ご愛妾様は今日も無口。

ましろ

文字の大きさ
1 / 58

1.ご愛妾様は無口?

しおりを挟む
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」

今日もアロイス陛下が懇願している。
だが、彼女は何度呼ばれても返事をせず、それどころか目も合わせない。完全なる無視だ。
その強心臓には恐れ入るが、見ているこちらは胃に穴が開きそうなので本当にやめてほしい。

しばらくして陛下が憎々しげに私を見て促す。
……またかぁ。

「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」
「ご愛妾様?」
「……セレスティーヌ様」

名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。
彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛騎士である俺だけなのだ。

軽く手で招かれ、側に寄ると耳元で囁かれる。
後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。
死にたくないから止めてくれ!

「……セレスティーヌは何と?」
「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですかと」

ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。

違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです!





アロイス陛下は立派な王だ。この方の護衛が出来る事を本当に誇らしく思っていた。

──あの時までは。

陛下はデビュタントでやって来たセレスティーヌ様に恋をしてしまった。
確かに綺麗な女性ではあった。服装から見て、あまり裕福ではないのだろう。だが装飾品の少ないシンプルなドレスが逆に彼女の清楚さを際立たせていた。
温かみのあるオレンジブラウンの髪に瞳はヘーゼル。楽しそうにダンスを踊る姿はとても可憐だった。

だが彼女では身分的にも側妃にするのは無理だし、未婚だから愛妾にも出来ない。
そのまま胸に秘めて終わりになると思っていたのに。

その夜、陛下はセレスティーヌを犯した。

どういう手段を使ったのかは分からない。
俺は夜の当番では無かった為、その事を知ったのは翌日になってからだった。




国王陛下と王妃陛下は、三人の王子と王女を一人、計4人の子を授っており、仕事面でも良きパートナーとしてお互いを尊重していると感じられ、今後も仲良くやっていかれるのだと思っていた。

「まさか連れ添って20年。今更こんな裏切りがあるとは思わなかったわ」

王妃様のご心痛は察するに余りある。

「……その娘は純潔だったのでしょう。まさか息子と同じ年の娘を犯すような男だとは思わなかったわ」

そうですね、第二王子と同じお年ですね。そう考えるときっついわ。

「ですが、起きてしまったことはもう如何しようもありません。ご判断をお願い致します」

側室や愛妾は王妃の管理だ。どんなに許せなくても何らかの形を取る必要がある。

渋面を浮かべた王妃様と目が合う。

「貴方は陛下の護衛騎士よね?何故貴方がここに?」
「はい。陛下からご愛妾様のお部屋の準備を急ぐ様にと言付かりました。令嬢のことを知っている者が少ない方が良いと判断し、私が参った次第です」

護衛なんだけどね。お使いじゃないはずなんだけどね。

「あの男は勝手なことを……この事を知っているのは?」
「陛下がどの様な手段で令嬢を連れて来たのかが分かりません。ただ、陛下の私室に着くまでは何の異変も感じられませんでした」
「では、彼個人の諜報部を使ったのでしょう。そんなことに利用されるとは思わなかったわ。彼等が絶対に陛下を裏切らないのは分かっていたけど、人攫いまでするなんてね。では、昨夜の護衛と貴方だけが知ってるの?従者は?」
「護衛の方は薬を使われたのか昏倒させられておりました。従者は部屋に近付く前に止めました」

昨夜の担当じゃなくて本当によかった。
出来れば今日も休みがよかった……

「そう。的確な対応感謝するわ」

そう言って何故かジッと私の顔を見ながら何かを考えている。凄く怖い。

「ねぇ、貴方は結婚しているのかしら」
「……まだです」
「婚約者は」
「……………おりません」

え、何。まさか……

「この国への忠誠は?」
「もちろん、我が身は国に捧げるつもりでこの職務に就いております」
「よかった。では、その娘の夫になってくれるわね?」

やっぱり?やっぱりそうなるの?!

本来、愛妾は既婚者と決まっている。婚姻出来ない女性の純潔を王が奪う事を良しとしないことと、子が出来ても王位は継げないため、婚姻相手の子とするためだ。

えー、美人だけど絶対に触れない妻だろ?お触り禁止で人のモノになっちゃう、というかなっちゃってる妻ってどうなの?!

「腹立たしいけれど、このまま王を犯罪者にするわけにはいかないのよ」
「……かしこまりました。謹んでお受け致します」

父上。申し訳ありません。俺の孫の顔は見せてあげられないようです。赤の他人の孫ならいずれ……辛いわ、コレ。

「そうなると、彼女の部屋の準備と世話係がいるわね。あ、彼女の親御さんは?!」
「それはですね、昨日のうちにお金で解決しているようです」

そうです。陛下とは先程話をしました。
だってね、護衛の交代で私室に向かったら、夜勤担当が倒されてるんだよ。慌てて部屋を確認するよね。

……殺されるかと思った。

彼女が見たかったわけじゃない!
だいたい初めての女性を抱き潰すって鬼かよ!!

そこで無理矢理抱いたこと。父親とは、お金で解決して令嬢を渡してくれたこと等を教えてくれた。
お金に困っていたのかもしれないが、デビュタント当日に会ったこともない男に売り渡すなんて信じられなかった。どうやらデビュタントに参加させたのは、金持ちの結婚相手を見つける為だったようだ。

「狡賢くて嫌な男ね。えっと、どこの令嬢だったかしら。それすら知らないわ」
「デュメリー男爵の娘でセレスティーヌという令嬢です」
「とりあえず彼の所に行くわ」

え?あの部屋に突撃するんですか?

「……承知致しました」




そこからの王妃様は凄かった。本当に部屋の中まで入って行き、陛下を扇でぶん殴った。

「その子を殺す気ですか!離しなさいっ!そこの護衛、あ~名前は何だったかしら」

酷いです。さっき無理矢理婚姻を決めたくせに名前すら知らなかったのですか。

「トリスタン・エクトルと申します」
「エクトル伯爵の息子だったの。よかった、彼なら信頼できるわ。とりあえず彼女を運ぶから手伝ってちょうだい」
「駄目だ!他の男に触らせるなど!」

誰これ。こんな人だったの?長年いい子ちゃんして抑えつけてたものがここに来て暴発したのかよ。

「貴方の部屋で診察させるわけにはいかないでしょう!この子を愛妾にしたいならトリスタンの妻にする必要があります。分かるわね?これ以上面倒をかけないでちょうだい」

王妃様の恫喝に、さすがの陛下も大人しくなった。俺の事は睨みつけてるけど。

え?まさか、彼女に暴力を振るったのも俺のせいになっちゃうの?

「大丈夫よ。王宮の医者は口が固いわ」
「……」

胡散臭い……でも言えない。

「デュメリー男爵令嬢。ここでは治療が出来ないため別室に運びます。お体に触れない様にシーツで包みます。苦しかったら言って下さい」

返事は待たずに迅速に動く。下手に間を開けると暴れられる恐れがある。
しかし、疲れきっているのだろう。特に抵抗も無く大人しくしている姿が本当に哀れだった。




しおりを挟む
感想 248

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...