夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第九話

55.

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「何をやってるのか、聞いても良いですか」

 ――怒ってる。
 
 なにが、とは分からない上に、声を荒げているわけでもないが、地雷を踏んだらしいことだけは分かった。
 もともと折原はあまり怒らない。怒るようなことがあっても表に出さないだけかもしれないが。あのときも、――嫌ってくれたらいいと思ったあの車中でさえ、激怒するようなことはなくて。
 そう考えると、折原が明確に切れてたのって――……。
 蘇りそうになった嫌な記憶に、目の前の身体を押しのける。体罰だなんだと気にしている余裕も体裁もない。

「おまえが部活に出たくなかった理由がこいつなら、もう出ない理由もないだろ。ほら、早く行け」

 余計なことを言う前にとばかりに急かしたのに、作倉は不満そうな顔を隠しもしない。その腕を掴んで半ば無理やり部室の外に追いやって、一息。
 ドアのすぐ傍に立っていた折原の横をすり抜けた瞬間、なぜか変に自分が緊張していたのだと自覚した。

「まさか、先輩までそのままどこかに消えたりしませんよね」

 あわよくばと思っていたことを見透かしたようなそれに、観念して振り向く。ひどくバツが悪いのと居た堪れないのとが入り混じっているような気分で。

「何をやってるんですか、あんたは」

 呆れ切った顔と声に、確かに何をやっていたのだろうなとは改めて思った。その自覚があるだけにどうとも応じづらい。
 言葉を選んでいる間に、折原があからさまな溜息を吐いた。

「世の中の人間みんなが俺みたいにあんたの言うこと聞くわけじゃないんですから」
「……おまえだって俺の言うことを全部聞くわけじゃないだろ」
「ここに来て、主張したい部分がそことか。本当、あんた馬鹿ですよね、馬鹿と言うか、……いや、馬鹿ですね。馬鹿だ」

 思わず余計なことを言ってしまったのは確かに俺かも知れないが、そこまで連呼しなくても良くないか。そう思っていたのが顔に出ていたのか、折原が不機嫌そうに言葉を継いだ。

「じゃあ文句ついでに言いますけど。あんた、俺がなんでここに来たのかも、全然分かってないでしょ」
「なんでって」

 言われてみれば、それはそうで。グラウンドに居たはずの、……顔を出しにきていただけのはずのこいつが、わざわざこんなところに来る必要性はないはずで。

「俺は、あんたが近くに居て、あんたを見てないときはないです。そう言うことを言うと、気持ち悪いかもしれませんが、眼が行くんだから仕方ないでしょう。なんと言うか、昔からの癖みたいなもので」

 俺が答えを見つけることなんて期待していなかったのか、あっさりと折原はそんなことを言った。

「反応しづらいなら別に何を言ってくれなくても良いですけど。とりあえず、何をやってるのか説明できない状況に陥るようなことはしないで欲しいんですけど」

 呆れたような不機嫌なような、そんな雰囲気を僅かに引っ込めて、駄目押しのように折原が続ける。

「『先生』としても、そうじゃないんですか」
「……いや、うん。分かってる」

 何が、とはなんとも説明しづらいのだけれど。自分の対応の何かがまずかったのだろうと言うことだけは分かってはいる。

「その、でも、問題はないと言うか、――大丈夫だから」
「大丈夫、ですか」

 これもまた失言だっただろうか、と。遅れて思い至ったのは、その声がやたら苛立っているように響いたからで。

「本当に、変わらないですね、先輩は」

 それは、三年ぶりに会ったあの日にも聞いた台詞だった。けれど、あの日のそれとは全く響きが違う。

「変わらないですよね、昔からずっと。そう思い知るたびに勝手にどこかでほっとして、同じくらい苛々します」
「折原、あのな」
「それも俺の勝手と言えば勝手ですけど」

 呼びかけを遮って、折原が笑った。どこか自嘲を含んだそれに、言おうとしていた言葉が詰まる。そもそもとして、何を言えば良いのか。……折原に俺が言える何かがあるのかも定かではなかったけれど。

「でも、今日は最初から俺にしては腹が立ってたのは事実です。先輩が気付いていたのかどうかは知りませんが」
「――なんとなく、そうじゃないかとは思ってはいたけど」
「そうですか」
「正直、理由は心当たりが多すぎて分からない」

 言い切った俺に、折原がまた小さく笑った。

「なんで、そうやって、変なところだけ正直なんですか。だから嫌だ」

 正直。俺が正直だったことなんて、あっただろうか、と思った。いつも嘘ばかりで、矛盾ばかりで、――自分を守ってばかりだ。それは、さすがに分かっている。でも。
 ……でも、と。結局、付け加えてしまう。だから何も変わっていないのだとも分かっている。

「まぁ、でも、良いです」

 そしていつも俺は言葉を呑んで、折原は諦めるしかなくなる。今みたいに。それを何回、繰り返しているのだろう、とも思った。あるいは、何度繰り返したら、俺の気が済んで、――決別を告げることができるようになるのだろうか、と。

「ここでするような話でもないですから」
「それはそうだな。折原、おまえも……」
「言われなくても戻りますよ。でも」

 嘆息して折原が戸から背を離した。外から入ってくる光がいやに眩しくて、宙に浮いたような感覚が一瞬、けれど、確かにあった。

 ――あのころと折原は変わっているけれど、変わっていない。

「とりあえず、監督には話しますからね、俺は」
「……ちょっと待て、折原」
「ちょっと待って欲しいような事態になっているから、言いますよって言ってるつもりなんですが」

 見つめ返してきた顔は笑顔のままだったけれど、怒っていると俺が思ったそれが継続しているらしいことは明白で。

「俺から説明する」
「そうですか。まぁ、どちらにせよ、俺は同席するつもりなので。適当なことを言ってお茶を濁さないでくださいよ」

 さも当然と言う風に折原が続ける。

「まさかそんなこと、先輩はしないとは思いますけど。俺を置いて逃げて帰ったりしないでくださいね」
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