を上げた。
「慌てることはないさ」
様子を見ていたベイジルが、心配の中に優しさを込めて慰めてくれる。
カイトが部屋に戻ると、リディスが鳥籠の前に立っていた。
「珍しいねリディス、君は生き物が嫌いではなかったかな・・・?」
「いいえ、そんなことはないわ。とても可愛いじゃない? 特に、人のものを奪おうとする可愛らしい小鳥は、この中に閉じ込めてやりたくなるの」
カイトに背を向けているリディスは、意地の悪い笑みをその顔に浮かべている。
「今、よく聞き取れなかったのだが・・・」
「ううん、気にしないで、何でもないから」
振り返ったリディスの笑みは、清楚で優しそうなそれに変わっていた。
その夜、リリアーナは色々と考えていて眠れないでいた。明日のお茶出しはベイジルが代わってくれる予定である。`そこで二人で話すといい ‘ と言われていたが、今日のカイトのあの態度で、話をすることなどできるだろうか。
喉が渇いて水差しに手を伸ばすと、中身が空っぽであった。水差しを持ち、ケープを肩にかけて階段を下りる。二階に下りたところで、コマドリの鳴き声が響いてきた。
カイト達の寝室は二階にある。これでは二人を起こしてしまうかもしれない。リリアーナは書斎へと小走りで向かった。音を立てないように気を遣いながら。書斎のドアのノブに手をかけて、用心しながらゆっくりと開ける。
青白い月の光が満ちる部屋の中、コマドリの鳥籠の傍にカイトが立っていた――
カイトは少し驚きが混じった、夢ではないかという表情でポーレットを見つめていたが、やがて低い声で語り掛ける。
「君も、コマドリの鳴き声に気付いたのかい――?」
「はい、旦那様達が起きないようにと、お二人の寝室から遠い部屋に連れて行こうと思いました」
カイトはまだ普段着ている白いシャツに黒いズボンのままだった。着替えようとしたところだったのか、白いシャツの前が少しはだけている。
「まだ、起きていらしたんですか?」
「ああ・・・仕事でね。もう着替えて寝るつもりだ」
「お忙しいんですね」
違う、話したいのはこんな事じゃなくて・・・!
「旦那様、この間の・・・薔薇の香りの説明を今、お聞きしたいのですが」
「その話はもういいだろう。コマドリは私が他の部屋に移しておくから、もう部屋に戻って眠りなさい」
「いいえ、話して下さるまで私はここを離れません」
カイトはリリアーナの決意が固いのを知ると、溜息をついた。まだ鳥籠のほうを向いたままで話を続ける。
「私は最低の男だ。このままここにいたら、領主の権限を行使して君を自分のものにしてしまう」
リリアーナはカイトを真っ直ぐに見つめた。
「旦那様は私が嫌がる事は絶対にいたしません――」
月の光が二人を包んだ。
「君は――」
カイトがリリアーナに身体を向けた時に、はだけたシャツの間から左肩が見えそうになった。ポーレットがその左肩に向けて心配そうな視線を彷徨わせ、カイトはポーレットの視線を目で追い、自分の肩に視線を落とす。
「前から気になっていたのだが、君は度々心配そうに私の肩をじっと見るね」
カイトが自分のシャツをはだけた。
「何故だ? この左肩の傷を知っているのか?」
カイトはリリアーナに傷跡を見せてくれた事はなかった。いつも『小鳥に突かれた程度のもので、大した傷ではない』と笑ってはぐらかされていた。
これが大した傷ではない・・・?
焼け爛れたその傷は、一生痕に残るだろう。痛みも相当あったに違いない。馬鹿な自分は気にしながらも、その言葉をずっと信じていたのだ。
ポーレットの瞳から、涙がつーっと伝わって落ちる。それは絶える事がなく、悲痛な面差しの頬の上を静かに流れ落ちていく。
カイトがその様子を見て、すぐに近付いてきた。
「なぜ君がこの傷を見て泣くんだ?」
今までずっと望んでいた。手が届きそうな記憶の縁にあともう少しで触れられる。
ポーレットの両肩を掴み、涙に溢れた瞳を見つめる。
「君は一体誰なんだ――?」
ポーレットはカイトの左の頬に、右手のひらをそっと押し当てた。想いを込めて、震えながらカイトを見つめ返す。
思い出して・・・お願いカイト・・私を呼んで――
部屋の外では、リディスが立ち聞きをしていた。
「あの小娘! リリアーナ!!」
私としたことが油断をしていた。深窓育ちのお姫様が、まさか夢の中まで追ってくるとは・・・
二人の間を阻まねば! どうせ手に入らないのなら、どう思われても構わない。いっそのことリリアーナを目の前で殺して――
「奥様! お逃げください!!」
いつもはきちんとしたベイジルが、着乱れた格好で走り寄ってきた。リディスが険しい顔で舌打ちをする。
こんな夜中に何だってベイジルが! 彼はポーレットを気に入っている。ポーレットを殺してしまうところを見られたら、手駒である優秀な彼を失ってしまう・・・
「一体何!? こんな夜中に!」
「火事です!! 火の周りが早く、三階ではまだ逃げ出せない者達もおります。奥様も早くお逃げください!!」
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