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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 12 「カイトは私の婚約者なの……?」
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「うん……? そうなのか」
イフリートが片眉を上げた。
「はい、リリアーナ様との婚約を……解消しようと思っているのですが」
予想通りの質問にサイラスが表情を硬くさせる。イフリートは机に肘をつき、口の前で指を組んだ。
「……もう少し様子を見てみないか? まだ半年だ」
「もう半年です。半年もこのままだったら、一生ではないかと思われます」
「いきなり元に戻るかもしれないぞ?」
「その時は婚約を結び直せばいいのです」
イフリートは組んだ指を外し、思案した後にカイトに尋ねた。
「お前がいきなりそう言い出した理由は何だ? 本当のところを教えてほしい」
当然問われると思っていたので、カイトの口からはすらすらと言葉が出た。
「いきなりではなく、前から考えてはいました。まず、年齢です。13歳も離れています……リリアーナ様が20歳の時に俺は33歳、離れすぎです。彼女が成長した時に、歳を取った俺の事を受け入れられないかもしれないし、その時に揉めるよりは今解消したほうがいいと思います」
「それだけか」
「いいえ――リリアーナ様は現時点において男性恐怖症ではありません。腕前を鼻に掛けるようですが、このまま俺が彼女の騎士としてついていれば、一生そうならずに済むでしょう。ならば俺と婚約しなくても、選択肢は多岐に渡ります。他国のそれこそ名のある王族と婚姻を結ぶことだってできるのです」
「お前は、耐えられるのか? 傍らにいて美しく成長したリリアーナ様が他の男に掻っ攫われるんだぞ?」
「だからこ…」
執務室にノックの音が響いた。
「誰だ? いま取り込み中だ!」
「すいません、フランチェスカです。カイトはまだ時間が掛かりますか?」
サイラスがウインクをした。
「ちょうどいい。彼女に入ってもらおう」
「えっ――!」
「どうしたカイト。珍しいな、お前のそんな反応」
一瞬うろたえたカイトにイフリートが意外そうな表情を見せる。
「ばっかじゃないの!? そんなの無理に決まってるじゃない!」
サイラスから説明を聞いて、早速フランチェスカがバッサリと切り捨てた。
「俺はリリアーナ様の幸せを考えているんだ」
「忘れたとは言わせないわよ! あんた執着編で――」(第六章・執着)
「言うな、俺の黒歴史!」
イフリートとサイラスは楽しげに成り行きを見守っている。
「フランチェスカが相手だと、カイトの本音が分かっていいな」
「部屋に入れて正解だっただろ?」
カイトがぷいっと横を向く。
「大体……歳を取った婚約者より、若い王子様がいいに決まっているじゃないか。その時になったら手放せなくなりそうだから、今から諦めようと……」
「それが本音か……?」
イフリートが話しに割って入り、カイトの頬に赤みが差す。
「はい。最初から手に入らない――高嶺の花だと考えてしまえばまだ諦めもつきますし、今でしたら幼いリリアーナ様に以前の面影は見ても、兄のような感情しか湧きません。この感情のままずっとお傍にいられるように努力しようと」
「しかし、リリアーナ様の想いはどうなるんだ? あれだけお前を好いているんだぞ。成長しても変わらないかもしれないじゃないか」
「その時はその時です。俺は以前彼女に執着した時のように、リリアーナ様を傷つける真似だけはしたくありません」
イフリートがサイラスと視線を合わせて頷き合った。
「取り敢えずは保留だ。アレクセイ様と相談するから待ってくれ」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
カイトは部屋を出たところで、フランチェスカが自分を呼びにきていた事を思い出した。
「フラン、何の用事だったんだ?」
「リリアーナ様が、貴方に聞きたいことがあるってお呼びなのよ」
「そうか、待たせてしまったな。急ごう――」
二人して早足でリリアーナの部屋へと向かう途中、フランチェスカが話しかけてきた。
「ねえ、カイトはそれでいいの? 私はリリアーナ様が16歳になるまでずっとお傍にいて、だから言える事なんだけど、リリアーナ様のお相手は貴方以外に考えられない。年齢なんて関係ないと思うの」
「……この間のパーティーの時にリリアーナ様は同い年の子達と――男の子達ともそれは楽しそうに遊んでいた。俺といる時はやはり無理をしていると思う。読書をしている横で絵本を読むより、同じ年齢の子達と遊ぶほうが楽しそうだ。10年後も年齢差は縮まないし、歳が近いほうが話も合う。何かといいに決まっている」
「その上で、貴方と一緒にいるほうがいいのかもよ?」
「そんな気持ちは一時的なものだ。無理をして一緒にいる関係なんて、やがては破綻する」
「この……頑固者……!」
睨み付けるフランチェスカをカイトはじっと見つめると、その膨らんだ頬を両手で挟んで空気を抜いた。
「そんな顔をしていると、リリアーナ様が怖がるぞ」
「分かってるわよ――」
わざとらしく笑みを浮かべるフランチェスカにカイトがクスッと笑いを零す。
カイトが来るのをちきれずにリリアーナは扉から身を乗り出して、今か今かと待ち受けていた。二人の警護の女性騎士はそれを暖かい目で見守っている。
「あっ、カイ……」
回廊を渡って来る二人の姿を見つけ一瞬笑顔を浮かべたが、カイトがフランの頬に触れ、二人で笑顔を浮かべる光景はリリアーナの胸をチクリと刺した。
「あ、リリアーナ様……!」
いきなり走り出すリリアーナにビアンカが声を上げ、カイトがそれに気付いた時にはもう目の前まで走ってきていた。彼に向かって両手を伸ばす。
カイトがすぐに抱き上げると、ギュッとその肩にしがみついた。
最初は左頬を押し当てていたが、そちら側から心配そうにフランチェスカが覗き込むと、反対側を向いてしまった。
「どうしましたか、リリアーナ様」
カイトが優しく背中をポンポンと叩くと、ほっぺたを肩の辺りにすりすりと擦り付け、尚も黙っている。
フランチェスカはピンときたようで、部屋へ戻るようにカイトに伝え『夕食の準備ができたか様子を見に行って参ります』と告げると素早く歩き去った。
カイトは部屋に入ったが離れようとしないリリアーナに戸惑い、取り合えずソファに腰を下ろす。
「リリアーナ様、何かあったのですか?」
優しく頭を撫でられて、やっとリリアーナは伏せていた顔を上げ口も開ける。
「カイトは私の婚約者なの……?」
頭を撫でる手がピタリと止まった。
イフリートが片眉を上げた。
「はい、リリアーナ様との婚約を……解消しようと思っているのですが」
予想通りの質問にサイラスが表情を硬くさせる。イフリートは机に肘をつき、口の前で指を組んだ。
「……もう少し様子を見てみないか? まだ半年だ」
「もう半年です。半年もこのままだったら、一生ではないかと思われます」
「いきなり元に戻るかもしれないぞ?」
「その時は婚約を結び直せばいいのです」
イフリートは組んだ指を外し、思案した後にカイトに尋ねた。
「お前がいきなりそう言い出した理由は何だ? 本当のところを教えてほしい」
当然問われると思っていたので、カイトの口からはすらすらと言葉が出た。
「いきなりではなく、前から考えてはいました。まず、年齢です。13歳も離れています……リリアーナ様が20歳の時に俺は33歳、離れすぎです。彼女が成長した時に、歳を取った俺の事を受け入れられないかもしれないし、その時に揉めるよりは今解消したほうがいいと思います」
「それだけか」
「いいえ――リリアーナ様は現時点において男性恐怖症ではありません。腕前を鼻に掛けるようですが、このまま俺が彼女の騎士としてついていれば、一生そうならずに済むでしょう。ならば俺と婚約しなくても、選択肢は多岐に渡ります。他国のそれこそ名のある王族と婚姻を結ぶことだってできるのです」
「お前は、耐えられるのか? 傍らにいて美しく成長したリリアーナ様が他の男に掻っ攫われるんだぞ?」
「だからこ…」
執務室にノックの音が響いた。
「誰だ? いま取り込み中だ!」
「すいません、フランチェスカです。カイトはまだ時間が掛かりますか?」
サイラスがウインクをした。
「ちょうどいい。彼女に入ってもらおう」
「えっ――!」
「どうしたカイト。珍しいな、お前のそんな反応」
一瞬うろたえたカイトにイフリートが意外そうな表情を見せる。
「ばっかじゃないの!? そんなの無理に決まってるじゃない!」
サイラスから説明を聞いて、早速フランチェスカがバッサリと切り捨てた。
「俺はリリアーナ様の幸せを考えているんだ」
「忘れたとは言わせないわよ! あんた執着編で――」(第六章・執着)
「言うな、俺の黒歴史!」
イフリートとサイラスは楽しげに成り行きを見守っている。
「フランチェスカが相手だと、カイトの本音が分かっていいな」
「部屋に入れて正解だっただろ?」
カイトがぷいっと横を向く。
「大体……歳を取った婚約者より、若い王子様がいいに決まっているじゃないか。その時になったら手放せなくなりそうだから、今から諦めようと……」
「それが本音か……?」
イフリートが話しに割って入り、カイトの頬に赤みが差す。
「はい。最初から手に入らない――高嶺の花だと考えてしまえばまだ諦めもつきますし、今でしたら幼いリリアーナ様に以前の面影は見ても、兄のような感情しか湧きません。この感情のままずっとお傍にいられるように努力しようと」
「しかし、リリアーナ様の想いはどうなるんだ? あれだけお前を好いているんだぞ。成長しても変わらないかもしれないじゃないか」
「その時はその時です。俺は以前彼女に執着した時のように、リリアーナ様を傷つける真似だけはしたくありません」
イフリートがサイラスと視線を合わせて頷き合った。
「取り敢えずは保留だ。アレクセイ様と相談するから待ってくれ」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
カイトは部屋を出たところで、フランチェスカが自分を呼びにきていた事を思い出した。
「フラン、何の用事だったんだ?」
「リリアーナ様が、貴方に聞きたいことがあるってお呼びなのよ」
「そうか、待たせてしまったな。急ごう――」
二人して早足でリリアーナの部屋へと向かう途中、フランチェスカが話しかけてきた。
「ねえ、カイトはそれでいいの? 私はリリアーナ様が16歳になるまでずっとお傍にいて、だから言える事なんだけど、リリアーナ様のお相手は貴方以外に考えられない。年齢なんて関係ないと思うの」
「……この間のパーティーの時にリリアーナ様は同い年の子達と――男の子達ともそれは楽しそうに遊んでいた。俺といる時はやはり無理をしていると思う。読書をしている横で絵本を読むより、同じ年齢の子達と遊ぶほうが楽しそうだ。10年後も年齢差は縮まないし、歳が近いほうが話も合う。何かといいに決まっている」
「その上で、貴方と一緒にいるほうがいいのかもよ?」
「そんな気持ちは一時的なものだ。無理をして一緒にいる関係なんて、やがては破綻する」
「この……頑固者……!」
睨み付けるフランチェスカをカイトはじっと見つめると、その膨らんだ頬を両手で挟んで空気を抜いた。
「そんな顔をしていると、リリアーナ様が怖がるぞ」
「分かってるわよ――」
わざとらしく笑みを浮かべるフランチェスカにカイトがクスッと笑いを零す。
カイトが来るのをちきれずにリリアーナは扉から身を乗り出して、今か今かと待ち受けていた。二人の警護の女性騎士はそれを暖かい目で見守っている。
「あっ、カイ……」
回廊を渡って来る二人の姿を見つけ一瞬笑顔を浮かべたが、カイトがフランの頬に触れ、二人で笑顔を浮かべる光景はリリアーナの胸をチクリと刺した。
「あ、リリアーナ様……!」
いきなり走り出すリリアーナにビアンカが声を上げ、カイトがそれに気付いた時にはもう目の前まで走ってきていた。彼に向かって両手を伸ばす。
カイトがすぐに抱き上げると、ギュッとその肩にしがみついた。
最初は左頬を押し当てていたが、そちら側から心配そうにフランチェスカが覗き込むと、反対側を向いてしまった。
「どうしましたか、リリアーナ様」
カイトが優しく背中をポンポンと叩くと、ほっぺたを肩の辺りにすりすりと擦り付け、尚も黙っている。
フランチェスカはピンときたようで、部屋へ戻るようにカイトに伝え『夕食の準備ができたか様子を見に行って参ります』と告げると素早く歩き去った。
カイトは部屋に入ったが離れようとしないリリアーナに戸惑い、取り合えずソファに腰を下ろす。
「リリアーナ様、何かあったのですか?」
優しく頭を撫でられて、やっとリリアーナは伏せていた顔を上げ口も開ける。
「カイトは私の婚約者なの……?」
頭を撫でる手がピタリと止まった。
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