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21.優しい人
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セレスティーヌに婚約者や恋人はいなかった。
そう聞いていたのに、それは間違いだったのか?
「いえいえ、婚約者はいませんでした」
よかった!そこまで極悪非道なのかと焦ってしまった。
「ただ、求婚を受けてはおりました」
「そうだったのですね。その方は?」
「陛下が動いて下さったようで、特に問題はありません」
流石です。
「……セレスティーヌはその方のことをどう思っていたのですか?」
縁が始まる前とはいえ、本当は心が動いていたとか。それなら、俺はいずれ離婚──
「いえ、実は……その方は50歳近くでして。2度も離婚されていたのです」
「それは……」
「持参金もいらないし、何なら金銭的に支援もすると言われたのですが、逆に心配になりまして。ですが、理由も無くお断りすることも憚られますし、実は困っていたのです」
「もしかして、身分が上の方ですか」
「はい。ですから断ることも難しく、デビュタント前だからとお返事を引き延ばしておりました」
陛下より前に、ある意味陛下より質の悪い奴に目を付けられてたのか。2度離婚したからといって悪人だと決めつけるのも良くないけど、この話し方だと良い噂は無い方だったのだろう。
「デビュタントでどなたかとの良縁があればと一縷の望みをかけていたのですが……」
「あー、それはさぞ驚かれたことでしょう」
まさか陛下が釣れるとは思いもしなかっただろう。
「………はい。心臓が止まるかと思いました」
ご無事で何よりです。
「確かに、我が家は金銭的に困窮しておりましたが、娘には幸せな結婚をしてほしかった。
ですが、目の前に支度金として大金を並べられて……正直揺らぎました。そんな自分が本当に情けなくて」
「お父様は悪くないわ。それでも一度はお断りして下さったじゃないですか」
国王からの申し出を断るだなんて、本当に勇気のいることだっただろう。
「力のない父で本当に悪かった」
いや、国王より権力のある父親は存在しないから。でも、そういうことでは無いのだろう。それでも、と思うのが親ごころなのだろうな。
「父上、ごめんなさい。そんなことだったって知らなくて……」
「いや、お前をいつまでも子供だからと秘密にしていた私が悪いんだ」
……居た堪れない。俺がやったことじゃないけど、結局は俺は陛下側の人間だ。傷つけた側の人間なんだ。
「ねぇ、どうして?どうしてそんなに皆辛そうにしてるの?だって陛下は優しい方よ?お姉様をとっても大切にしてくれているわ」
………………は?
「いや、そうだけどそうじゃないだろ?」
あれ?エルだけじゃなくてレジェスまで陛下が優しいと思ってるのか?
「確かに、最初はすっごく嫌だったわ。大切な姉様をいきなり奪われて、すっごく悲しくて、陛下なんて死」
バッ!!
ナイス。隣に座っていたレジェスが慌ててエルの口を塞いだ。
「ヤバイことを口に出すな!」
「プハッ、ごめんなさい」
そうです。ここは離宮とはいえ王宮と同じだからね。どこで誰が聞いているか分からないので会話には気をつけようね。
「えっと、だから。すごく悲しかったの!それに兄様も学園に通うからって寮に入ってしまったでしょう?私、とっても寂しくて……」
「エル……」
セレスティーヌがエルを抱きしめる。
そうだよな、ずっと側にいた人が突然いなくなったら寂しいに決まってる。
「でもね、陛下が色々プレゼントやお手紙を送ってくれたの」
「え?!」
セレスティーヌが凄く驚いている。俺も知らなかったら本当に驚きだ。あの陛下が?
「このお菓子も送ってくれたわ。お姉様が好きなものだって。あとはお姉様とお揃いのリボンとか、お姉様が刺したハンカチも。とっても絵が綺麗なカードとチェス盤もいただいたのよ。あ!これは内緒だったのに!」
慌てて口を両手で塞ぐ姿が可愛らしいが………え?
「エル、内緒ってどういうこと?」
「ん~~」
「エル、諦めろ。もうバレてる」
「………姉様は陛下とカードゲームやチェスをやって遊んでいたのでしょう?」
「そうね」
「それで、負けず嫌いだって。罰ゲームですっごく甘い紅茶を飲まされたから、私に仕返しを頼むって」
「………そう」
「陛下のこと怒らないでね?私、嬉しかったの。姉様が陛下と仲良しで。妹の私にも優しくしてくれるから本当に嬉しかった。陛下は優しいわ」
これは、どう捉えたらいいのだろう。
陛下が本当に心を砕いているのか。それともいつもの情報操作?
「まあな。俺だって感謝してるよ。学園の制服とかと一緒に手紙が入ってて、学園でのルールとか色々教えてくれた。だから、変な失敗をすることなく馴染めたし。
先生の秘密まで書かれてたんだぜ。あれはどう使えと?って悩んだけど」
先生の秘密って何だ?
それにしても、さすがに落ち込むわ。
本心でも情報操作だったとしても、俺はそんなこと考えもしなかった。仮の夫だからということもあったけど、ご家族のケアなんて……
俺とあの人の違いを見せつけられた。
それに、あのセレスティーヌとのお遊びがエルに繋がっているなんて思わなかったし。
そういう内容の手紙を貰えて、ご家族はとても安心しただろう。負けず嫌いなところを見せられるくらい打ち解け、罰ゲームが出来るくらいの気安さで過ごせている。そう感じたことだろう。
それに、家族が減ってしまった寂しさを、次に会うまでに姉よりも強くなろうとチェスをすることで紛らわせることが出来たのだろうな。
「俺も学園に通っていたんですよ。同じ先生かな」
「え?!駄目です、教えませんよ!」
セレスティーヌは俺達のやり取りを微笑んで見ている。
さっきの話を聞いてどう思ったのだろう。
君は今、何を思っている?
そう聞いていたのに、それは間違いだったのか?
「いえいえ、婚約者はいませんでした」
よかった!そこまで極悪非道なのかと焦ってしまった。
「ただ、求婚を受けてはおりました」
「そうだったのですね。その方は?」
「陛下が動いて下さったようで、特に問題はありません」
流石です。
「……セレスティーヌはその方のことをどう思っていたのですか?」
縁が始まる前とはいえ、本当は心が動いていたとか。それなら、俺はいずれ離婚──
「いえ、実は……その方は50歳近くでして。2度も離婚されていたのです」
「それは……」
「持参金もいらないし、何なら金銭的に支援もすると言われたのですが、逆に心配になりまして。ですが、理由も無くお断りすることも憚られますし、実は困っていたのです」
「もしかして、身分が上の方ですか」
「はい。ですから断ることも難しく、デビュタント前だからとお返事を引き延ばしておりました」
陛下より前に、ある意味陛下より質の悪い奴に目を付けられてたのか。2度離婚したからといって悪人だと決めつけるのも良くないけど、この話し方だと良い噂は無い方だったのだろう。
「デビュタントでどなたかとの良縁があればと一縷の望みをかけていたのですが……」
「あー、それはさぞ驚かれたことでしょう」
まさか陛下が釣れるとは思いもしなかっただろう。
「………はい。心臓が止まるかと思いました」
ご無事で何よりです。
「確かに、我が家は金銭的に困窮しておりましたが、娘には幸せな結婚をしてほしかった。
ですが、目の前に支度金として大金を並べられて……正直揺らぎました。そんな自分が本当に情けなくて」
「お父様は悪くないわ。それでも一度はお断りして下さったじゃないですか」
国王からの申し出を断るだなんて、本当に勇気のいることだっただろう。
「力のない父で本当に悪かった」
いや、国王より権力のある父親は存在しないから。でも、そういうことでは無いのだろう。それでも、と思うのが親ごころなのだろうな。
「父上、ごめんなさい。そんなことだったって知らなくて……」
「いや、お前をいつまでも子供だからと秘密にしていた私が悪いんだ」
……居た堪れない。俺がやったことじゃないけど、結局は俺は陛下側の人間だ。傷つけた側の人間なんだ。
「ねぇ、どうして?どうしてそんなに皆辛そうにしてるの?だって陛下は優しい方よ?お姉様をとっても大切にしてくれているわ」
………………は?
「いや、そうだけどそうじゃないだろ?」
あれ?エルだけじゃなくてレジェスまで陛下が優しいと思ってるのか?
「確かに、最初はすっごく嫌だったわ。大切な姉様をいきなり奪われて、すっごく悲しくて、陛下なんて死」
バッ!!
ナイス。隣に座っていたレジェスが慌ててエルの口を塞いだ。
「ヤバイことを口に出すな!」
「プハッ、ごめんなさい」
そうです。ここは離宮とはいえ王宮と同じだからね。どこで誰が聞いているか分からないので会話には気をつけようね。
「えっと、だから。すごく悲しかったの!それに兄様も学園に通うからって寮に入ってしまったでしょう?私、とっても寂しくて……」
「エル……」
セレスティーヌがエルを抱きしめる。
そうだよな、ずっと側にいた人が突然いなくなったら寂しいに決まってる。
「でもね、陛下が色々プレゼントやお手紙を送ってくれたの」
「え?!」
セレスティーヌが凄く驚いている。俺も知らなかったら本当に驚きだ。あの陛下が?
「このお菓子も送ってくれたわ。お姉様が好きなものだって。あとはお姉様とお揃いのリボンとか、お姉様が刺したハンカチも。とっても絵が綺麗なカードとチェス盤もいただいたのよ。あ!これは内緒だったのに!」
慌てて口を両手で塞ぐ姿が可愛らしいが………え?
「エル、内緒ってどういうこと?」
「ん~~」
「エル、諦めろ。もうバレてる」
「………姉様は陛下とカードゲームやチェスをやって遊んでいたのでしょう?」
「そうね」
「それで、負けず嫌いだって。罰ゲームですっごく甘い紅茶を飲まされたから、私に仕返しを頼むって」
「………そう」
「陛下のこと怒らないでね?私、嬉しかったの。姉様が陛下と仲良しで。妹の私にも優しくしてくれるから本当に嬉しかった。陛下は優しいわ」
これは、どう捉えたらいいのだろう。
陛下が本当に心を砕いているのか。それともいつもの情報操作?
「まあな。俺だって感謝してるよ。学園の制服とかと一緒に手紙が入ってて、学園でのルールとか色々教えてくれた。だから、変な失敗をすることなく馴染めたし。
先生の秘密まで書かれてたんだぜ。あれはどう使えと?って悩んだけど」
先生の秘密って何だ?
それにしても、さすがに落ち込むわ。
本心でも情報操作だったとしても、俺はそんなこと考えもしなかった。仮の夫だからということもあったけど、ご家族のケアなんて……
俺とあの人の違いを見せつけられた。
それに、あのセレスティーヌとのお遊びがエルに繋がっているなんて思わなかったし。
そういう内容の手紙を貰えて、ご家族はとても安心しただろう。負けず嫌いなところを見せられるくらい打ち解け、罰ゲームが出来るくらいの気安さで過ごせている。そう感じたことだろう。
それに、家族が減ってしまった寂しさを、次に会うまでに姉よりも強くなろうとチェスをすることで紛らわせることが出来たのだろうな。
「俺も学園に通っていたんですよ。同じ先生かな」
「え?!駄目です、教えませんよ!」
セレスティーヌは俺達のやり取りを微笑んで見ている。
さっきの話を聞いてどう思ったのだろう。
君は今、何を思っている?
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