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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 22 「します! させて下さい! 抱っこ!」
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キルスティンとしては『喜んで!!』と二つ返事でOKしたいところだが、こういった時は何と言えばいいのだろう? 市井の人(庶民)である彼女には、どう答えればいいか分からない。
行儀作法や、語学の猛特訓を受けたが、しょせん付け焼刃。緊張もしているせいか、全然頭に浮かんでこない。
『よろしくってよ』……いや、姫君相手にそれはない。『いいですよ』何かこう、う~ん……
「リリアーナ様。キルスティン様がお困りのようです。また次の機会に…」
「します! させて下さい! 抱っこ!」
思わず大声を上げてしまい、周りがし~んとなる。
私のバカ! 私は公爵令嬢なのに!
心の中で自分をポカポカ殴っていると、カイトは笑いを堪えながらキルスティンに近付いてきた。
「どうぞ」
わっ、この人も黒髪に黒い瞳で珍しい……! おまけに美形! そうだ……確か妹がサー・カイトの銅版画を持って…
「キルスティン様……?」
ハッと気付いたらカイトが至近距離でリリアーナを手渡そうとしていた。あまりの近さに頬を熱くしながらリリアーナを受け取る。
リリアーナは大人しく腕の中に収まって、キルスティンを見上げるとニコニコと笑った。
かっ、可愛い――! うちの妹達も可愛いけど、この可愛さと愛らしさには負けるわ! お、お持ち帰りしたい!
「リリアーナ様が抱っこを強請るなんて珍しいですね」
その声に顔を上げると、一歩下がったカイトと目が合った。彼が親しみを込めて笑みを浮かべるのを見て、思わず顔を赤らめると、それを見ていたリリアーナがすぐカイトへと手を伸ばした。
「カイト……!」
「はい、リリアーナ様」
カイトがすぐさまリリアーナを抱き取る。
`あれ? ‘ とキルスティンが視線を向けるとカイトの首にかじりつき、大きな瞳で不安そうにこちらを見ている。
あっ……ひょっとして今、私嫉妬された?
キルスティンはきょとんとする。
うわ~、本当にカイト様のことを大好きなんだぁ。ひょっとして16歳の時の記憶ってあるのかな? しかしやっぱりお姫様。嫌な顔して牽制しないで、心配そうな表情を浮かべるだけだなんて。
カイトが姿勢を正した。
「お困りでなければこれで失礼させて頂きます」
「あ、はい。お引止めして申し訳ありませんでした」
彼が一礼をするのに対し、キルスティンは慌ててスカートを持ち膝を折って見送った。
角を曲がり姿が見えなくなったところで、大きく溜息を吐く。
「凄い疲れた~。散策はこれで終わりにして、一旦部屋に戻りましょう」
傍らにいた侍女に声をかけ、来た道を戻っていった。
カイト一行は部屋に戻り、リリアーナをお昼寝させるため、乳母に彼女を手渡そうとした。しかしリリアーナはカイトの首にしがみついて離れない。
「カイトが連れていって……!」
「……畏まりました」
カイトが不思議そうにリリアーナを抱いて寝室に消えると、エマがフランチェスカに聞いてきた。
「どうしたの。あれ?」
「焼きもちを妬かれたんです」
「リリアーナ様が? 誰に?」
「偶然廊下でキルスティン様に会って、カイトが笑みを浮かべたらキルスティン様が赤くなって、それを見てしまわれたんです」
「ああ~、ありそうなパターンね。カイトに免疫がない若い娘さんだったら仕方がないわ。キルスティン様はお綺麗な方だし、嫉妬する気持ちも分かるわね」
暫くすると、カイトが頭を掻きながら居間に戻ってきた。
「全然寝てくれなくて……やっと今寝付いたんだけど……どうしたんだろう?」
「鈍い、鈍すぎるわ」
フランの言葉にエマが笑いながら寝室に様子を見に行く。
「何が鈍いんだ?」
「大したことないの、気にしないで。ねえカイト、わざとあの通路を通ったんじゃない? いつもと違って随分遠回りだったもの」
「ああ、会えるような予感がしたから」
「凄いわね。昔から勘はよかったけど……それで、キルスティン様はどう?」
「多分……一つはフランも分かっているんじゃないか?」
「ええ、公爵令嬢ではないわね」
「ん……所作も言葉使いも、公爵令嬢のそれではない」
「何の為にルイス王子は連れてきたのかしら?」
「彼女の気配……普通の人間とは何か違うものを感じるんだ」
「え……もしかして、神殿の巫女とか?」
「そこまではまだ分からない……でも、悪い人間ではないと思う」
「分かる! リリアーナ様を見たあの反応といい、抱っこした時のあの優しい表情といい、あれは素ね。演技ではないわ」
「うん……。何よりそういった事に敏感なリリアーナ様が抱っこを強請った。もう少しよく彼女を観察をしてどういう人物か見極めたい」
「そうね。城の使用人達にもそうするよう伝えておくわ」
「頼む。俺も折を見て、接触してみるよ」
「それはやめたほうがいいかも……」
「なぜだ?」
「天然のたらしだから」
「へ……?」
「さーて、リリアーナ様の昼寝起きのお茶でも入れてこようっと、くまさんのビスケットも用意しないと」
「フラン、今の説明、フラン……!」
フランはそれには答えずに部屋を出て行ってしまった。
行儀作法や、語学の猛特訓を受けたが、しょせん付け焼刃。緊張もしているせいか、全然頭に浮かんでこない。
『よろしくってよ』……いや、姫君相手にそれはない。『いいですよ』何かこう、う~ん……
「リリアーナ様。キルスティン様がお困りのようです。また次の機会に…」
「します! させて下さい! 抱っこ!」
思わず大声を上げてしまい、周りがし~んとなる。
私のバカ! 私は公爵令嬢なのに!
心の中で自分をポカポカ殴っていると、カイトは笑いを堪えながらキルスティンに近付いてきた。
「どうぞ」
わっ、この人も黒髪に黒い瞳で珍しい……! おまけに美形! そうだ……確か妹がサー・カイトの銅版画を持って…
「キルスティン様……?」
ハッと気付いたらカイトが至近距離でリリアーナを手渡そうとしていた。あまりの近さに頬を熱くしながらリリアーナを受け取る。
リリアーナは大人しく腕の中に収まって、キルスティンを見上げるとニコニコと笑った。
かっ、可愛い――! うちの妹達も可愛いけど、この可愛さと愛らしさには負けるわ! お、お持ち帰りしたい!
「リリアーナ様が抱っこを強請るなんて珍しいですね」
その声に顔を上げると、一歩下がったカイトと目が合った。彼が親しみを込めて笑みを浮かべるのを見て、思わず顔を赤らめると、それを見ていたリリアーナがすぐカイトへと手を伸ばした。
「カイト……!」
「はい、リリアーナ様」
カイトがすぐさまリリアーナを抱き取る。
`あれ? ‘ とキルスティンが視線を向けるとカイトの首にかじりつき、大きな瞳で不安そうにこちらを見ている。
あっ……ひょっとして今、私嫉妬された?
キルスティンはきょとんとする。
うわ~、本当にカイト様のことを大好きなんだぁ。ひょっとして16歳の時の記憶ってあるのかな? しかしやっぱりお姫様。嫌な顔して牽制しないで、心配そうな表情を浮かべるだけだなんて。
カイトが姿勢を正した。
「お困りでなければこれで失礼させて頂きます」
「あ、はい。お引止めして申し訳ありませんでした」
彼が一礼をするのに対し、キルスティンは慌ててスカートを持ち膝を折って見送った。
角を曲がり姿が見えなくなったところで、大きく溜息を吐く。
「凄い疲れた~。散策はこれで終わりにして、一旦部屋に戻りましょう」
傍らにいた侍女に声をかけ、来た道を戻っていった。
カイト一行は部屋に戻り、リリアーナをお昼寝させるため、乳母に彼女を手渡そうとした。しかしリリアーナはカイトの首にしがみついて離れない。
「カイトが連れていって……!」
「……畏まりました」
カイトが不思議そうにリリアーナを抱いて寝室に消えると、エマがフランチェスカに聞いてきた。
「どうしたの。あれ?」
「焼きもちを妬かれたんです」
「リリアーナ様が? 誰に?」
「偶然廊下でキルスティン様に会って、カイトが笑みを浮かべたらキルスティン様が赤くなって、それを見てしまわれたんです」
「ああ~、ありそうなパターンね。カイトに免疫がない若い娘さんだったら仕方がないわ。キルスティン様はお綺麗な方だし、嫉妬する気持ちも分かるわね」
暫くすると、カイトが頭を掻きながら居間に戻ってきた。
「全然寝てくれなくて……やっと今寝付いたんだけど……どうしたんだろう?」
「鈍い、鈍すぎるわ」
フランの言葉にエマが笑いながら寝室に様子を見に行く。
「何が鈍いんだ?」
「大したことないの、気にしないで。ねえカイト、わざとあの通路を通ったんじゃない? いつもと違って随分遠回りだったもの」
「ああ、会えるような予感がしたから」
「凄いわね。昔から勘はよかったけど……それで、キルスティン様はどう?」
「多分……一つはフランも分かっているんじゃないか?」
「ええ、公爵令嬢ではないわね」
「ん……所作も言葉使いも、公爵令嬢のそれではない」
「何の為にルイス王子は連れてきたのかしら?」
「彼女の気配……普通の人間とは何か違うものを感じるんだ」
「え……もしかして、神殿の巫女とか?」
「そこまではまだ分からない……でも、悪い人間ではないと思う」
「分かる! リリアーナ様を見たあの反応といい、抱っこした時のあの優しい表情といい、あれは素ね。演技ではないわ」
「うん……。何よりそういった事に敏感なリリアーナ様が抱っこを強請った。もう少しよく彼女を観察をしてどういう人物か見極めたい」
「そうね。城の使用人達にもそうするよう伝えておくわ」
「頼む。俺も折を見て、接触してみるよ」
「それはやめたほうがいいかも……」
「なぜだ?」
「天然のたらしだから」
「へ……?」
「さーて、リリアーナ様の昼寝起きのお茶でも入れてこようっと、くまさんのビスケットも用意しないと」
「フラン、今の説明、フラン……!」
フランはそれには答えずに部屋を出て行ってしまった。
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