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10.打ち鳴らされた扇
レイさんは何も悪くない。
だって、異国の血を引くあなたの姿はこんなにも素敵なのに。
それなのに、どうして疎まれるの? どうしてその不遇を仕方のないことだと笑ってしまうの。
レイさんは悪くないと言いながら、ぽすりと彼の胸を叩いて責める私は最悪だ。
「……お前は馬鹿だなぁ。人のことばかり一生懸命になってないで、もっと自分を大切にしろよ」
レイさんが雑に自分の袖で私の涙を拭う。
ごめん、ハンカチなんか持ってないと言うから、家に帰ったらレイさんのためにハンカチを縫おうと心に決めた。
彼には何色が似合うだろう。そう思って顔を上げる。
すると、レイさんの瞳が、さっきの金色のコインよりもきれいに瞬きながら私を見つめていた。
「まるで満月の夜みたい」
褐色の肌につややかな黒髪。そして、お月様のような瞳。
「うん。やっぱり、すっごくきれい!」
今度は私がニカッと笑った。
「……ばーか。さっきまで泣いていたくせに」
「もう、人に向かって馬鹿って言ったらだめなのよ?」
私が文句を言っているのに、レイさんは笑いながら、またくしゃりと私の頭をなでた。
「あ──、そこの二人。そろそろ喋ってもいいだろうか」
あっ、おじさんのこと忘れてた!
「はい! もちろんです!」
「まずは中で話そう。レイくん、君もだ」
「……分かりました」
おじさんの有無を言わせない雰囲気に、レイさんも素直に従うことにしたらしい。
「あ、門番さん。さっきはごめんなさい」
「は……え⁉ あの、私の方こそ大変失礼いたしました!」
うん。腕は痛かったけど、それが門番さんのお仕事だし。
「大丈夫です! 頑丈なので!」
だって、おじさんが叱ってくれるって約束してくれたし、こうして中にも入れてくれるし、結果オーライというやつだ。
それにしても大きなお家ね。門から玄関までの距離は我が家が何軒入るだろうか。
そんなことを考えながら、おじさんの長い足に負けないように歩く。ズボンっていいな。こんなに大股で歩けちゃうもん。
「こら、もう女だってバレてるんだぞ」
「はーい」
だって、早くお話して早く帰りたいから、つい気が急いてしまう。
「たぶん、みんな気にしていると思う」
「みんな?」
そろそろ玄関にたどり着くという頃、おじさんが伯爵家のことを教えてくれた。
「君の祖父母と、私の妻。それから息子と娘が一人ずついる」
おお、親戚がたくさんだ。
「だが、とりあえず挨拶だけしたらこれからのことを話そう」
「よろしくお願いします!」
すると、まるで私達の会話が聞こえていたかのように扉が開かれた。
「……あなた、その子は?」
この人はおじさんの奥さんかな。でも、どうしてそんなに怖い顔なの?
「おい。何を勘違いしている? この子はソフィアの娘だぞ」
「え……あ、ソフィア様の……え? 娘⁉」
あ、ちょっと傷つきました。やっぱり男の子にしか見えないみたい。
「はじめまして、フィリシアです。夜分遅くにごめんなさい」
もう、いい。いちいち傷ついていたらきりがない。どうせ、髪なんてすぐに伸びるし。
「……パーシヴァルが愛人に産ませた子どもを連れてきたんじゃないかって。……とりあえず、私が話をするからと、お義父様達には部屋に戻ってもらったわ」
「いつ私に愛人ができたんだ」
「それを今から吐かせようと待ち構えていたのですが?」
「違いますよ⁉ 私はおじさんの姪ですから!」
おじさんが浮気男扱いだなんて申し訳なさすぎる!
慌ててブローチを見せ、これまでのことを話す。
子沢山な我が家のこと。おじいちゃんに助けてもらいたくて、髪を売って王都まで来たこと。レイさんに色々と助けてもらって、ようやく伯爵家までたどり着けたことを大急ぎでまくし立てた。
「……なんてことなの」
あ、反応がおじさんと一緒だ。おばさんも目頭を押さえている。
「ああ、ごめんなさいね。応接室に行きましょう。もちろん、君もよ?」
歩き始めてようやく景色に意識が向いた。
お屋敷の中はとっても広いし、高そうなものがいっぱいだ。ちょっと怖くなって、レイさんに寄ってって小声で話しかけた。
「なんだか場違い過ぎて怖い……」
「いまさら?」
呆れたように言いながらも、ほら、と手を出された。
「場違いなのは一人だけじゃないから大丈夫だろ?」
「……うん」
差し出された手を取る。彼の手も私と同じで、ちょっと荒れていて、でも私よりもゴツゴツしていて、それが何だかホッとした。
案内された応接室のソファーは、本当に私が座っていいのか心配だったけど、とっても座り心地がいい。それに、メイドさんが出してくれたココアはとても温かくて甘くって、天国はここだったのかと涙が出そうになった。
ごめんね、グレース。お姉ちゃんばっかりいい思いをして! そう思ったら、違う意味で涙が出た。
そんな私をよそに、おじさんとおばさんが真剣にこれからのことを考えてくれている。
「……そう、そうね。確かにお金ではだめね」
「ああ。とりあえず、人をやろうと思うのだが」
「……う~~ん。いっそ、夫だけ残してほか全員こちらに招けばよいのではありませんか? 妊娠初期に馬車で揺られるのは本当は良くないけれど、我が家の馬車なら振動を軽減できるし、クッションなどを多めに敷いて、休憩をこまめに挟めば大丈夫でしょう」
お父さんだけ置いてくるの? ええ?
「たぶん、無理です。走ってでも追いかけてくると思います」
「……そう。それなら、まずは全員呼びます。そして、きっちりしつけてから家に戻しましょう」
おばさんの扇がパシンッとテーブルに打ち付けられた。……ちょっと怖い。
「さあ、そうと決まったら住所を教えてちょうだい?」
だって、異国の血を引くあなたの姿はこんなにも素敵なのに。
それなのに、どうして疎まれるの? どうしてその不遇を仕方のないことだと笑ってしまうの。
レイさんは悪くないと言いながら、ぽすりと彼の胸を叩いて責める私は最悪だ。
「……お前は馬鹿だなぁ。人のことばかり一生懸命になってないで、もっと自分を大切にしろよ」
レイさんが雑に自分の袖で私の涙を拭う。
ごめん、ハンカチなんか持ってないと言うから、家に帰ったらレイさんのためにハンカチを縫おうと心に決めた。
彼には何色が似合うだろう。そう思って顔を上げる。
すると、レイさんの瞳が、さっきの金色のコインよりもきれいに瞬きながら私を見つめていた。
「まるで満月の夜みたい」
褐色の肌につややかな黒髪。そして、お月様のような瞳。
「うん。やっぱり、すっごくきれい!」
今度は私がニカッと笑った。
「……ばーか。さっきまで泣いていたくせに」
「もう、人に向かって馬鹿って言ったらだめなのよ?」
私が文句を言っているのに、レイさんは笑いながら、またくしゃりと私の頭をなでた。
「あ──、そこの二人。そろそろ喋ってもいいだろうか」
あっ、おじさんのこと忘れてた!
「はい! もちろんです!」
「まずは中で話そう。レイくん、君もだ」
「……分かりました」
おじさんの有無を言わせない雰囲気に、レイさんも素直に従うことにしたらしい。
「あ、門番さん。さっきはごめんなさい」
「は……え⁉ あの、私の方こそ大変失礼いたしました!」
うん。腕は痛かったけど、それが門番さんのお仕事だし。
「大丈夫です! 頑丈なので!」
だって、おじさんが叱ってくれるって約束してくれたし、こうして中にも入れてくれるし、結果オーライというやつだ。
それにしても大きなお家ね。門から玄関までの距離は我が家が何軒入るだろうか。
そんなことを考えながら、おじさんの長い足に負けないように歩く。ズボンっていいな。こんなに大股で歩けちゃうもん。
「こら、もう女だってバレてるんだぞ」
「はーい」
だって、早くお話して早く帰りたいから、つい気が急いてしまう。
「たぶん、みんな気にしていると思う」
「みんな?」
そろそろ玄関にたどり着くという頃、おじさんが伯爵家のことを教えてくれた。
「君の祖父母と、私の妻。それから息子と娘が一人ずついる」
おお、親戚がたくさんだ。
「だが、とりあえず挨拶だけしたらこれからのことを話そう」
「よろしくお願いします!」
すると、まるで私達の会話が聞こえていたかのように扉が開かれた。
「……あなた、その子は?」
この人はおじさんの奥さんかな。でも、どうしてそんなに怖い顔なの?
「おい。何を勘違いしている? この子はソフィアの娘だぞ」
「え……あ、ソフィア様の……え? 娘⁉」
あ、ちょっと傷つきました。やっぱり男の子にしか見えないみたい。
「はじめまして、フィリシアです。夜分遅くにごめんなさい」
もう、いい。いちいち傷ついていたらきりがない。どうせ、髪なんてすぐに伸びるし。
「……パーシヴァルが愛人に産ませた子どもを連れてきたんじゃないかって。……とりあえず、私が話をするからと、お義父様達には部屋に戻ってもらったわ」
「いつ私に愛人ができたんだ」
「それを今から吐かせようと待ち構えていたのですが?」
「違いますよ⁉ 私はおじさんの姪ですから!」
おじさんが浮気男扱いだなんて申し訳なさすぎる!
慌ててブローチを見せ、これまでのことを話す。
子沢山な我が家のこと。おじいちゃんに助けてもらいたくて、髪を売って王都まで来たこと。レイさんに色々と助けてもらって、ようやく伯爵家までたどり着けたことを大急ぎでまくし立てた。
「……なんてことなの」
あ、反応がおじさんと一緒だ。おばさんも目頭を押さえている。
「ああ、ごめんなさいね。応接室に行きましょう。もちろん、君もよ?」
歩き始めてようやく景色に意識が向いた。
お屋敷の中はとっても広いし、高そうなものがいっぱいだ。ちょっと怖くなって、レイさんに寄ってって小声で話しかけた。
「なんだか場違い過ぎて怖い……」
「いまさら?」
呆れたように言いながらも、ほら、と手を出された。
「場違いなのは一人だけじゃないから大丈夫だろ?」
「……うん」
差し出された手を取る。彼の手も私と同じで、ちょっと荒れていて、でも私よりもゴツゴツしていて、それが何だかホッとした。
案内された応接室のソファーは、本当に私が座っていいのか心配だったけど、とっても座り心地がいい。それに、メイドさんが出してくれたココアはとても温かくて甘くって、天国はここだったのかと涙が出そうになった。
ごめんね、グレース。お姉ちゃんばっかりいい思いをして! そう思ったら、違う意味で涙が出た。
そんな私をよそに、おじさんとおばさんが真剣にこれからのことを考えてくれている。
「……そう、そうね。確かにお金ではだめね」
「ああ。とりあえず、人をやろうと思うのだが」
「……う~~ん。いっそ、夫だけ残してほか全員こちらに招けばよいのではありませんか? 妊娠初期に馬車で揺られるのは本当は良くないけれど、我が家の馬車なら振動を軽減できるし、クッションなどを多めに敷いて、休憩をこまめに挟めば大丈夫でしょう」
お父さんだけ置いてくるの? ええ?
「たぶん、無理です。走ってでも追いかけてくると思います」
「……そう。それなら、まずは全員呼びます。そして、きっちりしつけてから家に戻しましょう」
おばさんの扇がパシンッとテーブルに打ち付けられた。……ちょっと怖い。
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