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17.歪んだ憧れ
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いっそのこと詰ってくれた方がマシだった。
でもアロイスは私の矛盾点を淡々と指摘しただけ。それが一番心に刺さった。
「レノー夫人。悪いけどお酒に付き合って。友人として」
「あらあら。珍しいですわね」
「流石に飲まないとやってられないわ」
コポコポとワインを注ぐ。私は赤が好きだ。
でも今日は駄目ね。どうやら感傷的になり過ぎて、私の心から流れる血のように感じる。
「婚約する時に聞かれたことを思い出したわ」
「それは……13歳くらいですね」
「ええ。アロイスに聞かれたのよ。いずれ自分は国王になる。王の仕事の中には後継者をつくるということも含まれているけれど、もし、私との間に子が出来なければ側妃を娶る可能性もある。貴方はそれを受け入れられますか?って」
なんとも可愛げのない13歳だ。あの頃はまだ立太子していなかったのに、彼はいずれ王になると誰もが感じていた。
「私はねぇ、当たり前のことですって。国の為にも必ず子は成さなければなりません。子が出来ても女児ばかりでは困りますし、状況を見て判断しましょう。そんなようなことを笑顔で答えたわ。それこそが正しい答えだと疑いもしなかった。
………馬鹿よね。まったくその意味を理解していなかった。
私はあの時からずっと、女ではなく、国を守る王妃になる人だったのだわ」
普通の女性なら、子が出来ないからと夫が愛人を作ることを笑顔では受け入れないだろう。誰だって夫を他人と共有なんてしたくないし、妻の座を奪われる不安もある。
でも私は国の為なら平気だと、当然のことだと疑いもしなかった。子が出来ないなら閨ごとは側妃に任せ、私は仕事に邁進したらいいとすら考えていた。
事実、私達は子供をつくるためにしか体を繋げてこなかったのだ。
彼が………愛を望むだなんて考えたこともなかった。
「だってね?あの人の方がメチャメチャ仕事人間だったじゃない!睡眠時間短いし休日もろくに取らないし!
だから、それがあの人の望みだってずっと!………、ずっと思っていたのよ……。でも違ったわ。私が最初にこの形を選んだの」
だから私は何も不満が無かった。優秀な国王の元でやりたかった政策を採用されれば嬉しくてやりがいもあって。ありがたいことに子宝にも恵まれて。あの人は忙しくても私や王子達を大切にしてくれた。
そういえば、第三王子が生まれてからは一度も抱き合わなかったと、セレスティーヌの件があってようやく気が付いた。
私は子を持てたことに、女として満足していたから。どんどん立派に育っていくあの子達を見て誇らしくて。国も安定していて何も不満なく。
そう。夫と何年も触れ合わない事に一切不満が無かった。
「私って女として枯れてるわよね」
「そうですねぇ。ですが、性欲がすべてでは無いでしょう?」
「そうなのよ!私的には温かい家庭とお仕事順調でヒャッホイって感じだったの!」
グイッと飲み干し、また注ぐ。
「王妃様、明日後悔しますからもう少しペースを落とした方がいいですわ」
「いいから!良い子の王妃は本日はもう休業なのよ!傷付いてるんだから慰めてよ~~っ」
テーブルにぺっとりと頬をつける。ヒンヤリして気持ちいい。
「お慰めくらいはいくらでも。大変でしたわね、アンヌ様。貴方様は間違ってはいませんわ。若干女を捨て気味なだけです。母性が勝ち過ぎで、国育てと子育てに夢中になり過ぎたのでしょう」
「……慰めてないわよ、ソレ」
「フフ、申し訳ございません。ところでアンヌ様。アンヌ様はセレスティーヌ様に嫉妬は感じるのですか?」
嫉妬………嫉妬ねえ。
「アロイスが他の女を抱くなんて許せない!とは正直思わなかったわ。やっぱり一番は国の事を考えたもの」
そう。1番は国だった。国の為にはまだ彼が王として必要で。王子にはまだ荷が重過ぎると、2番目に考えたのは子供のこと。
「だから隠蔽したわ。それに巻き込まれたトリスタンもセレスティーヌも仕方がないって割り切った。それよりもこの事実を子供に伝える方が嫌だって思ったわね」
だから余計にセレスティーヌには罪悪感がある。
「そうね。彼女への嫉妬は無いわ」
そう。あるのはアロイスに裏切られたという思い。いつも穏やかに微笑んでいるだけだった彼が見せた激情。
彼がそんな感情を見せた……それが、羨ましくて妬ましいのだ。
「私はどうしたいのかな」
「そうですねぇ。今までもなんちゃって夫婦でしたから、現状維持で退位してからそっと離婚という手もありますよ」
そうね。それが一番無難だと思う。
彼が国王でなくなったら。私が王妃ではなくなったら。
一線を退いたとき、彼とどんな関係でいたいのだろう。あの人に私は必要ない?だって彼の愛はセレスティーヌに注がれている。でも、国王でなくなったら愛妾では無くなり、トリスタンだけの妻になる。でもそれすらも形だけ。
「大失敗だわ。どうしてこんなに全部が形だけなの」
「良い機会ではありませんか。ご自分だけの人生を考えるチャンスだと捉えてはいかがですか?」
「自分だけ」
「はい。国も夫も子供も全部取っ払って、アンヌ様だけの未来を考えても良いのですよ」
「……それは……怖いわね」
そんな拠り所のない人生を歩んだことはない。
自分だけの世界なんて、それは──
「なるほどね、自由とは幸せではないわ」
「あら、決断が早いこと。それでは、あとは選ぶだけです。今繋がっているどの縁を大切にしたいか。何を手放したくないのか」
何を手放したくないか。
「……ありがとう。愚痴に付き合ってくれて」
「いえいえ、こんなに美味しいワインを飲ませていただいたのですもの」
「ちょっと。私よりも飲んでるわよね?!」
とりあえずアロイスへの反撃を考えないと。自分が一番悪いくせに楽しそうにしやがって!
甘やかし過ぎたわ。絶対に泣かせてやるんだから覚悟しなさい、馬鹿アロイスめ!
それでも、やはり貴方を羨ましいと思う。貴方の見せた激情が私の心に深く刺さってしまった。
でもアロイスは私の矛盾点を淡々と指摘しただけ。それが一番心に刺さった。
「レノー夫人。悪いけどお酒に付き合って。友人として」
「あらあら。珍しいですわね」
「流石に飲まないとやってられないわ」
コポコポとワインを注ぐ。私は赤が好きだ。
でも今日は駄目ね。どうやら感傷的になり過ぎて、私の心から流れる血のように感じる。
「婚約する時に聞かれたことを思い出したわ」
「それは……13歳くらいですね」
「ええ。アロイスに聞かれたのよ。いずれ自分は国王になる。王の仕事の中には後継者をつくるということも含まれているけれど、もし、私との間に子が出来なければ側妃を娶る可能性もある。貴方はそれを受け入れられますか?って」
なんとも可愛げのない13歳だ。あの頃はまだ立太子していなかったのに、彼はいずれ王になると誰もが感じていた。
「私はねぇ、当たり前のことですって。国の為にも必ず子は成さなければなりません。子が出来ても女児ばかりでは困りますし、状況を見て判断しましょう。そんなようなことを笑顔で答えたわ。それこそが正しい答えだと疑いもしなかった。
………馬鹿よね。まったくその意味を理解していなかった。
私はあの時からずっと、女ではなく、国を守る王妃になる人だったのだわ」
普通の女性なら、子が出来ないからと夫が愛人を作ることを笑顔では受け入れないだろう。誰だって夫を他人と共有なんてしたくないし、妻の座を奪われる不安もある。
でも私は国の為なら平気だと、当然のことだと疑いもしなかった。子が出来ないなら閨ごとは側妃に任せ、私は仕事に邁進したらいいとすら考えていた。
事実、私達は子供をつくるためにしか体を繋げてこなかったのだ。
彼が………愛を望むだなんて考えたこともなかった。
「だってね?あの人の方がメチャメチャ仕事人間だったじゃない!睡眠時間短いし休日もろくに取らないし!
だから、それがあの人の望みだってずっと!………、ずっと思っていたのよ……。でも違ったわ。私が最初にこの形を選んだの」
だから私は何も不満が無かった。優秀な国王の元でやりたかった政策を採用されれば嬉しくてやりがいもあって。ありがたいことに子宝にも恵まれて。あの人は忙しくても私や王子達を大切にしてくれた。
そういえば、第三王子が生まれてからは一度も抱き合わなかったと、セレスティーヌの件があってようやく気が付いた。
私は子を持てたことに、女として満足していたから。どんどん立派に育っていくあの子達を見て誇らしくて。国も安定していて何も不満なく。
そう。夫と何年も触れ合わない事に一切不満が無かった。
「私って女として枯れてるわよね」
「そうですねぇ。ですが、性欲がすべてでは無いでしょう?」
「そうなのよ!私的には温かい家庭とお仕事順調でヒャッホイって感じだったの!」
グイッと飲み干し、また注ぐ。
「王妃様、明日後悔しますからもう少しペースを落とした方がいいですわ」
「いいから!良い子の王妃は本日はもう休業なのよ!傷付いてるんだから慰めてよ~~っ」
テーブルにぺっとりと頬をつける。ヒンヤリして気持ちいい。
「お慰めくらいはいくらでも。大変でしたわね、アンヌ様。貴方様は間違ってはいませんわ。若干女を捨て気味なだけです。母性が勝ち過ぎで、国育てと子育てに夢中になり過ぎたのでしょう」
「……慰めてないわよ、ソレ」
「フフ、申し訳ございません。ところでアンヌ様。アンヌ様はセレスティーヌ様に嫉妬は感じるのですか?」
嫉妬………嫉妬ねえ。
「アロイスが他の女を抱くなんて許せない!とは正直思わなかったわ。やっぱり一番は国の事を考えたもの」
そう。1番は国だった。国の為にはまだ彼が王として必要で。王子にはまだ荷が重過ぎると、2番目に考えたのは子供のこと。
「だから隠蔽したわ。それに巻き込まれたトリスタンもセレスティーヌも仕方がないって割り切った。それよりもこの事実を子供に伝える方が嫌だって思ったわね」
だから余計にセレスティーヌには罪悪感がある。
「そうね。彼女への嫉妬は無いわ」
そう。あるのはアロイスに裏切られたという思い。いつも穏やかに微笑んでいるだけだった彼が見せた激情。
彼がそんな感情を見せた……それが、羨ましくて妬ましいのだ。
「私はどうしたいのかな」
「そうですねぇ。今までもなんちゃって夫婦でしたから、現状維持で退位してからそっと離婚という手もありますよ」
そうね。それが一番無難だと思う。
彼が国王でなくなったら。私が王妃ではなくなったら。
一線を退いたとき、彼とどんな関係でいたいのだろう。あの人に私は必要ない?だって彼の愛はセレスティーヌに注がれている。でも、国王でなくなったら愛妾では無くなり、トリスタンだけの妻になる。でもそれすらも形だけ。
「大失敗だわ。どうしてこんなに全部が形だけなの」
「良い機会ではありませんか。ご自分だけの人生を考えるチャンスだと捉えてはいかがですか?」
「自分だけ」
「はい。国も夫も子供も全部取っ払って、アンヌ様だけの未来を考えても良いのですよ」
「……それは……怖いわね」
そんな拠り所のない人生を歩んだことはない。
自分だけの世界なんて、それは──
「なるほどね、自由とは幸せではないわ」
「あら、決断が早いこと。それでは、あとは選ぶだけです。今繋がっているどの縁を大切にしたいか。何を手放したくないのか」
何を手放したくないか。
「……ありがとう。愚痴に付き合ってくれて」
「いえいえ、こんなに美味しいワインを飲ませていただいたのですもの」
「ちょっと。私よりも飲んでるわよね?!」
とりあえずアロイスへの反撃を考えないと。自分が一番悪いくせに楽しそうにしやがって!
甘やかし過ぎたわ。絶対に泣かせてやるんだから覚悟しなさい、馬鹿アロイスめ!
それでも、やはり貴方を羨ましいと思う。貴方の見せた激情が私の心に深く刺さってしまった。
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