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好きになれない1
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「よし! 大成功だったね!」
肝試しを無事に終えて、恵麻がべったりと血糊の付いた顔で、拳を突き上げる。充足した顔に、日和もほっと息を吐いて拍手を送った。雪人や紺たちも、みんな一様に高揚した表情を見せている。
参加に回る生徒たちが二人一組でルートを周る肝試し。脅かしに出るタイミングは難しかったが、次第に迫力が出てきたのではないだろうか。散会する前の参加者たちの表情からも、楽しんでいてくれたことは見て取れた。
「雪ちゃんも頑張ってくれてありがとね! 虫は大丈夫だった?」
イベント班として最後の反省会は終了したはずなのだが、離れがたいらしく恵麻の言葉は止まらない。
今いる場所は、昼にバーベキューをした平地だ。外灯の光に照らされると、お化けメイクのままの面々はおどろおどろしい。二十時半には切り上げて、バンガローに戻る予定だったのだが、十分ほど過ぎてしまっている。
――まぁ、もう少しくらいならいいか。
「うん。最初はちょっと怖かったんだけど、しばらくしたら、驚かすほうに夢中になっちゃった」
「ね、雪ちゃん。来年も一緒にやろうね」
「うん、そうしよ! 次はもっと怖がらせるんだ」
盛り上がっている少女たちの向こうで、「来年」という言葉に紺の表情が曇ったように見えて、日和は首を傾げた。
――あぁ、そうか。
それから、少し間を置いて、得心する。
ここに馴染み過ぎて、忘れてしまうところだった。つぼみはあくまでもフリースクールなのだ。いつか、学校に戻るための場所。活力と気力を養うための場所。
恵麻も、雪も、紺も。ちょうど中学三年生だ。来年の夏はどうしているのだろう。通信制の高校を選べば、学人のように参加を続けているかもしれない。けれど、全日制の高校に通い出したら、きっと、ここには居ない。
――いいこと、なんだろうけどな。
寂しいと思ってしまうのは、ただの日和の感傷だ。
「紺くん」
おもむろに近づいて声をかけた日和に、紺がなんでもない顔をつくった。
「お疲れさま。凛音ちゃんもすごく怖がってたね」
「……あいつ、怖がりだから」
「そうなんだ」
「でも、ちょっとはマシになったんだよ。はじめて凛音がキャンプに参加したときは、怖がって泣いて、結局、参加できなかった」
「そうなんだ」
凛音は小学校の低学年のころからずっと在籍していると聞いたことがある。学校自体が好きではないのだろう。そして、兄である紺も早くから不登校になっていたため、無理をして学校に行く概念が育たなかったのかもしれない。それが良いことだったのか悪いことだったのかはわからないけれど。
――でも、無理をして、本当に苦しくなって、追い詰められるより、ずっといい。
逃げ場があるほうが。ずっと。
「みんな、成長するんだね」
説教をしたつもりはなかったのだが、そう響いたかもしれない。ほんの少し唇を曲げて紺が頷く。「そうだよ」
「変わらないままなんてない」
そうだね、と日和は小さく同意した。変わらない関係は存在しない。変化のない状況は存在しない。
そういう意味で言えば、やはり「つぼみ」はどこか異質で異次元なのだ。いつも温かく変わらない温度で満たされた、優しい守り人のいる空間。そこで英気を養えば、いつか出ていかなくてはならない日が訪れる。
そのことを一番よく理解しているのは、子どもたちなのかもしれない。
「お疲れさま、みんな」
「優海さん!」
懐中電灯片手に姿を現した優海に、恵麻たちが破顔する。
褒めて、褒めて、と尻尾を振る子犬のようでちょっとかわいい。隣の紺の顔にも、ほっとした色が浮かぶ。
「今年の肝試しも怖かったなぁ。恵麻ちゃんが最初にしてくれた怪談も上手だったし、学人くんのゾンビは今年も迫力満点。紺くんのミイラ男も怖かったし、玲衣ちゃんのセーラー服ゾンビもかわいかったけど怖かったなぁ」
一人一人を順繰りに褒めながら、優海がにこりと微笑む。
「最後の雪ちゃんと日和くんの吸血鬼コンビも怖かった! 私もびっくりしちゃった」
「嘘だぁ、優海さん、ずっと笑ってたじゃん」
「怖いと笑っちゃうタイプなの、実は」
雪人の指摘をさらりと受け流して、笑みを深くする。慈愛という表現がぴったりのそれだ。
「これだけの準備をするのは大変だったでしょう。恵麻ちゃんを中心に本当にみんな頑張ったね。お疲れさま」
照れくさそうな恵麻の頭を白い手で撫ぜて、優海が散会を提案する。
「明日も朝が早いんだから、そろそろお開きにしましょうか」
借りているバンガローは、女性陣で三つ。男性陣で二つ。そして優海が常駐しているもう一つだ。
早くシャワー浴びて落とさないと、と言い合いながら、恵麻たちは女の子のバンガローに戻って行く。
雪人はどちらのバンガローで泊まるのだろうかと密かに気になっていたのだが、女子のくくりになっていた。
去年、雪人が初めて参加したとき、スタッフ間では、優海と一緒のバンガローに二人で泊まる案が最有力だったらしい。けれど、生徒たちから「それはおかしい」との意見が噴出して、女の子の部屋で泊まれることになったそうだ。そして自然と今年もその扱いになったと聞いた。
――良いことなんだろうけど。それが許されるのって、どこまでなんだろうなぁ。
シャワーで濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、日和はそんなことを考えていた。
雪人は性同一障害の診断が下っているわけではない。受診すれば診断が下る可能性もあるだろうが、母親はあまり気の進まない調子らしい。学校に通わなくなった原因の一つは、男子の制服を着ることへのストレスだったとも聞いた。
――このご時世だ。学校も診断があれば、制服やトイレもある程度は対応してくれるんだろうけど。
だからと言って、それですべてがうまく回るわけではない。
難しいなぁと胸の中で溜息を吐く。ふらふらと歩いていると、自動販売機の光が目に付いた。バンガローに戻る前に、少し休憩をしていこう。どれにしようかなと指先をさ迷わせていると、すぐ近くで砂利を踏む音が聞こえた。
肝試しを無事に終えて、恵麻がべったりと血糊の付いた顔で、拳を突き上げる。充足した顔に、日和もほっと息を吐いて拍手を送った。雪人や紺たちも、みんな一様に高揚した表情を見せている。
参加に回る生徒たちが二人一組でルートを周る肝試し。脅かしに出るタイミングは難しかったが、次第に迫力が出てきたのではないだろうか。散会する前の参加者たちの表情からも、楽しんでいてくれたことは見て取れた。
「雪ちゃんも頑張ってくれてありがとね! 虫は大丈夫だった?」
イベント班として最後の反省会は終了したはずなのだが、離れがたいらしく恵麻の言葉は止まらない。
今いる場所は、昼にバーベキューをした平地だ。外灯の光に照らされると、お化けメイクのままの面々はおどろおどろしい。二十時半には切り上げて、バンガローに戻る予定だったのだが、十分ほど過ぎてしまっている。
――まぁ、もう少しくらいならいいか。
「うん。最初はちょっと怖かったんだけど、しばらくしたら、驚かすほうに夢中になっちゃった」
「ね、雪ちゃん。来年も一緒にやろうね」
「うん、そうしよ! 次はもっと怖がらせるんだ」
盛り上がっている少女たちの向こうで、「来年」という言葉に紺の表情が曇ったように見えて、日和は首を傾げた。
――あぁ、そうか。
それから、少し間を置いて、得心する。
ここに馴染み過ぎて、忘れてしまうところだった。つぼみはあくまでもフリースクールなのだ。いつか、学校に戻るための場所。活力と気力を養うための場所。
恵麻も、雪も、紺も。ちょうど中学三年生だ。来年の夏はどうしているのだろう。通信制の高校を選べば、学人のように参加を続けているかもしれない。けれど、全日制の高校に通い出したら、きっと、ここには居ない。
――いいこと、なんだろうけどな。
寂しいと思ってしまうのは、ただの日和の感傷だ。
「紺くん」
おもむろに近づいて声をかけた日和に、紺がなんでもない顔をつくった。
「お疲れさま。凛音ちゃんもすごく怖がってたね」
「……あいつ、怖がりだから」
「そうなんだ」
「でも、ちょっとはマシになったんだよ。はじめて凛音がキャンプに参加したときは、怖がって泣いて、結局、参加できなかった」
「そうなんだ」
凛音は小学校の低学年のころからずっと在籍していると聞いたことがある。学校自体が好きではないのだろう。そして、兄である紺も早くから不登校になっていたため、無理をして学校に行く概念が育たなかったのかもしれない。それが良いことだったのか悪いことだったのかはわからないけれど。
――でも、無理をして、本当に苦しくなって、追い詰められるより、ずっといい。
逃げ場があるほうが。ずっと。
「みんな、成長するんだね」
説教をしたつもりはなかったのだが、そう響いたかもしれない。ほんの少し唇を曲げて紺が頷く。「そうだよ」
「変わらないままなんてない」
そうだね、と日和は小さく同意した。変わらない関係は存在しない。変化のない状況は存在しない。
そういう意味で言えば、やはり「つぼみ」はどこか異質で異次元なのだ。いつも温かく変わらない温度で満たされた、優しい守り人のいる空間。そこで英気を養えば、いつか出ていかなくてはならない日が訪れる。
そのことを一番よく理解しているのは、子どもたちなのかもしれない。
「お疲れさま、みんな」
「優海さん!」
懐中電灯片手に姿を現した優海に、恵麻たちが破顔する。
褒めて、褒めて、と尻尾を振る子犬のようでちょっとかわいい。隣の紺の顔にも、ほっとした色が浮かぶ。
「今年の肝試しも怖かったなぁ。恵麻ちゃんが最初にしてくれた怪談も上手だったし、学人くんのゾンビは今年も迫力満点。紺くんのミイラ男も怖かったし、玲衣ちゃんのセーラー服ゾンビもかわいかったけど怖かったなぁ」
一人一人を順繰りに褒めながら、優海がにこりと微笑む。
「最後の雪ちゃんと日和くんの吸血鬼コンビも怖かった! 私もびっくりしちゃった」
「嘘だぁ、優海さん、ずっと笑ってたじゃん」
「怖いと笑っちゃうタイプなの、実は」
雪人の指摘をさらりと受け流して、笑みを深くする。慈愛という表現がぴったりのそれだ。
「これだけの準備をするのは大変だったでしょう。恵麻ちゃんを中心に本当にみんな頑張ったね。お疲れさま」
照れくさそうな恵麻の頭を白い手で撫ぜて、優海が散会を提案する。
「明日も朝が早いんだから、そろそろお開きにしましょうか」
借りているバンガローは、女性陣で三つ。男性陣で二つ。そして優海が常駐しているもう一つだ。
早くシャワー浴びて落とさないと、と言い合いながら、恵麻たちは女の子のバンガローに戻って行く。
雪人はどちらのバンガローで泊まるのだろうかと密かに気になっていたのだが、女子のくくりになっていた。
去年、雪人が初めて参加したとき、スタッフ間では、優海と一緒のバンガローに二人で泊まる案が最有力だったらしい。けれど、生徒たちから「それはおかしい」との意見が噴出して、女の子の部屋で泊まれることになったそうだ。そして自然と今年もその扱いになったと聞いた。
――良いことなんだろうけど。それが許されるのって、どこまでなんだろうなぁ。
シャワーで濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、日和はそんなことを考えていた。
雪人は性同一障害の診断が下っているわけではない。受診すれば診断が下る可能性もあるだろうが、母親はあまり気の進まない調子らしい。学校に通わなくなった原因の一つは、男子の制服を着ることへのストレスだったとも聞いた。
――このご時世だ。学校も診断があれば、制服やトイレもある程度は対応してくれるんだろうけど。
だからと言って、それですべてがうまく回るわけではない。
難しいなぁと胸の中で溜息を吐く。ふらふらと歩いていると、自動販売機の光が目に付いた。バンガローに戻る前に、少し休憩をしていこう。どれにしようかなと指先をさ迷わせていると、すぐ近くで砂利を踏む音が聞こえた。
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