悪女のレシピ〜略奪愛を添えて〜

ましろ

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第二章

7.妄執

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……でも、逃げてどうなるの?

今、ここで逃げたら、きっと私はずっと逃げ続けてしまうだろう。
そんな人生を送るためにここまで来たの?違うでしょう?

──頑張れ、私!

「……ごめんなさい。こんな大人数での会話に慣れていなくて。……私はずっと家族とは離れて暮らしていたものですから。不調法で申し訳ありません」

……言った。言ってしまったわ。
ちゃんと笑顔で言えたかしら。じわりとフォークを握る手に汗がにじむ。

「ブランシュは難しい言葉を知っているね」
「お父様、不調法ってどういう意味ですか?」
「行き届いていないとか、手際が悪いとかかな」
「そうなのね、ブランシュさんのおかげで一つ賢くなったわ」
「読書が好きなので、それで」
「あら、ロランも見習わなきゃ」

そこからはまた楽しい雰囲気に戻りました。
家族と離れて暮らしていたと言ったのに、それに対して誰も何も言いませんでした。
やっぱり知られているのかも。でも、堂々と話せて良かった。これからきっと何度だって過去の自分と向き合うことになるでしょう。それでも私は絶対に逃げたくはない。

ふと、視線を感じて隣を見ると、パスカルと目が合いました。

「……お前は強いな」

ぽつりとつぶやかれた言葉は、あまりに小さくて私にしか聞こえていないでしょう。
それでも、彼が私の逃げ出さずに踏み出した一歩を肯定してくれたことが何となく嬉しい。

「褒めてる?」
「…うん」
「ありがと」

うん。やっぱり勇気を出せてよかったわ。



◇◇◇



「さて、これからの話を少ししようか」

食事を終え、私達だけレイモン様に残るように言われました。

「まず、さっきはすまなかったね」

これはたぶん、私が戸惑ってしまったことを言っているのよね?

「いえ。私の覚悟が足りなかっただけですから」
「9歳の女の子に覚悟と言われてしまうと何とも切ないのだけど。だが、残念なことに子どもは親を選べない。
オレリー達の醜聞はこれからも君達に付いて回るだろう」

分かっていても改めて言われるととても重いなと感じてしまいます。

「ただ君達は今、両親を失っている状態だ。
だから君達が望みさえすれば、他の家の養子になり新しい人生を歩むことも出来る。
ブランシュにはすでにその話があったよね?」
「はい」
「一度断ったことも聞いたけど、今はどうだろう。どちらが幸せになれるのか。考えが変わってきてはいないかな」

それは何度も考えたことです。
あの時は自分が享受するはずだったすべてを取り戻したいと思っていました。
でも、今は……無理に取り戻しても、そこに幸せがあるのかどうか、よく分からないのです。

「……でも、そうしたら伯爵家はどうなるんですか?」

マイルズが不安そうに伯爵家のことを尋ねました。
やはり彼はずっと家を継ぐ為に育てられてきたのだなと分かりました。だからこそ、家を一番に気にするのね。
ただの勢いで奪ってやると言ってしまった自分が少し恥ずかしいです。

「親類縁者の中から跡継ぎを探すという手もある。だから、必ずしも君達の中から選ばなくてはいけないわけではない。ということを覚えていて欲しい」

私達でなくてはならない、そんなことは無いということ?

「ただ、養子になるなら全員が同じ家にというのは難しいだろうね」

それはそうだろう。子供を1人育て上げるのにいくら必要なのか。そう考えたら──

「どうしたら王子様に会えますか?」


…………は?


なに…、なぜここで王子様なの?

あまりにも場違いなミュリエルの言葉に、私だけでなく、マイルズ達も驚いています。

「君達のこれからの話に、どうして王子殿下が関係するのかな」

レイモン様の口元には笑みが浮かんだままですが、その眼差しはとても冷ややかなものに変わりました。

「だって幸せになりたいの」
「君の幸せと殿下は無関係だよ」
「どうして?だってお母様が言っていたわ。お祖父様のところに行けば会えるって。王子様に気に入られたら幸せになれるのよ」

ああ、お母様はどこまで愚かなの。
ご自分の成し得なかった夢を……いえ、そんな綺麗なものだとは思えない、こんなのただの妄執だわ。
……今ならまだ間に合うのだろうか。
お母様の呪いのような王家への執着からミュリエルを引き離すことはできる?

「ミュリエル、よく聞きなさい。王子殿下に嫁ぐということはそんなにも簡単なことではないよ」
「どうして?だってミリはきれいなドレスを着て王子様に会うのよ?そうしたら幸せになれるはずよ?」

ミュリエルは伯爵家のお姫様だった。
望めばできうる限りのことを与えられてきたのだろう。
こんな子に分からせるにはどうしたらいいのか。

「ミュリエル、あなたみたいに無教養な子が王子殿下に選ばれるはずがないでしょう?」

それならば無理に諦めさせるのではなく、正しく努力させたらいい。
王子殿下に手が届くくらい頑張ってみせなさい。その夢をちゃんと自分の目標にしなさいな、ミュリエル。

「お兄様にべったりで、ろくに敬語も使えないお子ちゃまが王子妃だなんて、聞いているだけで恥ずかしいから止めてくださる?」
「……ひどいっ」
「悔しかったらもっと努力したら?
悪いけど、あなたの今の知識は私が3歳の頃と変わらないと思うわ。その程度で殿下に手が届く?ありえない。殿下ならきっと私の方を選ぶわよ?」

レイモン様は何も言わないで見守ってくれている。
きっと私が何をしたいのか分かったのね。それはマイルズ達も。

だってこのままではミュリエルは駄目になる。

「……王子様はミリのだもん!」
「まさか。お人形でもあるまいし、選ぶのはあなたではなく王子殿下のほうよ。
より賢く、品位に優れ、心の美しさを持つ。選ぶならそんな令嬢に決まっているでしょう?
間違ってもお兄様におんぶに抱っこの何もできない赤ちゃんを選びはしないわ」
「ミリは赤ちゃんじゃない!」
「自分のことをミリとか言ってるあたりが赤ちゃんよ。ちゃんと『私』と言いなさい」

凄いわね。6歳でこんなにも憎々しげな目ができるものなの。

「……わたしは絶対に王子様に選ばれてみせるから」
「あなたが素敵な淑女になることを楽しみにしているわ。と言うわけでレイモン様。私はミュリエルの覚悟を見届けたいと思いますので、やはり養子にはなりません。
それでいいわね?ミュリエル」
「はい」

こんな爆弾を野放しにはできないわ。
私という壁がある方がやる気も出るでしょうし。

「ブランシュ。本当にいいんだね?」
「はい。お気遣いありがとうございます、レイモン様」

これで二度も断ってしまったわ。でもさっき分かったの。どこまで逃げても変わらない。変えたいのなら自分が努力しないといけないのだと。

「……ブランシュ、ごめん。君に背負わせてしまう」
「だったら早く戻って来て」
「…うん、頑張るよ。レイモン様、僕も養子にはなりません。伯爵家を継げるよう頑張ります」
「僕もです。ミュリエル、君が正しく努力することを願ってる。間違っても汚い手は使うな。お母様のようにだけはならないでくれ。約束できるか?」

パスカルもお母様の影響が大きいことを心配しているのね。

「ちゃんとがんばる……がんばります」
「うん、応援する。二人を、ね」

いえ、私は王子妃は目指さないけどね?
それでも、パスカルが私も応援すると言うなんて。
こうして少しずつ変わっていけたらいい。
ミュリエルも、私も。





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