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第二章
16.涙を信じるな(ベルティーユ)
しおりを挟む目の前にはニコニコと笑顔のリシャール兄様。
……はっきり言ってとっても怖いわ。
喜怒哀楽が分かりやすいロラン兄様と違って、リシャール兄様は微笑が標準装備されていて感情が読み難い。
でも、今日の兄様は完全にお怒りモードだ。間違いなく!
「ベルティーユ、なぜ呼ばれたか分かるか」
「……回りくどいのはやめて。怒っているならハッキリ言ってよ」
「怒っているとは違うな。ただ、残念だと思っているだけだ」
「何が?」
「私の妹が人の上辺しか見ていないこと」
「……私が?」
そんな、私が何をしたと言うのよ。上辺だけで判断するなんていつそんなことを──
「泣いてる子は必ず被害者なのかな」
「あ…、ミュリエルのこと?」
ミュリエルはだって……。
最初は凄く腹が立ったわ。マナーは悪いし態度も良くなくて。
でも、あの子はただ不器用なだけでそんなにも悪い子じゃないのかもって気にし出したら何となく放っておけなかった。
ブランシュさんと比べられて泣いている姿は可哀想だったし、慰めてあげると『ありがとう』と小さく笑って私の服をキュッと摘んできたのがいじらしかった。
だから大切にしてあげようとしたのはそんなにも悪いことなの?
「だって、泣いていたら慰めるのは当然でしょう?」
「泣いた理由は?」
「それは……ブランシュさんと比べられて」
「お手本を見せるという行為は比べることになるのか?」
「……先生に聞いたの?」
「言葉だけでは伝わらないだろうからとブランシュさんにお手本を頼んだそうだね。聞くよりも実際に見た方が分かりやすい。先生はそう思われたそうだが、君は間違っていると思うかい」
「……間違っていません」
確かに言葉で説明されるより、お手本を示してもらえる方が分かりやすいけど。
「先生はブランシュさんと違ってミュリエルさんが不出来だとでも言ったのかな。それならば比べたことになる」
「……そんなことは言わなかったわ」
そうね。私はどうしてそう思ったのだろう。
『ミュリエルは何が悲しいの?』
『…ブランシュ姉様と比べられて悲しい』
そうだ。最初に泣いてるミュリエルを見かけた時にそう言っていたから。
初めはそんなことない、誰も比べていないし、年齢も違うのだから同じようにできなくて当然だと慰めた。
でも、次第にやっぱり比べているような……ブランシュさんがミュリエルに冷たくて厳しいような気がしてきて……
「ものごとは悪く思おうとすればいくらでも悪く考えられる。どうする?母上達に頼まなければいけない事案か?」
リシャール兄様の言葉にドキリとした。
普段、私達のちょっとした諍いにお母様達が口を出すことは少ない。軽いお小言などはもちろんあるけれど、今、兄様が言っているのはもっと厳しいことだ。
「ごめんなさい。間違っていたのは私です。先生は何も悪くありません」
私達のせいで先生に迷惑が掛かるところだった。
授業中の問題は、先生が悪いことになるだなんて考えもしなかった。まさかクビになったりしないよね?
「これからのミュリエルへの対応は?」
「……泣いていたらやっぱり慰めます。でも、ただ、慰めるのではなく、彼女の誤解を解けるように話をします」
「50点」
「どうして?!」
「まず、泣けばどうにかなると思わせるな」
「まだ6歳よ!」
兄様は自分が強くて賢くて何でもできるから。でも、皆が皆、そんなに強くはないんだよ?!
「ベルティーユ。あの子を甘やかすな。
ミュリエルはただの6歳児じゃない。問題のある伯爵家の娘なんだ」
「そんなっ!それはあの子のせいじゃないでしょう?!」
知っているわ。ご両親が問題を起こしてどちらも罰せられたのは。その上、双子の兄達も魔法塔預かりになる。だからせめて私くらいは優しくしてあげて何が悪いというの?
「じゃあ、いつまで君が守ってあげられる?」
「…それは分からないけど、でもっ」
「ミュリエルのためを思うなら、あの子は強くならなくちゃいけないんだ。そして、残された家族であるブランシュさんとの仲を改善するべきだろう。
それなのに、君が半端に甘やかして泣けばどうにかなると思わせて。ブランシュさんと比べて自分は優しい姉なのだと満足していただろう」
……くやしい。一言も言い返せない。
だって嬉しかったんだもん。妹ができたみたいで可愛かった。本当の姉であるブランシュさんより私を慕ってくれるのが嬉しくて──
「それに。泣かないブランシュさんが少しも傷付いていないと本当に思っているのか」
「……え?」
「兄妹がいつも3対1になっている状況を楽しんでいるとでも?妹が泣いてお前が慰めているせいで、使用人達までブランシュさんのことを酷い姉なのでは、という視線を向けるようになったのを心地良いと感じているとでも言うのかな」
……なにそれ、知らない……
「使用人達には指導が入る。だけど、君が変わらなければ表に出さないだけで彼らの意識は変わらない。
どうする?ブランシュさんを悪者に仕立て上げる責任は取れるの?」
なんで?ただ妹を可愛がってるだけのつもりだったのに、先生がクビになりそうだったりブランシュさんが悪者になっちゃうとか全部私が悪いの?!何より!
「やだやだやだ!も、怖いよ兄様っ!なんでニコニコ笑いながら叱るの?!ベルが駄目ならそう言ってよおぉ~~~っ!!」
久々に泣いた。大泣きだ。
リシャール兄様は私の大泣きを聞き付けて来たお父様達に叱られていたけれど平然としていた。
「父上達の様子見が長いからいけないのですよ。いい加減、教育の方針を固めてください。お祖母様のことを気にして慎重になり過ぎです」
と言ってお父様をやり込めていた。
「ベル、あの子達の内情を許しもなく話す気はないわ。でも、初めての晩餐のときにブランシュが言っていたでしょう?ずっと家族と離れて暮らしていたと」
「……うん、聞いた」
なんで?とは思ったけど、病気療養とかそういうものだと考えていた。
「あの子はね、本当に生まれてから一度も家族と一緒には暮らしていなかったの」
「……うそ」
ずっとって、本当にずっとなの?!
「だから兄妹の仲が良いも悪いもないの。まだ出会ってからあまり日が経っていないのだから。
ブランシュさんもいきなり姉という立場に立たされて本当は困っていると思うわ。
あなたはリシャール達がいて、どういうふうに兄妹が関わったらいいかを知ってる。そしてミュリエルもね。
でも、ブランシュさんは兄妹という存在自体が本当に初めてなの。『きょうだい』という言葉は知っていても体験したことがないのよ」
……私はちゃんと聞いていたのに分かってなかったんだ。兄様はその意味に気付いたからこんなにも怒っていたの?
「あとね、女の涙は信じちゃ駄目よ!」
「え?!」
「必ずいるのよ、か弱いふりして涙を流す女は。
あなたもそのうち他の令嬢達と関わるようになるのだから、見た目のか弱さに騙されないで。痛い目を見るわよ」
何それ怖い。
「淑女は涙を見せないものよ。そんなものに頼る人を信じないで。ちゃんとその人の言動をよく見なさい」
「まあまあ、ベルはまだ7歳なんだから」
「あなたは甘いわ。鉄は熱いうちに打てというでしょう。失敗した今がチャンスなんです」
うぅ~~っ!結局はお母様にも叱られてしまったわ。
今日、分かったこと。
女の涙を信じるな!
兄様を二度と怒らせるな!
以上です。
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