夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第四話

21.

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【第2部】


 先輩、と。
 まるで大切なものを呼ぶかのように、初めてはにかみながらあいつが俺を呼んだ日を、今でも鮮明に俺は覚えてしまっている。



「――それでは、我が深山の女王様、もとい司令塔様との久々の再会を祝して、乾杯!」

 高校生だったころから変わらない、調子の良い武井の音頭に合わせて、「乾杯」とあちこちから声が上がる。
 誰が女王様だ、と睨んでみたけれど、それさえも「うわ、おまえ相変わらず冗談通じねぇな。懐かしー!」との、心底嬉しそうな笑顔で返されてしまった。もうそうなると溜息を吐いてみることしかできない。それだってポーズでしかないのだけれど。

 俺の勝手で、距離を取っていた。なのに、それを寂しいと思ってくれている相手がいることは、本当にありがたいことなんだろう。

 小さめの居酒屋を借り切っての飲み会は、月に一度か二カ月に一度かのペースで行われていたらしい。
 メンバーは主に俺たちが中学高校時代に在籍していた深山の、一軍のメンバー。毎回来ている者もあればたまに顔を出すだけのメンバーもいるようだけれど、それでも毎回十人程度が集まっているらしい。


「だから今日はいつもより多いんだよ」

 と、富原が嬉しそうにジョッキに口を付けた。
 当たり前の様に富原の隣に座ってしまったが、入れ代わり立ち代わり、あのころのチームメイトたちが話しかけにくる。
 姿は当然、大人びているのに、このメンバーで集まっているからなのか、あのころと変わらないように思えた。  

「佐野が来るって言ったら、みんな絶対来るって言ってたよ」

 柔らかい声音に、隣を見上げる。中学時代からずっと同室だった戦友は、昔のままの思いやりに満ちた色を瞳に乗せていて。変わんねぇなぁと思う。
 周りの世話ばっかり焼いて自分のこと後回しにして、そして、人の幸せを心の底から喜んで。――悲しみを隣でただ静かに共有しようとしてくれていた。

「……そうか」

 折原とはまた違う、特別感は、戦友と言うよりかは、親友に近いのだと思う。言葉にすると恥ずかしいが、深山を退学してからもずっと連絡を取り続けていたのは、富原だけで。そして富原が居なかったら、俺はこんな風にこの場所に来ることもなかっただろう。

「でも、一番待ってたのは、あいつだよな」

 反対側からかかった声に、俺は条件反射みたいにむっと顔をしかめてしまった。それはあれか。

「だよなぁ、そりゃあいつだ、あいつ」
「なんつったって、うちの忠犬ハチ公だからなぁ」
「……相変わらず、あいつはその扱いなの」

 間違いなく、俺たちの世代では深山一の出世頭なわけだが。
 昔から変わらない安定の折原の扱いに、思わず突っ込んでしまった。そんな俺に元チームメイトたちはいっせいに眼を見合わせた後、爆笑した。

「おまえにだけは言われたくねー! 昔から折原一番蹴っ飛ばしてのおまえだろ」
「下手したら球より蹴ってたんじゃねぇの」
「いや、それはない」

 ずばっと否定した直後、酔っ払いの爆笑が加速した。なんだこの異空間。
 と言うか、富原がいるからまさかとは思うけど、こいつら一応未成年のあいつに酒飲ませてねぇだろうな。

 頭を押さえた俺に、富原が「こいつらも喜んでるんだよ」とじじくさいフォローをいれてきたが、それさえも懐かしい。昔からこいつは達観していると言えば響きは良いが、じじくさかった。

「っつかさ、それにしてもあいつ運悪いよな」
「あぁ、折原? あれだけ行く行くっつってたのに、遅刻だもんなぁ。『後生ですから俺が行くまで待ってて下さい!』って俺、縋られちゃったんだけど」
「俺は折原が後生って言葉知ってたことにびっくりだわ、……って、お、噂をすれば」

 悪友の声につられるようにして視線を上げる。ドンと慌ただしい音を立てて、引き戸が開く。
 息を切らして駆け込んできた話題の主が、こちらを見とめてほっと顔を緩めた。

「っかったぁ! 先輩、ちゃんといた……!」

 やたらと派手にセットされていた髪の毛をぐちゃぐちゃとかき混ぜながら、折原が戸口でへたり込んだ。
 その仕草は間違いなく、昔から見知っている折原だったのに、なぜか纏う空気が違って見えた気がした。そしてそれは俺だけじゃなかったらしい。

 さっきまで散々酒のつまみにしていたくせに、第一声を発する誰かを譲り合っている気配に、諦めるように俺は小さく息を吐き出した。こんなとき一番先に折れるのは、あのころからずっと、なぜか俺の役割だった。

「なんでそんなカッコつけた格好なわけ、おまえ」

 ぶっきらぼうに口にした瞬間、へたり込んでいた折原がぱっと顔を上げて、すでに出来上がっている宴会場に上り込んできた。

「ちょ、聞いてくださいよ、先輩! 俺だってね、今日は絶対一番乗りでここに来たかったのに! って言うかなんなら迎えに行きたかったのに!」
「いや、聞いてねぇよ、そこは」

 大型犬よろしく尻尾を振ってちゃっかり隣に割り込んできた折原に、周りから明るい笑いが起こって、内心ほっとした。
 が、直後、なんで俺がほっとしなきゃいけないのかと疑念が沸き起こる。

 本当になぜかわからないのだが、無愛想な俺に好き好んで懐いて着ていた唯一の変わり種の後輩だから、面倒見てやらなきゃいけないような気持ちになるんだろうと言い聞かせて、俺はやたら決め込んでいる折原をまじまじと見てみた。

「雑誌の撮影だったスよ。俺、今日は無理っつたのに、スケジュール無理やり入れられちゃって。それでそのまま急いできたから、なだけですからね、これ」
「雑誌って、おまえ、なんの雑誌だよ。っつかおまえは何目指してんの」
「相変わらず、佐野はさくっといくなー。でもホント、最近おまえなんか女の子向けっぽいのに普通に載ってるよな。俺、彼女の部屋で見て吹いたんだけど」
「山藤の彼女ってあれだろ。こないだ合コンで見つけたっつう巨乳美女!」

 どんどん違う話題に流れていく連中を横目に、折原はどこかほっとした顔で俺の方を見ているのが分かった。
 なんだかそれが昔の、それこそ本当に昔の中等部の頃の折原みたいで。折原のワックスやらなにやらで固まっている髪の毛を、気が付けば撫でまわしてしまっていた。

 折原が、きょとんとして、それから照れたようにはにかむ。

「俺、サッカー選手になりたかったんです」
「知ってる」

 と言うか、おまえはそのサッカー選手じゃねぇか、今。

「ずっと、サッカーが好きだったんです」
「知ってるっての」
「でも」

 騒がしい店内の中、折原の声だけが静かに鼓膜に直接注ぎ込まれるみたいだった。

「佐野先輩が居なかったら、俺は今みたいに好きになれてなかったかもしれない」

 ――そんなわけ、ねぇだろ。
 否定する代わりに、飲み物の乗っているメニューを折原の前に突き出した。

「酒飲むなよ」

 釘を刺しただけにも拘らず、折原は嬉しそうに笑って、富原は「佐野は相変わらず過保護だなぁ」と目を細めた。
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