ご愛妾様は今日も無口。

ましろ

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32.許してはいけない感情

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「そんなにも嫌か?」

とても不思議そうに聞かれ、唖然とする。

「貴方もお金で買われてみるといいわ」
「……違う。金はお前の家に必要だから用意した物だ。それとも、愛だけで令嬢に申し込んだら快く受けてくれたのか」

どうやら主に心酔しているタイプのようね。そんなに慕われているならば悪い人では無いのかしら。でも、

「愛妾に望むということは、すでに奥様がいらっしゃるのでしょう?そのような不実な方、好ましいとは思えません」
「変態の方がよかったか?」
「どうして二択なの。三択……いえ、出来れば十択くらい欲しかったわ」

貧乏が憎い。階級社会が憎い。女の選べる未来が少な過ぎて叫びたくなる。
ああ、王妃様。もう少し女性が自由に生きられる世の中に変えていって下さいませ。

「王妃?」

うわ、私ったら声に出してた?どこまで?!

「……だって同じ女性だもの。きっとこの気持ちを分かって下さるわ」
「アレは所詮は施政者だ。国の利益優先だから、この男性社会を覆すなんて国を荒らすような真似はしないぞ。そんな夢は捨てるんだな」

……アレって言った?なんて不敬なの!!

「まるで見てきたように言わないで下さる?」
「知ってるから言っている。たぶん、夫が愛妾を持ちたいと言っても国の不利益にならなければ了承するだろう。そういう女だ」

どうしよう、殴りたい、蹴り飛ばしたい!
でも、ここは狭い馬車の中。逃げられないからさすがにヤッたら不味いわ。

「令嬢にここまで殺気を向けられたのは初めてだ」
「……いい経験が出来てよかったですね」
「コレの何処に琴線が触れたのだろうな。アイツの好みはよく分からん」
「貴方って本当に不敬なのね。自分の主人をアイツ呼ばわりするの?」

さすがに呆れてしまうわ。

「学生からの付き合いだ。それに俺くらい変わらずにいてやってもいいだろう」

ああ、高貴な身分なのだっけ。そうなると周囲は変わってしまうのかしら。

「なるほど。優しさ仕様なのね」
「なるほど。確かにアイツには嬉しいのかもな」

は?分けわかんないわ。

「そうやって素直な感想を言ってやってくれ。たぶん、そういうモノを求めているのだろう」
「……変な人なのね?」
「いや、不自由な奴だよ」

なんだ。だったら私と同じなのね。どんな人なのかしら。





「……ねえ、ここは王宮よね?」
「そうだな。ここからは黙って歩け」

心臓がバクバクしてる。どうして?でも、王宮だと言ってもたくさんの貴族が働いているわ。まさか……まさか……

「連れてきたぞ」

そう言って入って行った部屋で待っていたのは、信じられないことに国王陛下だった。

「ブラス、ありがとう。下がっててくれ」
「かなりじゃじゃ馬だから気を付けろ」
「そうなんだ?」

ねえ、何を和やかに話しているの。だって貴方には王妃様という、あんなに素晴らしい奥様がいらっしゃるわよね?

「えっと、セレスティーヌと呼んでも?」
「……はい」

でも、どう見ても国王陛下だ。

「どうぞ、掛けてくれ」

仕方無く進められるまま、ソファに腰掛ける。

「あの、突然で驚いただろう?」
「はい」

今もまだ驚いているわ。国王陛下と向かい合って座る日が来るとは思わなかった。

──綺麗な方ね。

男性への感想としては可笑しいかしら?
でも、お父様と年が近いとは思えない。
こんなにお顔の良い方は学園にもいないわ。

「君が、デビュタントで踊る姿を見て、本当に世界が変わる思いだった。初めて誰かを愛おしいと思った」

どうしてそんな瞳で見るの。まさか、だって、本当に私が好きみたいじゃない。

……ただの、独身男性だったらよかった。
そうしたらきっと、ときめきと喜びで胸が高鳴っただろうに。
いっそのこと平民ならよかった。そうしたらその綺麗な顔をぶん殴って、「奥さんとちゃんと話し合ってきちんと別れてから言いに来て!」って言えたのにっ!

気持ちがぐしゃぐしゃになって、陛下に向かってたくさんの否定の言葉をぶつけた。
だって、どうして?貴方は私の憧れている王妃様の夫で、国王だから簡単に離婚なんて出来なくて、ああ、だから愛妾なの。そんな誰も幸せになれない立場になれというの?愛していると言いながら!

「私を好きだなんてありえない!貴方のそれが愛のはずが無いわっ!!」

それまで、何を言われても困った表情をするばかりだったのに。

──傷付けてしまった。

たぶん、言ってはいけない言葉だった。何故か分からないけれど、それだけは分かる。
でも、如何したらよかったの?

突然陛下が笑い出した。さっきの傷付いた彼は消えた。私を愛していると言った彼は消えてしまった。

私が消してしまったのね。

そこからはまるで嵐に投げ出された小舟のようだった。
股間を蹴り飛ばす?出来るはずもなかった。
私の動きなど片手一つで抑えられる。

悔しかった。まったく敵わない非力な自分が。
悔しかった。口づけを不快に感じないことが。
悔しかった。あの時の貴方を失ったことが。

既婚者のくせに、憧れの王妃様の夫のくせに、何一つ私の為に捨てようとしないくせに、告白一つで私の心を奪ったくせに消えてしまった貴方が──

殺したいくらいに憎かった。



ああ、あんな告白が、なぜこうも私の心を掴んでしまったの?
結局は私も見た目に騙されたのかな。

だって素敵だった。初めて男性に愛おしいと言われた。あんなに真剣な眼差しだって初めてだったのよ。

私の初恋はあの一瞬だ。あの、告白をしてくれた、私が消してしまった彼に恋をした。

なんてチョロいのよ。でも、本気の告白が嬉しかった。
でも、喜んだ自分が酷く恥ずかしかった。
だって他人のものなのに。

そんな自己嫌悪で否定の言葉を捲し立てて失った初恋。

でも、どっちにしても成就しないわ。
だって、私は愛する人を誰かと共有なんてしたくない。他人のものを奪う卑怯者にもなりたくない。

だから……いいよ。この体の痛みも、心の痛みも。
全部私だけのものだ。こんな汚い気持ちは誰にも見せない。
私にだって譲れないものはあるの。
どんなに嬉しくても貴方は駄目。
触れる唇に、私を掴む力強い手に、痛みと共に繋がった体に、幾度も求められる執着に仄かに喜びを感じても、私の思いを無視した関係を許しはしない。
だってこれは暴力だったわ。
貴方は消えてしまって。私は拒絶した。
それなのに結ばれた関係は、ただの被害者と加害者でしかなくなってしまった。
でも、それでよかった。私達に愛なんてあってはいけないのだから。

だから私は貴方を愛さないし、許す事はない。



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