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旅立ち-7
しおりを挟む今日は王都にある一番大きな劇場『システィナホール』で観劇です。
ホールの中はキラキラとたくさんのシャンデリアが煌めき、美しいドレスを着た淑女達が大勢、嬉しそうに今日の劇の話をしながら自分の席に向かいます。
私達は王族専用のBOX席で、リオネル様と、今か今かと劇の始まりを待っていました。
今日の劇は『ロメリオとジュリアーナ』
敵対する家同士の二人が偶然教会で知り合い恋に落ちます。
お互いの素性を知らずどんどん惹かれていく二人は将来を誓いあいます。
それなのに二人を悲劇が襲います。
ロメリオの兄とジュリアーナの兄が街中で喧嘩になり、ジュリアーナの兄が殺されてしまいます。
両家は戦争状態になり、その時になって初めて、二人は自分達が敵対する家同士である事に気づきました。
決して結ばれない二人。
それなのに、お互いの事を諦められない。
二人は家を捨てる決心をします。
待ち合わせの日、彼女は父親に見つかり、家を出る事が出来ませんでした。
そして、こともあろうに、彼女の父親は兄の敵討ちだと言って、待ち合わせに来ていた彼を殺してしまいます。
あまりのショックに彼女は正気を失い、最後は、二人が初めて出会った思い出の教会の塔の上から身を投げてしまいます。
すると、空から光の階段が降りてきて、天使様と共に愛しい彼が彼女を迎えに来ました。
二人は幸せそうに天使達に囲まれて、天国に登って行きました。
フィナーレを終えると、劇場全体が震えるかと思うほどの拍手喝采が起きました。
私はもう、話の途中から、涙があふれて止まりませんでした。
グズグズ、ズビズビ、鼻をすすりながら劇場を後にしました。
馬車の中でも劇の余韻が消えません。
思い出しては涙があふれてきます。
たかが劇、されど劇です。
まさかこんなに私の心を掴んで離さないなんて…
「大丈夫?ずいぶん感情移入しちゃったね」
「はい…すみません、私すごく泣いてしまって…」
本当に申し訳ありません。
まさか、劇を見てあんなに泣けるなんて思わなかったんです…
いつまでも涙の止まらない私に
「こんなに泣いて…」
そう言ってハンカチで私の涙を拭って下さいます。
そのままハンカチを私の鼻に当てて下さいました。
ああ、恥ずかしい…
「君の泣き顔は誰にも見せたくないから今日はこのまま城に戻ろうか?」
「ごめんなさい…」
本当は観劇の後、街の有名なレストランを予約していただいていたのに申し訳ないです。
「こんなに泣き腫らして…」
そう言いながらリオネル様が私の頬にかかる髪をスッと耳にかけて頬に伝う涙を親指で掬いました。
私はハンカチで鼻水が流れない様にずっと鼻を押さえていました。
ズビズビ…
「可愛い」
「可愛くないです、きっとすごくブサイクです」
「可愛いよ、どんなシルビアも…」
リオネル様のお顔が近づいて来て、私は思わずギュッと目を瞑りました。
すると、右の瞼に一つ、左の瞼に一つ、羽根が触れるようなキスをもらいました。
私の胸の奥がギュッとなって、恥ずかしさと、嬉しさと、リオネル様を好きな気持ちが溢れて止まりません。
きっと今夜も眠れそうにありません。
次の日、王城の庭いっぱいに市が立ちました。
美しい装飾品、美しい布、珍しい魔導具。
世界中から集まったたくさんの商品がこの庭いっぱいに並べられています。
今日、私は1つ目的を持っています。
それは、リオネル様に日頃の感謝の気持ちを込めて何か贈り物をしたいと思っているのです。
そして、さっき見つけたのです。
東方から来た『組紐』というもので、本当にたくさんの種類があって、色とりどりの紐が100本以上並んでいます。
その中でも私の目を引いたのは、金と朱色で編んだ組紐でした。
それはもう一目見た時から私の心を捕らえて離さなかったのです。
そして、もう1本、濃い藍色に銀糸を編み込んだ組紐です。
2人でお揃いにしたい!
私は、こっそりとメイドに頼んで2本の組紐を買いに行ってもらいました。
もちろん、金と朱色の組紐はプレゼント用に美しくラッピングしてもらうように頼む事も忘れませんでした。
リオネル様に渡す時の事を考えると自然に笑顔になってしまいます。
「喜んでもらえるかしら…」
夜の晩餐の後、いつもの様にリオネル様が私を部屋まで送って下さいました。
私はそのときがチャンスとばかりにリオネル様をお茶にお誘いしました。
「シルビア、今日のマーケットは楽しみましたか?」
「はい、とても珍しい物ばかりでびっくりしました。リオは何か買われましたか?」
「そうですね、いくつか国に土産を買いました。シルビアは何か買いましたか?」
「あの…ちょっと待ってくださいね」
私は席を立って鏡台に行き、引き出しの中にしまっていたリオネル様へのプレゼントを取り出しました。
箱は2つ、私と、リオネル様の分です。
「リオ、これを…」
「私に?」
「あの、東方にある国の組紐という物だそうです、リオはいつも髪をまとめていらっしゃるから…使っていただけたら嬉しいな、なんて…」
「開けても良いですか?」
「はい」
リオネル様は丁寧にリボンを解き、そっと蓋を開けました。
中から組紐を取り出して、
「これは、美しいですね、どうですか?似合いますか?」
手に取った組紐を髪にあてて、どう?と笑顔のリオネル様はとっても嬉しそうです。
「とても良くお似合いです。あの…それでですね…私も買ったんです。あの…これ…」
そう言って私の組紐もリオネル様にお見せしました。
「お揃いですね、こちらもとても美しい、シルビアの髪にとても良く似合っている」
そう言いながら私の組紐を箱から出して、私の髪にあてて下さいました。
自然に顔が赤くなります。
「そうだ、明日の夜会に2人でこれをつけませんか?」
「いいんですか?」
「勿論です」
そうして私達はお揃いの組紐をつけて明日の夜会に出る事が決まりました。
ベリアル王国最後の夜
夜会会場はきらびやかに飾られて、美しい夜会ドレスに身を包んだ淑女達が金魚のようにひらひらと会場の中を泳いでいます。
夜会服を着た紳士と腕を組んでニコニコと微笑みあって話に花を咲かせています。
賓客と言う事で私とリオネル様は最後に入場しました。
会場に入ると早速大勢の人に囲まれました。
目ざとい夫人が私とリオネル様の付けている組紐の事を褒めて下さいました。
とても嬉しいです。
「お兄様」
エトワール様が旦那様と腕を組んでこちらにいらっしゃいました。
王女殿下の訪れにさっと道が開きます。
「こんばんは、シルビア様」
「こんばんは、エトワール様、昨日はありがとうございました。」
「こちらこそ、子供達とたくさん遊んでくれてありがとう」
「いえ、こちらこそとても楽しかったです」
「はじめまして、エトワールの夫、マイケル=ワイオミングです」
「はじめまして、シルビアリリィ=ノースウッドと申します」
「やぁ、ワイオミング殿こんばんは」
「お久しぶりですね殿下、この度はおめでとうございます。可愛らしい婚約者を見つけられましたね。エトワールもずっと心配していましたから、本当に良かったです」
「もう!言わなくてもいいわよ、あなた」
恥ずかしそうにエトワール様が旦那様の腕を引っ張りました。
とても仲の良いご夫婦で羨ましいです。
私もいつかこんな風にリオネル様と…
ベリアル王国での1週間は今まで私が感じた事のない感情の連続でした。
リオネル様とエトワール様やリデル殿下の兄弟のような関係を羨ましく思ったり、エトワール様が子供達に見せる母性に憧れたり、エトワール様とワイオミング様の夫婦関係を微笑ましく思ったり、今までにこんなにたくさんの『温かい想い』に触れたことはありませんでした。
リオネル様と一緒にいれば私もこの温かい関係の仲間に入れるのかな…
入りたいな…
私も…
今まで諦める事ばかりだった私は、こんなに求める気持ちがある事を知りませんでした。
隣のリオネル様をそっと見上げます。
目が合うと、ニッコリと微笑んで下さいます。
胸の中がポカポカして、嬉しい気持ちが溢れます。
明日はいよいよトルティア帝国に出発です。
『期待』と『不安』
私が思考の海に沈んでいると、隣に立っていたリオネル様にギュッと手を握られました。
もう一度見上げると、
「シルビア、疲れましたか?」
そう言って、私を心配そうに見つめる目と、目が合いました。
私は
「いえ、大丈夫です」
そう言ってリオネル様にニッコリと微笑みました。
この方が隣にいてくれたらきっと大丈夫
そんな強い思いが、胸の中いっぱいに広がりました。
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