真実の愛の取扱説明

ましろ

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『今の貴方達は、運命ではなく、傍迷惑な愛でございますよ』

婚約者となったマリア・クエルバル伯爵令嬢の言葉に、私はガツンと頭を殴られた思いだった。

何時から?一体いつから私達の愛はそのようなものになってしまったのだろう。

あれから彼女は、私の恋を断罪したことなど夢かのように美しく微笑み、良き婚約者として振る舞っている。
最初の顔合わせではすっかりと言い負かされてしまったが、彼女との会話は小気味良い。
女性特有の曖昧さが無く話題も豊富で、最近流行りの芝居から近隣諸国の情勢までと多岐に渡りこちらを飽きさせない。
そして、若い令嬢にありがちな秋波を送る媚びた眼差しも無い為、気が付けば自然体で会話を楽しむようになっていた。

「ルイス様にお願いがあるのですが」

彼女からのお願い事など珍しい。

「真珠のアクセサリーをプレゼントして下さらないかしら」

真珠は我がマエスタス侯爵領の特産品の一つだ。
その粒の美しさから、かなりの高値で取引されている。

「それはもちろん構わないが」
「真円ではなく歪な形のもの。それを上手く使えないかと思いまして」
「まさかクズ真珠を?」

真珠とはより完全な真円に近いもの程価値が高いとされている。もちろん、他にも大きさや巻き、光沢などチェックポイントは多くあるが、形が歪なものは素人が見ても分かりやすい為、廃棄されていた。

「マエスタス領の真珠は美しいですわ。そして歪なものでも真円とは違う味があると思うのです」
「…だが、婚約者にクズ真珠を贈るなど」
「それは売り方次第ですわ。クズ真珠ではなく別の名を付け、新商品として婚約者が身に着けていたら。
きっと皆様の興味を引くと思うのですけど、如何でしょうか」

確かに、クズ真珠にも同じだけ年月と手間を掛けて育てている。それが廃棄ではなく、商品として売れるようになればかなりの利益が出るだろう。

「……デザインなどは考えているのか?」
「幾つかは。ただ、出来れば加工も含めてマエスタス領でお願いしたいですわ」
「クエルバル家では無く?」
「うちには真珠の知識はありませんし、もともとはせっかく美しい真珠の廃棄が惜しいと思って考えたことですから」

我が領地の利益と問題点を独自で調べ、こうして解決案まで示してくれるとは思わなかった。契約結婚だと、愛など無いのだと彼女を侮辱した男の為に。

「……まさか嫁ぐ前から領地に貢献してくれるとは」
「まあ、当然ではありませんか。だって嫁げば私にとっても大切な守るべきものになるのです。
であれば、早めに行動するに越したことは無いでしょう?」

そう言って笑った顔は演技ではなくて。
彼女が本心から領地を守っていこうと思ってくれていることが感じられたのだ。

「ありがとう、マリア」

気が付けば、素直に感謝の言葉を口にしていた。

「…貴族ですもの。愛が無くともちゃんと侯爵家を、領地を大切に致しますわ」

その言葉に何故かショックを受けた。
貴族としての義務だけなのか。それ以上は無いと言ったのは自分であったにも関わらず、衝撃を受けた自分が信じられなかった。

「どうしました?」
「…君の聡明さと優しさに感じ入っていた」
「まあ、お上手ですこと」

クスクスと笑う彼女の笑顔が何だか眩しくて。

──私は一体如何してしまったのだろう。



彼女と別れてから不誠実だとは分かっていたが、そのまま最愛の人のもとに向かった。

「いらっしゃい」

優しく迎えてくれる笑顔は学生の頃から変わらず美しい。

「カレン。真珠は好きか」
「突然どうしたの?」
「いや、何となく」
「そう?それで真珠よね?そうねぇ、傷付きやすいって聞いたことがあるから好きではないかも。粗忽者だから心配で身に着けられないわ」
「……そうか。覚えておくよ」

やはりカレンは何も知らない。
付き合ってもう5年近いというのに、私の領地のことなど何も関心はないのだろう。
彼女の、そういった欲の無いところが好きだった。だから私も何も求めはしなかったが……
でもそれは、私の妻になる気持ちも一欠片も無かったということなのではないか。
爵位が足りないからと諦め、認めて貰うための努力は一切せずに、ただ、私に愛を囁くだけ?

『貴族学院での成績は下の方でしたわね』

確かにそうだった。だから、私には不釣り合いだと嫌味を言われたのだと泣いていたこともあった。
あの時は、他人の関係に口出しして欲しくないと憤ったが、あれは正当な指摘だったのではないだろうか。

「上の空ね、疲れてる?」

チュッと頬に口付けられた。それは普段であれば癒やされる行為であるのに、今日は何も心に響かない。

「…いや、カレンは今日は何をしていたんだ」
「私?私は友人とお出掛けしてきたわ。あたらしく出来たカフェがとっても素敵で──」

カレンの話に相槌を打ちながら、何だかつまらないなと思ってしまう。
彼女の話はいつも、カフェやお芝居、ドレスの話ばかりだ。何故なら仕事をするでも無く、結婚しているわけでは無いからもちろん領地のことなど分からない。勉強も好きではないから本を読んだりもしない。
男爵家は裕福ではないし、パーティーなども殆ど参加しない為、最近では彼女への招待状もあまり届かなくなった。

……何故気付かなかったのだろう。

カレンの時は止まっているのだ。
卒業してからこの家を与えられ、ただここで何もすることなく私を待つだけの日々。
ただ私との愛だけを胸に抱いて、他には何も持っていないだなんて。
私はいずれ結婚し、多くのものを得ていくというのに、カレンはずっとずっと変わることなく、愛だけに縋って生きていくのか。

「カレン。君は今幸せか?」

真実の愛。そんなものだけで、本当に人は幸せになれるのだろうか。

「……どうしてそんなことを聞くの」
「今、聞かないと手遅れになると思ったから」

いや、本当はとっくに手遅れだろう。
彼女はもう20歳。既に行き遅れと呼ばれる年に入っている。それに世間から見れば私の愛人で、今更私と別れてもそれは変わらないのだ。
だからといって二人で平民になるなど無理があり過ぎる。
……私は、何と愚かなことをしていたのだ。

「このまま一生私の愛人として生きて死ぬだけの人生で、君は本当に幸せになれるのか」

カレンの瞳からコロリと涙がこぼれ落ちた。
誰に言われるまでもなく、彼女自身が分かっていたことなのだろう。

「……遅いよ。じゃあ、今更どうしたらいいの?
お父様は家に戻ることを許して下さらない。でも、貴方の妻にもなれない。
……一生愛人なんてそんなの本当は嫌よ。
でも、私はもう何者にもなれはしないわ」







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