夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第六話

33.

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【6】


『明日の夜、空いてますか?』

 折原からのメールに気が付いたのは、2時間は前のことだった。
 ただ返すに気になれなくて、そのまま画面を閉じてしまっていたと言う、それだけ。

『無理、バイト』

 そうすげない返事をようやく打てたのは、日付が変わろうとしていたころだった。
 アスリートである折原に、あまり遅い時間に連絡をいれたくない。
 それと同じ心で、どう考えても時間を調整すべきは学生である自分なのだと理解している。逢いたいのなら。
 俺と折原が「付き合っている」というのなら。

 返ってくる言葉は見たくなかった。質問には返答したのだからもういいだろうと自分を無理矢理納得させて、電源を落とす。
 そしてそのままベッドに転がって、目を閉じた。


 逢いたくないと思うのは、逢えば自分の感情が揺らいでしまうことが目に見えていたからだ。
 そんなこと、許されるはずがない。
 折原にとっての、俺は、そんな態度をとるはずがない、だろう。

「先輩」と何年経っても変わらない温度で笑う折原の顔が浮かんで消えた。
 俺は、良くも悪くもある程度は自分を分かっていると思う。
 勉強が飛びぬけてできたわけでも、……サッカーが飛びぬけてできたわけでもなければ、顔が飛ぶ抜けて良かったわけでもない上に、性格が良かったわけでもない。
 なのに、その俺を、なぜか折原の記憶は神格化しているように思えてしょうがないのだ。
 神格、と言ってしまうと、大げさすぎるとは思うけれど、でも、あながち間違ってもいないとも思う。

 あのころの、高校生だった折原の世界において、なぜかは分からないが、佐野悠斗という一つ年上のチームメイトは、特別な存在であったのだ。

 ただ、それがなぜ今も続いているのかと言えば、ただの錯覚、あるいは刷り込みに違いなくて。
 あるいは思い込みかもしれない。
 折原は、思い込みが強いきらいは、確かにあったから。


「ねぇ、先輩。駄目?」

 高等部で再び同じ寮で過ごすようになってから、折原にこんな風に甘えられることが増えた。
 それは後輩として甘えていると言うのとはまた違う、声音で。

「駄目。っつか調子に乗んな、馬鹿」

 たぶん、その全部を分かっていて、知らないふりで通していた。
 それは楽だったから。そして、間違いなく優越感も俺は覚えていたのだろうと思う。

「えー、何でっすか。いいじゃないですか、ちょっとくらい」
「ちょっとなんだったら、なくてもいいだろ」

 そうやって、軽い言葉で甘える癖に、折原は絶対に強硬に主張しようとはしない。少なくとも、このときは。
 主導権はいつも自分にあると言う慢心も、もしかしたら関係を助長させていたのかもしれない。

 非常階段で。富原のいない俺の部屋で。
 あの夏の日の夜、初めてキスをして以来、折原は暗に触れたいとねだるそぶりを見せることがあった。

 はっきりと「気持ち悪い」だとか「やめろ」だとか拒絶しようと思えないのは、実際自分がそんな風に思えなかったと言うことと、もう一つ。過去、自分が一度、折原にそんな含みを見せて触れようとした記憶があるからだった。

 煽ったのがどちらが先かと言われれば、俺なんだろうと自覚している。

「そもそもなんでおまえ、俺としたいの?」

 頬を膨らませて軽く不満を主張して見せている後輩の顔がやたら幼く見えてしまって、ついそんな絆すようなことを尋ねてしまったのは、高校2年の冬のはじめだった。
 高校サッカーの県予選が始まって間もなくのころ。

「だって、俺、好きですもん。先輩」

 けろっとそんなことを口にする折原に、呆れたような溜息を吐いて見せるのも、いつのまにかできてしまった構図だった。
 否定しないといけないと思うのと同じくらいの強さで、「まぁいいだろう」と思っていた。
 あくまでも、「本気」の雰囲気を作り出さないで、「冗談」でいられたら、それでいい。

 どうせいつか消えてなくなるものだ。この空間も。思いも。

「先輩は、慣れてそうですよね」

 ほんの少し、目を伏せて折原が囁いた。
 それはおまえじゃねぇのかと一瞬疑ったけれど、すぐにそれはないなと思い至る。
 折原くんはちっとも相手してくれない。
 そう騒いでいた女子の会話を、至る所で効いたような気がするし、この後輩からは、そういった擦れた匂いも浮ついた匂いも一切しなかった。

 馬鹿だな、と思った。

「さぁ、どう思う?」
「もうそうやって俺のことからかうんだからなぁ、俺は先輩だけなのに」

 冗談めかして、そのくせどきりとするような言葉を混ぜ込む。
 それは、折原の「本音」を感じ取ってしまうことがあるからなのだろう。

 俺だって、おまえだけだとは口が裂けても言えそうにはなかった。

「あと、二回かぁ」
「なにがだ?」
「先輩と、国立行けるの」

 まるで当たり前の未来を口にするみたいに折原に、俺は一瞬すべてを呑んでしまった。
 そして誤魔化すように、小さく笑う。

「今年行くのも、来年行くのも当たり前って?」
「だって、そうじゃないですか。俺、ちょっとでも先輩と長くサッカーしたいし。富原さんとか、あと……まぁ、うちの監督も好きですし。このチーム、好きなんです、俺」

 地区予選を勝ち進んで、全国大会を勝ち抜いて。国立に立つと、当たり前の顔で笑う折原が、羨ましくなかったと言えば間違いなく嘘だ。

 それは、俺も当然目指していた未来ではあるはずだった。
 でも――。

「そうだな」

 あと二年。それはおそらく、俺にとってのサッカー漬けの生活の終わりのカウントダウンで、そしてこの後輩とのこの曖昧な関係の終焉へのカウントダウンでもあると思った。

 寮の部屋に設置された勉強机の引き出しには、大学進学を見据えての参考書も何冊か仕舞い込まれていた。
 折原が部屋にいるときに見られたくなくて、いつも仕舞い込んではいたけれど。

 二年後、俺はどこで何をしているんだろう。
 そのとき、ちゃんと折原とのこの錯綜する感情をなかったことにできているだろうか、と思った。


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