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第九話
53.
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校舎から一歩外に踏み出すと、眩しい太陽の光が降り注いでいた。
まだ初夏には遠いと言うのに、肌を射る日差しはきつい。
――昔はこのくらい、全然平気だと思ってたのにな。
もう練習が始まっていたらしく、グラウンドでは部員たちがボールを追って走っていた。その脇では監督と折原が話している姿があって。
変わらないな、とふと思った。変わっているはずなのに。あのころとは何もかもが。
運動をしなくなれば筋力が落ちるのもあっと言う間だったが、体力も落ちていく。そうして徐々に徐々にサッカーから離れていくと思っていたのに、結局、感情の方はそうはいかなかった。
グラウンドから視線を外して、部室棟の方に足を向ける。あいつ、案外、部室にいること多いんスよ。練習が始まって誰もいなくなったのを見計らったみたいにいるだけですけど、と。以前、時枝が言っていたことを覚えていたからだ。
さっきの言葉を併せれば、正に、だ。
なんだかんだ言って、見つけて欲しいんだろう。見つけて欲しいと言うよりかは、口実を待っているだけかもしれないが。
――面倒くさいと言えば、それまでだけど。案外、時枝を待ってるのかもしれないと思えば救いはあるよな。……まぁ、でも、時枝には有難迷惑な話か。
学生時代、良くも悪くもそんな面倒なチームメイトはいなかったけれど、いても、時枝ほど面倒を看ていなかっただろうなと思う。
以前、監督がもし俺たちの時代に作倉がいたらどう扱ったかと、俺に聞いたことがあったけれど。答えた通りだ。俺は何もしなかったと思う。折原でなければ、構わなかったはずだ。
逆に言えば、折原だから、俺はあれやこれやと理由を付けて、相手をしていたのだろう。今になって、やっと素直にそう思える、と言うレベルの話だけれど。
「時枝が言ってたぞ、作倉は見つけて欲しい時は分かりやすい場所にいるって」
案の定と言えば良いのか。面倒事を引いたと嘆けば良いのか。部室で一人呑気に、誰のものとも知れないサッカー誌を繰っていた作倉が顔を上げる。
「センセーってさ、結構、素直だよね」
人を子馬鹿にした笑みを浮かべて言うなり、また雑誌に目を戻した。ぺらりと一枚捲る音。なんだ、そう言うものには興味はあるのか。
「今、見つけなきゃ良かったって思ったでしょ」
「前に駅で会った時に言ってたな、それ」
そう言えば、あれもちょうど折原が戻ってきていた日のことだった。今思えば、それが嫌で逃げていたのだろうが。
……じゃあ、今日はそれこそどういう風の吹きまわしなのか。
「そうそう。それで、無視しときゃ良いのに、中途半端に声かけてくるからさ」
「まぁ、顧問だからな」
「寮に来るのもなんだかんだで続いてるし。暇なの?」
「……そんなわけないだろうが」
家に帰って特に何をすることもない、と、監督に言ったは言ったが、することがなかろうが、待ってくれる相手がいなかろうが、帰れるものなら早く帰りたいに決まっている。
「じゃあ、良い先生でもしたいの? 時枝あたりは先生のことえらく気に入ってるけど。まだ不満?」
作倉は時枝のことは良くも悪くも意識しているんだろうなと思うのは、この手の発言を耳にした時だ。今となっては自分に構ってくる唯一だからかもしれないが、案外と作倉は時枝のことを良く話す。
「おまえ、なんだかんだで時枝のこと好きだな」
思わずぽろりと出てしまったのは、馬鹿にしたつもりではなく、まぁ、なんだ、良かったなと思ってのことだったのだけれど。
気に喰わなかったらしい作倉が乱雑に雑誌を閉じて、ベンチに放り投げる。
「おい、こら。それ、おまえのじゃないだろ」
「センセーと一緒にしないでもらえます?」
「何をだ」
「センセーがそうだからって、生徒もそうだと思わないでくださいって言ってるんスよ」
そう、だと言うのが何を指しているのかは聞かなくても分かった。けれど。
「おまえは、何がそんなに気に入らないんだ。どう思うかは自由だが、それ相応の敬意は持てと言わなかったか」
「……べつに」
「知ってるんだろ。今、グラウンドにいるのも。監督も時枝もおまえに出て欲しいと思ってることも」
なんでこんなこと言ってるんだろうなぁ、とも思うけれど、まだ修正が利く時期だからと思うのも事実だ。
「なんか、ムカつく」
笑いながら吐き捨てて、作倉が立ち上がる。何かがお気に召さなかったらしいが、こうやって感情を出した分、進歩なのかもしれない。
作倉もあまり感情をあらわにするタイプではなかったから。
――溜め込むからな、そう言う意味では、折原もそうか。
いつでも笑っていて、だから、ギリギリになるまで気づかない。気づかせない。あのころは、それでも俺には「分かる」と己惚れてもいた。
「良いよね、センセーは。学生時代にちゃんと、何て言うの? そうやって俺にお説教できる程度の活躍して? それで満足して、今はこうして偉そうにできんだもんね」
「それと今のおまえとがどう関係があるって?」
「あんたの言葉の節々に、深山は楽しいだろう、サッカーは楽しいだろうって滲み出てんのが嫌なんだ」
乱れた言葉遣いになんだ、とは思った。なんだ。競技に戻りたい気持ちも、楽しみたいと言う気持ちもあるのだな、と。それなら可愛いものだ。
「あんたに俺の気持ちは分かんねぇよ」
「じゃあ、誰なら分かるんだ」
そりゃ、俺には分からないだろう。そもそもとして、俺に分かってやろうと言う気概も足りないし、作倉にも分かってもらおうと言う気もないのも悪い。
「誰にも分からないとか子どもみたいなことは言うなよ。そもそも、分かってもらおうとしてもいないのに分かれなんて言うのは、さすがにどうかと思うぞ」
なんだかまるでそのまま自分に跳ね返ってきそうな説教だ。
まだ初夏には遠いと言うのに、肌を射る日差しはきつい。
――昔はこのくらい、全然平気だと思ってたのにな。
もう練習が始まっていたらしく、グラウンドでは部員たちがボールを追って走っていた。その脇では監督と折原が話している姿があって。
変わらないな、とふと思った。変わっているはずなのに。あのころとは何もかもが。
運動をしなくなれば筋力が落ちるのもあっと言う間だったが、体力も落ちていく。そうして徐々に徐々にサッカーから離れていくと思っていたのに、結局、感情の方はそうはいかなかった。
グラウンドから視線を外して、部室棟の方に足を向ける。あいつ、案外、部室にいること多いんスよ。練習が始まって誰もいなくなったのを見計らったみたいにいるだけですけど、と。以前、時枝が言っていたことを覚えていたからだ。
さっきの言葉を併せれば、正に、だ。
なんだかんだ言って、見つけて欲しいんだろう。見つけて欲しいと言うよりかは、口実を待っているだけかもしれないが。
――面倒くさいと言えば、それまでだけど。案外、時枝を待ってるのかもしれないと思えば救いはあるよな。……まぁ、でも、時枝には有難迷惑な話か。
学生時代、良くも悪くもそんな面倒なチームメイトはいなかったけれど、いても、時枝ほど面倒を看ていなかっただろうなと思う。
以前、監督がもし俺たちの時代に作倉がいたらどう扱ったかと、俺に聞いたことがあったけれど。答えた通りだ。俺は何もしなかったと思う。折原でなければ、構わなかったはずだ。
逆に言えば、折原だから、俺はあれやこれやと理由を付けて、相手をしていたのだろう。今になって、やっと素直にそう思える、と言うレベルの話だけれど。
「時枝が言ってたぞ、作倉は見つけて欲しい時は分かりやすい場所にいるって」
案の定と言えば良いのか。面倒事を引いたと嘆けば良いのか。部室で一人呑気に、誰のものとも知れないサッカー誌を繰っていた作倉が顔を上げる。
「センセーってさ、結構、素直だよね」
人を子馬鹿にした笑みを浮かべて言うなり、また雑誌に目を戻した。ぺらりと一枚捲る音。なんだ、そう言うものには興味はあるのか。
「今、見つけなきゃ良かったって思ったでしょ」
「前に駅で会った時に言ってたな、それ」
そう言えば、あれもちょうど折原が戻ってきていた日のことだった。今思えば、それが嫌で逃げていたのだろうが。
……じゃあ、今日はそれこそどういう風の吹きまわしなのか。
「そうそう。それで、無視しときゃ良いのに、中途半端に声かけてくるからさ」
「まぁ、顧問だからな」
「寮に来るのもなんだかんだで続いてるし。暇なの?」
「……そんなわけないだろうが」
家に帰って特に何をすることもない、と、監督に言ったは言ったが、することがなかろうが、待ってくれる相手がいなかろうが、帰れるものなら早く帰りたいに決まっている。
「じゃあ、良い先生でもしたいの? 時枝あたりは先生のことえらく気に入ってるけど。まだ不満?」
作倉は時枝のことは良くも悪くも意識しているんだろうなと思うのは、この手の発言を耳にした時だ。今となっては自分に構ってくる唯一だからかもしれないが、案外と作倉は時枝のことを良く話す。
「おまえ、なんだかんだで時枝のこと好きだな」
思わずぽろりと出てしまったのは、馬鹿にしたつもりではなく、まぁ、なんだ、良かったなと思ってのことだったのだけれど。
気に喰わなかったらしい作倉が乱雑に雑誌を閉じて、ベンチに放り投げる。
「おい、こら。それ、おまえのじゃないだろ」
「センセーと一緒にしないでもらえます?」
「何をだ」
「センセーがそうだからって、生徒もそうだと思わないでくださいって言ってるんスよ」
そう、だと言うのが何を指しているのかは聞かなくても分かった。けれど。
「おまえは、何がそんなに気に入らないんだ。どう思うかは自由だが、それ相応の敬意は持てと言わなかったか」
「……べつに」
「知ってるんだろ。今、グラウンドにいるのも。監督も時枝もおまえに出て欲しいと思ってることも」
なんでこんなこと言ってるんだろうなぁ、とも思うけれど、まだ修正が利く時期だからと思うのも事実だ。
「なんか、ムカつく」
笑いながら吐き捨てて、作倉が立ち上がる。何かがお気に召さなかったらしいが、こうやって感情を出した分、進歩なのかもしれない。
作倉もあまり感情をあらわにするタイプではなかったから。
――溜め込むからな、そう言う意味では、折原もそうか。
いつでも笑っていて、だから、ギリギリになるまで気づかない。気づかせない。あのころは、それでも俺には「分かる」と己惚れてもいた。
「良いよね、センセーは。学生時代にちゃんと、何て言うの? そうやって俺にお説教できる程度の活躍して? それで満足して、今はこうして偉そうにできんだもんね」
「それと今のおまえとがどう関係があるって?」
「あんたの言葉の節々に、深山は楽しいだろう、サッカーは楽しいだろうって滲み出てんのが嫌なんだ」
乱れた言葉遣いになんだ、とは思った。なんだ。競技に戻りたい気持ちも、楽しみたいと言う気持ちもあるのだな、と。それなら可愛いものだ。
「あんたに俺の気持ちは分かんねぇよ」
「じゃあ、誰なら分かるんだ」
そりゃ、俺には分からないだろう。そもそもとして、俺に分かってやろうと言う気概も足りないし、作倉にも分かってもらおうと言う気もないのも悪い。
「誰にも分からないとか子どもみたいなことは言うなよ。そもそも、分かってもらおうとしてもいないのに分かれなんて言うのは、さすがにどうかと思うぞ」
なんだかまるでそのまま自分に跳ね返ってきそうな説教だ。
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