ご愛妾様は今日も無口。

ましろ

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54.月と星

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アロイス様の同居人が増えた。いや、人ではない。

「ん?ルナどうした?」

アロイス様の足にすり寄り抱っこを強請っているのは、まだ子猫のルナ。
優しく抱き上げ、膝の上で撫でながら蕩けそうな声で話しかける。すっかりメロメロだが、それはお互い様のようだ。

餌をあげるのもトイレを掃除するのもブラッシングをするのも俺なのになぜ?
ルナが一番懐いているのはアロイス様で少し悔しい。

そしてもう一匹の仲間は中型犬のエステル。3歳になる彼女は、とある高齢貴族が飼っていた犬で、目の悪い主人によく付き添い、散歩などの補助をしていたらしい。
なんと、この子を連れてきてくれたのはハイメス公爵……いや、前公爵だった。

「兄上、公爵家を潰さないでくれてありがとう。私はずっと恨まれて当然の態度だったのに」

母親の束縛から解放され、爵位を息子に譲ったことで憑き物でも落ちたのか。

「…お前も被害者だろう。時間がかかって悪かった。それと…」
「母の死は自業自得です。お気になさらず」
「そうか……そうだな」

それから少し話されて、また来ますと告げて帰っていかれた。彼もあんな母親がいなければ、アロイス様と兄弟として仲良く出来たのだろうか。……いや、こうやって訪れ、謝罪と感謝を伝えに来たということは、俺達の知らない兄弟としての交流があったのかもしれない。
今からでも、兄弟として仲良くできるといいな。


「ん?」

エステルが散歩用のリードを咥えて持って来た。どうやら散歩の催促のようだ。時計を見ると、確かに。

「アロイス様、散歩のお時間です」
「エステルは本当に賢いね。ルナ、少し出てくるから待ってて」

そう言って優しく額にキスをする。
しかしルナって。まんま月じゃん。絶対にセレスティーヌの代わりじゃん!あんな蜜月感を出されるとなんだかモヤモヤするんですが?
子猫を贈った王太后様がすっごく複雑そうな顔をしていた。溺愛は想定外だったようだ。
俺もアロイス様があんなに生き物を可愛がるとは思わなかったし、子猫があんなに懐くとも思わなかった。いや、ルナだけでなく、エステルもだ。
ご飯あげてるのもブラッシングも(以下略)

俺はこんなに動物に好かれない男だったのか。嫌われてはいないけど、なめられてる気はする。ピラミッドの頂点がアロイス様、2段目がルナ&エステル、3段目が俺な気がするんだよね。知ってるよ、俺はお世話係だよ!

なんでそんなことまでしているかというと、今のアロイス様の護衛が楽だから。公務に出ないし、来客も少ない。たまに散歩で外に出るだけ。これは流石に気を使うけど。転ばないかハラハラする。杖だけの時は抱えて歩きたい気分だったけど、気配を察知した陛下に睨まれた。お散歩上手のエステルには感謝しかない。

「お前は今後どうするつもりだ?」
「俺ですか?」
「どう考えても、私の護衛なんて引退した騎士くらいでちょうどいい内容だよ」
「……でも、アロイス様は誰でもいいわけじゃないですよね」

他の人間だと寛げないくせに。
ルナとエステルとブラスさんや俺。たまに王太后様や王女様が来る程度。侍従や侍女は諜報部の人間が担当している。そんな感じで馴染んだ気配は平気でも、他は無理でしょうが。

「本当に生意気になったよね」
「おかげさまで」
「……思いっきり出世から外れてるよ」
「セレスティーヌが許してくれましたから」

そう。許してくれちゃったのだ。

「だって貴方ったら陛下の事が大好きじゃない。いかにも忠犬!って感じよ?」

あの言葉は少し悲しかったよ、俺って犬なの?

「ありがたいことに領地を賜ったおかけでそちらの収入がありますし、セレスティーヌも王女様の侍女として働かせていただけて、そちらの給金もあります。
もともと出世はセレスティーヌを手に入れるのに必要だと思っただけですし。
貴方様を一生お守りすると誓った身としましては、国王を引退したくらいではお側を離れるわけにはいきません」
「……変だな。飼い犬はエステルだけのはずなのに」

また犬呼ばわり?やだー俺ってそういう評価なの?

「残念ですが、諦めてくださいね」

ちなみに俺がいない時はブラスさんが居座っている。俺がいても来るけど。彼はいまでもアロイス様の希望で諜報部隊長として、陛下の為に働いている。そして相変わらず、王太后様とは犬猿の仲のようだ。

「あれ、国王陛下がいらっしゃいました」

庭園に不機嫌丸出しの陛下が現れた。何の先ぶれもなかったのに。これは……

「父上っ!本当にいい加減にしてください!なんでこんなに国王の仕事増やしたんですか!」

うん。ブチ切れ案件、要は八つ当たりのガス抜きに来たのだ。


「私は父上を許しません。好き勝手やって引きこもるなんて認めませんから。何度でも責めるし、これからも働いてもらいますから覚悟して下さいね」

その言葉をアロイス様は当然だと受け入れた。だから、八つ当たりもドンと来いだ。


「やあ、随分と荒れているね。何か問題が?」

ただ、何処までも穏やかな反応に更に怒りが増すようだ。まだお若いのに血管が切れないか心配になる。でも、こうやって言葉にして吐き出すことはいいストレス発散でもあるのだろう。
一頻り捲し立て、エステルを撫で回して心を落ち着け(陛下は犬派)、アロイス様からアドバイスを貰って帰って行くのが最近の流れだ。

「ちゃんとミレイア嬢とも話をしなさい。弱音を吐くのは情けないことではない。隠される方が辛いこともあるそうだ」
「……母上ですか?」
「いや、ナディアが教えてくれた」
「そうですか。ではナディアに感謝の言葉を伝えます」
「そうしてやってくれ」

陛下は絶対にアロイス様に感謝の言葉は言わない。そう決めているようだ。

王女様は、喧嘩できるならいい、と見守るスタンス。どちらが年上か分からないなあと思ってしまうが、基本的に女性の方が早熟な気がする。


「ちょっと、アロイスはもっと食べなさい。私より細くなるつもり?」

王太后様は、ふだんは三食のうちのいずれか、それと公務がお休みの日はここで過ごされる事が多い。でも、夜は必ず帰られる。『ルナを潰したくない』と言って。
何かしらの話し合いの結果だろうと口出しなんかはもちろんしない。
それでも、以前のような国王と王妃としてのお二人より、今の方が自然で楽しそうだ。少しずつ向き合って、付き合い方が変わっていくのではないかな。

「そんなに動かないのにたくさん食べられない」
「動けばいいじゃない。ルナとダラダラダラダラしてないで!」

どうやら何時でもルナとイチャついているのがご不満なようだ。

「君も目を瞑って散歩してみるといい。そんなに長距離は無理だよ」
「……悪かったわ。無理ね、怖いもの」
「これは自業自得だからいい。無理だって知ってくれたら大丈夫」

こんなふうに自分の状況をちゃんと伝えるようになったのは大きな進歩だ。
そもそも仕事以外の話をしてるだけで快挙だし。

こうやって変わっていくんだな。


「トリスタン、お前は明日から10日間休みだから」
「は?」




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