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第十一章
我儘姫と舞踏会 2 王子様がいいの!
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カイトは食堂を出た後に足を速めた。リリアーナも随分落ち着いてはきたが、毎朝カイトの顔を見るまでは不安な面持ちでいると、フランチェスカから話しを聞いている。部屋の前に来ると、女性騎士のビアンカとジャネットが声を掛けてきた。
「おはよう、カイト! いつもより遅かったわね」
「すまない――食堂でごたごたがあって」
「謝ることはないわ。交替の時間はもっと後ですもの」
「何か変わったことはなかったかい?」
「変わったことはなかったけど・・・」
ビアンカとジャネットが顔を見合わせた後に、カイトに向けて笑みを浮かべた。
「リリアーナ様が待ちきれなかったみたいで、時々扉を少~しだけ開けてそっとお覗きになるの」
「そうなの! さっきなんて私達と目が合ったら、恥かしそうにすぐ閉めてしまわれて・・・お可愛らしかったわ」
「そうか・・・」
少し心配そうな様子のカイトに、女性騎士達は気が付いた。
「挨拶だけ先にしてきたら?」
「そうよ。交替時間前だし、まだ私達もここにいるから」
カイトが視線を合わせて微笑んだ。
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
部屋をノックして彼が入室した後に、二人でまた顔を見合わせる。
「いいわね~~~」
「本当に・・・!」
「あんな風に想われたい――!」
最後の言葉は二人同時に重なった。
カイトが部屋に入ると、待ちかねたようにリリアーナが駆け寄ってきた。手を伸ばしてくる華奢な身体を、壊れ物を扱うように優しく抱き留める。
「カイト――」
「ごめん、遅くなって。食堂で取り込み事があったから」
「ううん・・・平気」
嬉しそうにカイトの胸に顔を埋め、リリアーナは溜息と共に目を瞑った。暫く頭を撫でていたが、ふと彼女の身体から力が抜けている事に気付く。
「あれ・・・?」
「昨夜も安眠できなかったみたい」
フランチェスカが近付いてきた。二人でリリアーナを覗き込むと、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
「午前中の予定は?」
「入っていないから大丈夫」
「慣れるまでに時間が掛かりそうだな・・・」
カイトは横に抱き上げると、寝室へと運んだ。ベッドにふわりと丁寧に下ろし、掛布をかけ唇でそっと額に触れる。
「無理をしないで、また夜は居間で眠ったほうがいいんじゃない・・・? 貴方もよく眠れてないんでしょう?」
「分かるか?」
「目の下にうっすらと隈ができているわよ」
フランチェスカが指を指す。実はカイトもリリアーナほどではないが、よく眠れていなかった。昼間にリリアーナを腕の中にして眠ると、熟睡してしまうという自覚はあったが、夜もまた睡眠がこれほどまでに深く、良質なものになるとは思いもしなかった。
リリアーナを腕の中におさめると素晴らしく心地よい。失われた半身が戻ってきたかのように身体にしっくりと馴染み、心の底から安堵して熟睡してしまうのである。
「正直なところ居間で寝たいのはやまやまだが、俺が傍にいない時もこれからはあるだろうし、少しずつでも慣らしていかないと――」
「カイトらしいわね。実は相手の事を一番に考えているのよね」
「・・・そんな大層な人間じゃないよ」
「それに謙虚で実は照れ屋」
「参ったな・・・ドアの外で立ち番をしてくる」
顔を少し赤くさせて、カイトがリリアーナの傍を離れようとした。
途端にリリアーナの右手が宙を掻く。気付いたカイトがそれを受け止めると、リリアーナの表情が和らいだ。
「傍にいてさしあげなさいよ。部屋の中に貴方が居るんだから、立ち番がいなくても問題ないわ。ビアンカ達にはもう行っていいと伝えてくるから」
「ありがとう。頼むよ」
カイトは傍にある椅子に座った。
リリアーナの為にも、早く元の生活に戻れるようにと考えていたが・・・
彼女の寝顔を眺め、手を軽く握りなおす。
慌てずにゆっくりと進んでいこう。今は彼女のペースに合わせて・・・それに自分にも、可愛い寝顔を見られるという特典があることだし――
握った手の甲にくちづけると、心なしかリリアーナが微笑んだように見えた。
「この人じゃ嫌!!」
「姫様・・・! こちらからお願いしているのですから我儘はききませんぞ!」
ぷいっと横を向き、宰相のクレメンスを困らせる。
ここはレアル王国のベルタ王女の為に用意された客室。副団長のサイラスがアーロンを伴って、彼女の騎士として紹介しに来たところだ。
真っ赤な髪の毛に、緑の瞳、つんと上を向いた鼻には少しそばかすが散っている。お年は11歳。黙っていれば可愛いのだが、口を開くと・・・
「でも嫌なの!」
(聞きしに勝る姫様だな)とアーロンが考えていると、クレメンスが言い募った。
「彼のどこがいけないのですか!? 仕事はできるし、見目も良い、ケチのつけようがないではないですか!!」
「だって、王子様みたいな人がいいのだもの」
「彼だって甘いマスクで、ほら、まるで王子様のようですぞ!!」
ベルタ姫が鼻で笑う。
「違うわ。だって彼の髪の毛は茶色じゃない。王子様は・・・」
そこで扉を叩く音が響いた。
「入れ」
サイラスが答えると、スティーブが扉を開けて入ってきた。
「お話中に申し訳ありません」
スティーブはまず、ベルタ王女とクレメンスに手を胸に当てて礼をすると、サイラスに向き直った。
「サイラス副団長、イフリート団長がお呼びです。急務なので急いで来るようにと・・」
「見つけた!」
「え・・・?」
スティーブが、いや、他の者達も全員でベルタ王女に視線を向ける。
「そこの金髪の彼、貴方が私の護衛騎士よ!」
今度はスティーブに視線が集中した。
サイラスとアーロンが同情の視線を向ける中、青天の霹靂と言っていい事態を受け止めきれずに呆然とするスティーブであった。
「おはよう、カイト! いつもより遅かったわね」
「すまない――食堂でごたごたがあって」
「謝ることはないわ。交替の時間はもっと後ですもの」
「何か変わったことはなかったかい?」
「変わったことはなかったけど・・・」
ビアンカとジャネットが顔を見合わせた後に、カイトに向けて笑みを浮かべた。
「リリアーナ様が待ちきれなかったみたいで、時々扉を少~しだけ開けてそっとお覗きになるの」
「そうなの! さっきなんて私達と目が合ったら、恥かしそうにすぐ閉めてしまわれて・・・お可愛らしかったわ」
「そうか・・・」
少し心配そうな様子のカイトに、女性騎士達は気が付いた。
「挨拶だけ先にしてきたら?」
「そうよ。交替時間前だし、まだ私達もここにいるから」
カイトが視線を合わせて微笑んだ。
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
部屋をノックして彼が入室した後に、二人でまた顔を見合わせる。
「いいわね~~~」
「本当に・・・!」
「あんな風に想われたい――!」
最後の言葉は二人同時に重なった。
カイトが部屋に入ると、待ちかねたようにリリアーナが駆け寄ってきた。手を伸ばしてくる華奢な身体を、壊れ物を扱うように優しく抱き留める。
「カイト――」
「ごめん、遅くなって。食堂で取り込み事があったから」
「ううん・・・平気」
嬉しそうにカイトの胸に顔を埋め、リリアーナは溜息と共に目を瞑った。暫く頭を撫でていたが、ふと彼女の身体から力が抜けている事に気付く。
「あれ・・・?」
「昨夜も安眠できなかったみたい」
フランチェスカが近付いてきた。二人でリリアーナを覗き込むと、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
「午前中の予定は?」
「入っていないから大丈夫」
「慣れるまでに時間が掛かりそうだな・・・」
カイトは横に抱き上げると、寝室へと運んだ。ベッドにふわりと丁寧に下ろし、掛布をかけ唇でそっと額に触れる。
「無理をしないで、また夜は居間で眠ったほうがいいんじゃない・・・? 貴方もよく眠れてないんでしょう?」
「分かるか?」
「目の下にうっすらと隈ができているわよ」
フランチェスカが指を指す。実はカイトもリリアーナほどではないが、よく眠れていなかった。昼間にリリアーナを腕の中にして眠ると、熟睡してしまうという自覚はあったが、夜もまた睡眠がこれほどまでに深く、良質なものになるとは思いもしなかった。
リリアーナを腕の中におさめると素晴らしく心地よい。失われた半身が戻ってきたかのように身体にしっくりと馴染み、心の底から安堵して熟睡してしまうのである。
「正直なところ居間で寝たいのはやまやまだが、俺が傍にいない時もこれからはあるだろうし、少しずつでも慣らしていかないと――」
「カイトらしいわね。実は相手の事を一番に考えているのよね」
「・・・そんな大層な人間じゃないよ」
「それに謙虚で実は照れ屋」
「参ったな・・・ドアの外で立ち番をしてくる」
顔を少し赤くさせて、カイトがリリアーナの傍を離れようとした。
途端にリリアーナの右手が宙を掻く。気付いたカイトがそれを受け止めると、リリアーナの表情が和らいだ。
「傍にいてさしあげなさいよ。部屋の中に貴方が居るんだから、立ち番がいなくても問題ないわ。ビアンカ達にはもう行っていいと伝えてくるから」
「ありがとう。頼むよ」
カイトは傍にある椅子に座った。
リリアーナの為にも、早く元の生活に戻れるようにと考えていたが・・・
彼女の寝顔を眺め、手を軽く握りなおす。
慌てずにゆっくりと進んでいこう。今は彼女のペースに合わせて・・・それに自分にも、可愛い寝顔を見られるという特典があることだし――
握った手の甲にくちづけると、心なしかリリアーナが微笑んだように見えた。
「この人じゃ嫌!!」
「姫様・・・! こちらからお願いしているのですから我儘はききませんぞ!」
ぷいっと横を向き、宰相のクレメンスを困らせる。
ここはレアル王国のベルタ王女の為に用意された客室。副団長のサイラスがアーロンを伴って、彼女の騎士として紹介しに来たところだ。
真っ赤な髪の毛に、緑の瞳、つんと上を向いた鼻には少しそばかすが散っている。お年は11歳。黙っていれば可愛いのだが、口を開くと・・・
「でも嫌なの!」
(聞きしに勝る姫様だな)とアーロンが考えていると、クレメンスが言い募った。
「彼のどこがいけないのですか!? 仕事はできるし、見目も良い、ケチのつけようがないではないですか!!」
「だって、王子様みたいな人がいいのだもの」
「彼だって甘いマスクで、ほら、まるで王子様のようですぞ!!」
ベルタ姫が鼻で笑う。
「違うわ。だって彼の髪の毛は茶色じゃない。王子様は・・・」
そこで扉を叩く音が響いた。
「入れ」
サイラスが答えると、スティーブが扉を開けて入ってきた。
「お話中に申し訳ありません」
スティーブはまず、ベルタ王女とクレメンスに手を胸に当てて礼をすると、サイラスに向き直った。
「サイラス副団長、イフリート団長がお呼びです。急務なので急いで来るようにと・・」
「見つけた!」
「え・・・?」
スティーブが、いや、他の者達も全員でベルタ王女に視線を向ける。
「そこの金髪の彼、貴方が私の護衛騎士よ!」
今度はスティーブに視線が集中した。
サイラスとアーロンが同情の視線を向ける中、青天の霹靂と言っていい事態を受け止めきれずに呆然とするスティーブであった。
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