好きになれない

木原あざみ

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 飲み会や食事会といった場が苦手だなぁ、と実感するのはこういう瞬間だったりする。
 まったく楽しくないとは言わないものの、気疲れしたというほうが勝る。塩見に言質を取られて四月に行われたゼミの飲み会にも参加はしたが、やはり疲れただけだった。
 二次会の場所はどこにしようとの楽しそうな会話が耳に届いて、日和は夜の空を仰いだ。ファミリーレストランの光る看板が眼に痛い。

 ――会議に食事会。ここまで付き合ったら十分すぎるだろ。二次会は絶対に回避して帰ろ。

 一人暮らしの家に帰ったところで、やりたいことがあるわけではないけれど。
 決意して輪の端っこで気配を消していると、愛実が近づいてきた。先ほどまで輪の中心で二次会の店選びを率先して進めていた当事者だ。嫌な予感しかしない。

「ぴよちゃんさんは、お酒って強いんですか?」
「いや、……俺はあんまり」

 というか、なんだ。ぴよちゃんさんって。思ったものの、どうせ、会議の場とキャンプ当日にしか会わないのだ。好きにさせようと受け流す。

「そうなんですねー。でも、ということは、飲めないわけじゃないんですよね? このあと、一緒に行きますよね」
「あー、……いや」
「和さんがいると、賑やかで楽しいですよ。あの人、いつも元気だから」

 断りの文句をさらりと遮って、愛実が視線を動かす。お義理で追った視線の先で、件のスタッフが輪から少し外れたところで優海と真木と話していた。いかにもフリースクールのスタッフらしい健康的なイケメンだ。なんというか、太陽の下で子どもたちと遊んでいる図が似合う感じの。

「和さんって変わり種なんですよー。噂によると、真木さんが学生だったころから、つぼみで一緒にボランティアをしてたらしいんですけど。そのあと、真木さんはつぼみに残って、和さんは院に進んで、それで、えーと、今はカウンセラーとして働いていて。でも、こうしてキャンプとか、土曜日に運動して遊ぶ日があるじゃないですか。そのときにボランティアとして参加を続けているという」
「へぇ」
「なので、優海さんに気があるんじゃないかという説もあるんですが。ぴよちゃんさんは、どう見ます?」
「どう見ますって……」

 俺、その和さんとやらも代表も、今日会ったばっかりだし。興味もないし。気のないことを考えながら、優海をちらりと一瞥する。年齢不詳の美女ぶりは、大学生だった青年が熱を上げたとなっても、有り得る話なのかもしれないが。

「まぁ、そのあたりも、二次会で一緒に聞き出しましょうよ。あの人、色々なことを知っているくせに、煙に巻くんですよねぇ。真木さんのことも絶対に教えてくれないし」
「……真木さんの?」
「そう。もともと、うちに来る前からの知り合いらしいんですけどね。二人そろって、はっきりとしたことを言わないんですよねぇ。だから、もう一つの説としては、真木さんと和さんがデキてたんじゃないかっていうのもあるんですけど」

 優海に気があるのではないかと言ったときと全く同じ調子だった。喫煙所で口さがなく塩見が笑ったときとは違う。それなのに、もやりとしたものを覚えて、日和は内心で首を傾げた。

 ――俺って、全くそんなつもりはなかったけど、ホモフォビアだったのかな。

 雪人とはじめて会ったときも、戸惑いはあったが、受け入れがたいとは思わなかったし、気持ちが悪いなどとも思わなかった。教師であった父と母にも差別や偏見を持つなと育てられてきたつもりだし、そう育ってきたつもりだった。
 気持ち悪いだとか、そういうことを思っているわけじゃない。日和は自身に言い聞かせた。けれど、なんだかおさまらない。
 アイデンティティ崩壊の危機を迎えた気分で、気が付けば真木を睨んでいたらしい。

「日和くん?」

 訝しげに瞳を瞬かせた真木が近づいてくる。薄暗がりの中で黒髪が揺れるのを見つめていると、目の前でそれが止まった。

「どうしたの。飲みに行かないの、日和くんは」
「真木さんは?」
「俺? 俺は行かないよ。みんなで楽しんできな」

 火曜日に聞く声と変わらないリズムに、ささくれ立っていた心が落ち着いていく。なんでだろう、と自問する。答えは出ない。

「たまには真木さんも顔を出してくださいよ。和さんも喜ぶし」
「あいつの勢いには付いていけません。明日に響く」
「えー、なんか、その言い方、やらしー」
「馬鹿なことばっかり言ってないで、飲みに行ってきな。いつまでもたむろしてないで。時岡さんは日和くんがいたら満足だろ」
「まぁ、そうですけど。和さーん。真木さんが、いいかげんに行けって」

 人身御供にされた気分で閉口する。スタッフ同士なら、どうとでも好きにしろってか。日和とは違い満更でもなさそうに愛実は笑って、優海と顔を突き合わせていた青年を呼んだ。羽山和。朗らかな笑顔が近くなる。

「了解。なに、なに? 基生も行くって? 楽しみ過ぎて早く行きたいって?」
「だから行かねぇって言ってるだろうが。しつこい上に声がでかい」
「そういう口の利き方してると、また優海さんに怒られるぞ、おまえ。真木くんの口の悪さがいくつになっても直らない所為で、新しく入ってくるスタッフの子たちが軒並み怖がるのぉって」
「煩いので黙ってもらえますか、羽山くん」
「うーわ、可愛くねー」

 けたけたと笑う羽山と対照的に真木の顔は不機嫌そうだが、スタッフ同士ではなく気のおける友人同士なのだろうということは窺い知れた。自分に向けられることはないトーンでの受け答えも、この二人においてはいつものことなのか、愛実はただ笑っている。

「ただでさえ怖がられる仏頂面してるんだから、愛想くらい良くしても罰は当たらねぇぞ。笑うと童顔なのにね、おまえ。それで? 愛想良く行かないの、一緒に。大事よ、コミュニケーション」
「だから、……ん?」

 不思議そうな視線を三つ受けて、日和は首を傾げた。ずっと黙っていたはずなのだが。なにかしらの不満が滲み出ていたのだろうか。

「日和くん、どうかした?」

 真木の問いかけは困惑の色を隠していない。クエスチョンマークを脳内で盛大に散らしながら、その視線を手繰って、日和は固まった。

「う、わ。す……み、ません!」

 なぜだ。なぜ、またしても、俺はこの人の服の裾を幼子のように掴んでいるのか。赤面してぱっと手を離した日和の頭上から、楽しそうな笑い声が降ってきた。目立つばかりで嬉しくはないが、日和は百八十を超える長身だ。その上を行く長身は、あまりお目にかからないのだが、羽山がそうだった。

「これか。ひよこって!」

 ひよこ。反応できない日和にお構いなしに、羽山が得心したように続ける。

「雪と恵麻から聞いたときは、あいつら大袈裟に話してるだろって思ってたけど。――へぇ、そんなこともなさそうで」
「おい、和」
「なんだよ、誰もいじめてねぇだろ? でも、えらく懐いてんのな、おまえに」

 揶揄う顔で真木を見ていた羽山の視線が動いて、日和はどきりとする。子どものころに同じクラスにいたら苦手だったタイプだ。

「今、何歳? 大学三年だっけ」
「えぇと、……そうです、けど」
「じゃあ、俺らの四つ下か」

 その複数形は間違いなく真木にかかっているのだろうが、日和は真木の年齢もはじめて知った。

「昔から、おまえはこの手のタイプの後輩受けいいよな。なんでなんだろうね」
「いい加減に黙れ、おまえは。――それで? 日和くんは、なに。どうしたの」
「真木さんは」
「ん?」
「帰るんですよね」
「まぁ、帰るというか、」

 歯切れの悪い真木の応えを歯牙にもかけず、日和は消化不良の苛立ちそのままに畳みかけた。

「同じ方向ですよね」
「日和くんと? あぁ、そう言ってたね。あのコンビニの近くなんだっけ」
「一緒に帰りましょうよ」
「いや、あの、飲みに行かないの?」

 阿るようなそれに、日和は無言で首を振った。嫌だ。ほとんど誰も知らない二次会とか、どんな苦行だ。

「あー、……うん、わかった。わかったから」

 根負けしたように、真木が視線を泳がせた。「だから、そんな捨て犬みたいな眼で見んな」

「え……?」
「というわけだから、時岡さんは、日和くんは諦めて和たちと遊んできな。あんまり遅くならないようにね」
「えー! 本当に行かないんですか?」
「日和くんも明日、早くから予定があるんだって。だから」

 そんなことは一言も言っていなかったのだけれど、そういうことにしてくれたらしい。

「また今度ね」

 付き合いが悪いとの喧々をさらりと受け流して真木が踵を返す。自分と違って、いかにも慣れている。「優海さん」と真木に呼ばれた優海がにこりと微笑んで一歩前に出た。
 お疲れさま、今日はありがとう。あまり遅くならないようにね。
 引率の先生のような言葉で、散会になる。二次会に向かう数名はまだなにやら話をしていた。あの輪に加わらずに済んだことにほっとしていると、優海の声が近くで響いた。

「基生、あなた、日曜日は出てこないわよね」
「あー……、はい。出ません。火曜にやります」
「そうしてね。手当なんて出せないんだから」

 もしかして。真木が言葉を濁していたのは、つぼみに戻って仕事をするつもりだったからだろうか。思い当たったが、いまさらどうぞ戻って下さいというのも変な話だ。悩んだ挙句、口を噤んだ日和に、優海の柔らかな視線が向く。

「じゃあ、日和くんも気を付けて」
「あ……、今日はありがとうございました」

 にこりともう一度微笑んで、優海がゆっくりと背を向ける。

「じゃ、帰ろうか」

 さも当然と続いた真木の台詞に、日和は慌てて頷いた。
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