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旅立ち-2
しおりを挟む【イレーネ】
あんなに幸せそうな表情の姫様を見るのは、初めてかもしれません。
遠くなっていく馬車を見送りながら、今迄の事を思い出し、涙が溢れて止まりません。
姫様と初めてお会いしたのは、姫様がまだ3歳の時でした。
膨大な魔力を持てあまして泣いてばかりいた姫様を、腕に抱いてあやしていた頃を思い出します。
正妃様やアリシア王女殿下に何度も嫌がらせを受けて泣いていた姫様が、あんなに嬉しそうに笑う事が出来るようになったなんて、リオネル殿下には感謝してもしきれません。
私と夫の間には子供がいません。
魔術師団長である夫と、魔力を全く持たない私との間に子を望む事はとても難しく、後継者を望めない私達の結婚は周りに大反対されました。
でも、夫がそれでも私を妻にと望んでくれた時、私はどんなに辛くても一生を夫と共に生きていくと決心しました。
子供が出来ない事で周りの目はとても冷たく、馬鹿にされる事もありました。
夫に別の女性をあてがおうとする親族もいました。
でも、夫はその全てから私を守ってくださいました。
結婚から5年。
私達夫婦は離宮で第二王女殿下のお世話を、国王から申し付けられました。
小さな姫様はとても可愛らしく、体調の良い時は、ニコニコと愛らしい笑顔で私に抱っこを強請ります。
魔力に翻弄されている時は、本当におつらそうで、周りを傷つけないように部屋に閉じこもり、一人で身の内に膨れ上がる魔力を抑えようと耐えていらっしゃいました。
苦しむ姫様を助ける事が出来るのは、夫だけでした。
夫から少しずつ魔力制御を習い、年を重ねるごとに落ち着いてきた姫様を見ていた私は、少しでも姫様が楽になってきて本当に安心したものです。
姫様は努力の人でした。
魔力制御、淑女教育、王女教育、学園に通う様になってからは学園の勉強に剣術、護身術、体術と、それはそれは努力なさいました。
学園では常に学年首位。
王女として恥ずかしくないようにと、いつも気を張っておられました。
それなのに、アリシア王女殿下のせいで、学園ではとても辛い思いをされていたようです。
それでも私達の前ではそんな素振りを1つも見せずに、明るく振る舞っていらっしゃいました。
一度だけ姫様が周りの目があるにもかかわらず、涙を流す事がありました。
あれはまだ姫様が学園に入る前、まだわずか8歳の頃でした。
王都に流行り病が蔓延し、100人を超える死者が出た事がありました。
教会に集められた遺体の山。
感染してはいけないからと、家族は最後の別れをする事も叶わず、教会の周りを取り囲むようにして、正面の扉が開くのを見つめていました。
泣き崩れる家族を横目に見ながら、運ばれてくる遺体に氷魔法をかけ続けた姫様。
遺体の多さに葬儀を出す事も出来ず、そのまま放置するわけにもいかず、民の嘆き悲しむ姿に心を痛め、そんな姫様を見るのがとても辛かったものです。
それからも、姫様は魔獣が出れば、夫と共に討伐に出かけ、隣国から侵略のプレッシャーをかけられた時も、迫りくる隣国の軍を追い払うのに力を振るいました。
姫様の広範囲の氷の防壁に相手は太刀打ち出来ず、何も出来ずに退却しました。
1人の死人も怪我人も出すことなく、それどころか一太刀を交わす事も無く、戦を終わらせたのです。
姫様は国の為、民の為、その力を振るってまいりました。
正妃様とアリシア王女殿下は、姫様の功績を知ろうともせず、学園や社交界で姫様の悪評を広め、姫様を貶めてきました。
『母親殺し』
確かに魔力が多い姫様を生んでマリエル様がお身体を弱らせたのは事実ですが、それは姫様のせいではありません。
だって、親は子供を生まないという選択も出来たのですから…
マリエル様は姫様を生む事を選んだのです。
私がマリエル様の御心を推測するのは烏滸がましいですが、マリエル様はきっとシルビア様をとても愛していらしたと思います。
我が身を犠牲にしても、姫様を生む事を選択したのですから…
リオネル殿下に出会って、姫様はとてもお幸せそうに笑うようになりました。
リオネル殿下は大変立派な方です。
帝国に戻られる前日、リオネル殿下は夫と私に「姫様を必ず幸せにする」と、わざわざ挨拶に来て下さいました。
リオネル殿下ならきっと姫様を大切にして下さるでしょう。
お別れの時、姫様が私を抱きしめ、「私の育てのお母様」と仰って下さいました。私などに、身に余る過分のお言葉をいただき、あふれる涙が収まることはありませんでした。
夫に肩を抱かれ、段々遠ざかる馬車を見送りながら、姫様の幸せを願い、私は遠く遠く、馬車が見えなくなるまで手を振り続けました。
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