ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。

ましろ

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2.初夜、その後 (夫・敗者復活)

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こんなに生意気な女は初めてだ。


私には愛する人がいる。モニカと知り合ったのは16歳の夏。学園の噴水に飛ばされたプリントをなんとか取ろうとしている所を助けたのが始まりだ。
一つ年下の男爵令嬢。柔らかそうな薄茶色の髪に蜂蜜色の瞳の可愛らしい女性だった。次の日にはお礼だといってクッキーを焼いて来てくれた。甘さ控えめのジンジャークッキーにほろ苦いココア味。どれも私好みで。
それからはどんどん親しくなった。
口づけを交わしたのは17歳の冬の日。彼女が泣いていた。実家が事業に失敗し、学園に通うことが出来なくなってしまうと泣き崩れた。どうか自分を忘れないでほしいと、思い出がほしいと言われた。
私はとっくに彼女に惚れていた。思い出など嫌だ、どうにかしてこれからも会いたいと抱きしめ、その唇を奪った。
彼女は学園を辞め働くことになった。母に頼み込み、我が家の使用人として働く事になった。
ふたりのことは絶対に秘密。慎重に慎重を重ねながらも私達は愛を育んでいった。
結局彼女の実家は立て直すことが出来ず、屋敷を手放し平民となってしまった。
それでも私は彼女を手放す事が出来なかったのだ。


「お願いだ、ずっと私の側にいてくれ」
「……でも、平民の私は貴方の妻にはなれないわ。これ以上続けるのは無理よ」
「酷いことを言っているのは分かってる!でも、モニカが他の男のモノになるなんて許せないんだ!」
「……じゃあ、貴方も私以外の女性を愛さないで、抱かないで。私だけを愛してくれる?」
「もちろんだ、愛してるモニカ」


その日、初めてモニカを抱いた。18歳だった。

その後もお見合いや婚約の誘いをすべて断り続けた。私も働くようになり自由に出来るお金が増えたので、彼女の為に家を買い、そこで逢瀬を繰り返した。

そして30歳近くなり、とうとう父が激怒した。
このまま平民にうつつを抜かしているなら爵位は弟に譲ると言うのだ。
あんなろくでなしが継いだらあっという間に領地に被害が出るだろう!父は私が領民を見捨てられない事を分かっていて言っているのだ。彼等の為にモニカを捨てろと言うのか。


「誰か契約妻になってくれる人を探してみたらどうかしら」


モニカから驚く提案が出た。だが、確かにお金に困っている貴族なら理解してくれるかもしれない!
私は急いで条件に合う女性を探した。
そうして見つかったのがアリーチェ・サンティ子爵令嬢だ。
17歳には酷かとも思うが、それくらいの年齢なら貧乏生活から抜けられて、美しいドレスや宝石が手に入る生活を喜ぶだろう。
父親はお金がいくら貰えるかだけを気にするような男だったから、娘の性格も少し心配だったがどうせ形だけの夫婦だ。多少の事は目を瞑るしかないだろう。
実際会ってみると、少しきつい顔立ちではあるけれど美しい少女だった。
黒髪は残念ながら艶がない。たぶん、そんなことにお金を使えるような生活ではないのだろう。体も痩せているし手も荒れている。平民になったモニカの方が余程美しい手と髪を持っている。
それでも凛と背筋を伸ばし、毅然とした態度で私を見つめる緑の瞳はとても美しいと思った。


「後で香油などの必需品を送ろう。式までにもう少し身なりを整えてくれ」


そう伝えると、ピキッと表情がしかめられた。もしかして施しだと思われたか?だがこの姿ではなぁ。


「お心遣い感謝致します」


そう言って微笑んでいたが、今考えるとかなり怒りを我慢していたのだろうな。




二度目に顔を合わせたのは結婚式。
ヴェールを上げると、以前とは違う美しい女性がいた。内心とても驚いたが、顔には出なかったはず。誓いの口づけはフリだけで終わらせた。

そして初夜。まさかの詐欺師呼ばわり!
こんな屈辱を味わったのは初めてだった。

確かに彼女の言う事は正しい。正しいが、主人であり12歳も年上の私によくそこまでものが言えるな?!
だが、流石に言い過ぎたと思ったのだろう。少し顔を青褪めさせながらもグッと歯を噛み締めた。
私に殴られると思ったのか。
そうやって口を閉じてじっとしているのは殴られても口の中を怪我しない為か?
殴られた経験があるのだな……父親か?
まだ17歳なのに。女性なのに。

思わずため息が出た。
悪人は私も同じか。

そこからはまさかの契約結婚となった。離婚して平民になる?信じられなかった。だが、私の為にここまでしてくれるなら受け入れる他ない。
ありがたいが申し訳ない。自分勝手な己を改め、彼女が少しでも過ごしやすくしてあげなければ。
そう思ったのに!


「馬鹿ですか?あ、口から出ちゃった」


その口をどうにかしろ!
だが、女性とこんなに本音で話せたのは珍しい。口は悪いが中身は悪い女性ではないようだ。


「無理を言って本当に悪かった。今までの失礼な発言をすべて謝罪する。申し訳なかった」
「そうですね、殴ろうかと思ったくらいに腹は立ちましたけど、領民を見捨てられないところは素敵だと思ったので許しますよ」


本当に一言多いな。だが、


「ありがとう。君を幸せにする努力は怠らないと誓うよ。そうだ!いっそのこと妻ではなく娘だと思うことにする。それでどうだろう?」


名案だと思ったのだが、アリーチェはポカンとした顔をして固まった。だが幼く見えるその表情がやっと17歳らしい顔のような気がした。


「……変な人」
「そうか?妻として愛するのは無理だが、家族として娘として大切にする事は出来るだろう」
「……家族、なの?」
「あぁ、3年も同じ家に住むのだ。家族としてよろしく頼むよ」
「それじゃあ、パパ?」
「止めなさい。君も名前で呼べばいい」


本当の夫でも無いのに旦那様呼びは気が引ける。


「でも流石に生意気じゃないかしら」
「生意気の塊のくせに何を躊躇しているんだ?それに私達は契約者同士、対等な立場だろう。だから君は私を名前で呼ぶ権利があるさ」
「……やっぱり変な人ね、エミディオ様は」


そう言って笑った顔は少し可愛かった。
うん、娘だと思えばこの生意気さも可愛いかもな。


「それじゃあ私は自室で寝るよ、おやすみ」
「駄目に決まってますよ、エミディオ様」
「は?」
「初夜ですよ。エミディオ様がさっさと出て行くなんてありえません。絶対にお義母様に報告が行きます。
今日はここで寝てください。使った形跡がないと困ります。既成事実を見せつけないと!」


この子は女性として大丈夫なのか?


「いや、さすがに同じベッドで休むわけにはいかないだろう!」
「なぜですか?私は元々初夜を迎えるつもりでしたので問題ありません。
困るのはエミディオ様だけですからどうか自制してください。さっき私のことを娘だと言いましたよね」



……この娘をどう扱えばいいのだ?


「分かった」


もう知らん。コイツが言ったことだ。望むようにしよう。
これは娘。ちょっと生意気な私の娘。


「おやすみ、アリーチェ」
「……おやすみなさい、エミディオ様」





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