43 / 89
第二章
7.妄執
しおりを挟む……でも、逃げてどうなるの?
今、ここで逃げたら、きっと私はずっと逃げ続けてしまうだろう。
そんな人生を送るためにここまで来たの?違うでしょう?
──頑張れ、私!
「……ごめんなさい。こんな大人数での会話に慣れていなくて。……私はずっと家族とは離れて暮らしていたものですから。不調法で申し訳ありません」
……言った。言ってしまったわ。
ちゃんと笑顔で言えたかしら。じわりとフォークを握る手に汗が滲む。
「ブランシュは難しい言葉を知っているね」
「お父様、不調法ってどういう意味ですか?」
「行き届いていないとか、手際が悪いとかかな」
「そうなのね、ブランシュさんのおかげで一つ賢くなったわ」
「読書が好きなので、それで」
「あら、ロランも見習わなきゃ」
そこからはまた楽しい雰囲気に戻りました。
家族と離れて暮らしていたと言ったのに、それに対して誰も何も言いませんでした。
やっぱり知られているのかも。でも、堂々と話せて良かった。これからきっと何度だって過去の自分と向き合うことになるでしょう。それでも私は絶対に逃げたくはない。
ふと、視線を感じて隣を見ると、パスカルと目が合いました。
「……お前は強いな」
ぽつりとつぶやかれた言葉は、あまりに小さくて私にしか聞こえていないでしょう。
それでも、彼が私の逃げ出さずに踏み出した一歩を肯定してくれたことが何となく嬉しい。
「褒めてる?」
「…うん」
「ありがと」
うん。やっぱり勇気を出せてよかったわ。
◇◇◇
「さて、これからの話を少ししようか」
食事を終え、私達だけレイモン様に残るように言われました。
「まず、さっきはすまなかったね」
これはたぶん、私が戸惑ってしまったことを言っているのよね?
「いえ。私の覚悟が足りなかっただけですから」
「9歳の女の子に覚悟と言われてしまうと何とも切ないのだけど。だが、残念なことに子どもは親を選べない。
オレリー達の醜聞はこれからも君達に付いて回るだろう」
分かっていても改めて言われるととても重いなと感じてしまいます。
「ただ君達は今、両親を失っている状態だ。
だから君達が望みさえすれば、他の家の養子になり新しい人生を歩むことも出来る。
ブランシュにはすでにその話があったよね?」
「はい」
「一度断ったことも聞いたけど、今はどうだろう。どちらが幸せになれるのか。考えが変わってきてはいないかな」
それは何度も考えたことです。
あの時は自分が享受するはずだったすべてを取り戻したいと思っていました。
でも、今は……無理に取り戻しても、そこに幸せがあるのかどうか、よく分からないのです。
「……でも、そうしたら伯爵家はどうなるんですか?」
マイルズが不安そうに伯爵家のことを尋ねました。
やはり彼はずっと家を継ぐ為に育てられてきたのだなと分かりました。だからこそ、家を一番に気にするのね。
ただの勢いで奪ってやると言ってしまった自分が少し恥ずかしいです。
「親類縁者の中から跡継ぎを探すという手もある。だから、必ずしも君達の中から選ばなくてはいけないわけではない。ということを覚えていて欲しい」
私達でなくてはならない、そんなことは無いということ?
「ただ、養子になるなら全員が同じ家にというのは難しいだろうね」
それはそうだろう。子供を1人育て上げるのにいくら必要なのか。そう考えたら──
「どうしたら王子様に会えますか?」
…………は?
なに…、なぜここで王子様なの?
あまりにも場違いなミュリエルの言葉に、私だけでなく、マイルズ達も驚いています。
「君達のこれからの話に、どうして王子殿下が関係するのかな」
レイモン様の口元には笑みが浮かんだままですが、その眼差しはとても冷ややかなものに変わりました。
「だって幸せになりたいの」
「君の幸せと殿下は無関係だよ」
「どうして?だってお母様が言っていたわ。お祖父様のところに行けば会えるって。王子様に気に入られたら幸せになれるのよ」
ああ、お母様はどこまで愚かなの。
ご自分の成し得なかった夢を……いえ、そんな綺麗なものだとは思えない、こんなのただの妄執だわ。
……今ならまだ間に合うのだろうか。
お母様の呪いのような王家への執着からミュリエルを引き離すことはできる?
「ミュリエル、よく聞きなさい。王子殿下に嫁ぐということはそんなにも簡単なことではないよ」
「どうして?だってミリはきれいなドレスを着て王子様に会うのよ?そうしたら幸せになれるはずよ?」
ミュリエルは伯爵家のお姫様だった。
望めばできうる限りのことを与えられてきたのだろう。
こんな子に分からせるにはどうしたらいいのか。
「ミュリエル、あなたみたいに無教養な子が王子殿下に選ばれるはずがないでしょう?」
それならば無理に諦めさせるのではなく、正しく努力させたらいい。
王子殿下に手が届くくらい頑張ってみせなさい。その夢をちゃんと自分の目標にしなさいな、ミュリエル。
「お兄様にべったりで、ろくに敬語も使えないお子ちゃまが王子妃だなんて、聞いているだけで恥ずかしいから止めてくださる?」
「……ひどいっ」
「悔しかったらもっと努力したら?
悪いけど、あなたの今の知識は私が3歳の頃と変わらないと思うわ。その程度で殿下に手が届く?ありえない。殿下ならきっと私の方を選ぶわよ?」
レイモン様は何も言わないで見守ってくれている。
きっと私が何をしたいのか分かったのね。それはマイルズ達も。
だってこのままではミュリエルは駄目になる。
「……王子様はミリのだもん!」
「まさか。お人形でもあるまいし、選ぶのはあなたではなく王子殿下のほうよ。
より賢く、品位に優れ、心の美しさを持つ。選ぶならそんな令嬢に決まっているでしょう?
間違ってもお兄様におんぶに抱っこの何もできない赤ちゃんを選びはしないわ」
「ミリは赤ちゃんじゃない!」
「自分のことをミリとか言ってるあたりが赤ちゃんよ。ちゃんと『私』と言いなさい」
凄いわね。6歳でこんなにも憎々しげな目ができるものなの。
「……わたしは絶対に王子様に選ばれてみせるから」
「あなたが素敵な淑女になることを楽しみにしているわ。と言うわけでレイモン様。私はミュリエルの覚悟を見届けたいと思いますので、やはり養子にはなりません。
それでいいわね?ミュリエル」
「はい」
こんな爆弾を野放しにはできないわ。
私という壁がある方がやる気も出るでしょうし。
「ブランシュ。本当にいいんだね?」
「はい。お気遣いありがとうございます、レイモン様」
これで二度も断ってしまったわ。でもさっき分かったの。どこまで逃げても変わらない。変えたいのなら自分が努力しないといけないのだと。
「……ブランシュ、ごめん。君に背負わせてしまう」
「だったら早く戻って来て」
「…うん、頑張るよ。レイモン様、僕も養子にはなりません。伯爵家を継げるよう頑張ります」
「僕もです。ミュリエル、君が正しく努力することを願ってる。間違っても汚い手は使うな。お母様のようにだけはならないでくれ。約束できるか?」
パスカルもお母様の影響が大きいことを心配しているのね。
「ちゃんとがんばる……がんばります」
「うん、応援する。二人を、ね」
いえ、私は王子妃は目指さないけどね?
それでも、パスカルが私も応援すると言うなんて。
こうして少しずつ変わっていけたらいい。
ミュリエルも、私も。
2,040
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる