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⑵婚約白紙とエメラルダのその後

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それからも ノートン侯爵家で開かれるお茶会には 必ずと言っていいほどサファイヤも参加していた。

勿論、シーガル侯爵家で開くお茶会にも 姉妹で来るようにと 2人を招待した。

私は 可愛らしいサファイヤが参加すると、話も弾んで嬉しいのだが、エメラルダは あまり良く思っていない様だった。

サファイヤがやって来ると、エメラルダは途端に言葉数が減ってしまうのだ。

私は何故 エメラルダがこんなにも サファイヤの事を嫌うのか、理解出来なかった。

それに引き換え、サファイヤは話題も多く、甘える様なその話し方も可愛らしく、私の隣に座って、時々 私の手や腕を取って、とても 楽しそうに笑うのだ。

正直、私の気持ちは かなりサファイヤに傾いている。

だが、私の婚約者はエメラルダだ。

私は必死でサファイヤに対する気持を抑えていた。

しかし、ある日、エメラルダがサファイヤを叱責しているのを見てしまったのだ。

「どうして、いつも いつも私とアクオス様のお茶会にやって来るの?あなたは、学習の時間でしょう?毎回 毎回 先生方をお待たせして、あまりにも失礼でしょう。」

「酷いわ!お姉様。いつも いつも私に先生か来る日を狙ってアクオス様を招待しているのを知っているのよ!アクオス様は将来私のお兄様になるのだもの、仲良くしたって良いでしょう?どうして そんな 意地悪をするの?」

「お兄様ならダイヤ兄様がいるでしょう?実の兄には全く関心を見せないで、姉の婚約者に構うなんて、みっともないとは思わないの?しかも、兄では無くて、まるで恋人気取りで、彼の隣に座るなんて、あなたは又、私から大切なものを奪うつもりなの?アクオス様は私の婚約者よ。婚約者として交流する為、わざわざ こちらにいらして下さっているのよ。あなたが交流しても 仕方が無いでしょう!」

「そんな 言い方しなくても···」

サファイヤの瞳に見る見るうちに涙が溢れてくるのが見えた。

私は、たまらず 2人の間に割って入った。

「エメラルダ、そんなきつい言い方しなくてもいいだろう。サファイヤが可哀想じゃないか。前にも言っただろう。私は気にしていない。むしろ 私を楽しませようと いつも一生懸命なサファイヤを可愛いと思っている。あまり、彼女を責めないでやってくれないか?」

「アクオス様は いつから サファイヤを呼び捨てするようになりましたの?」

冷え切った瞳を 私に向けて話す エメラルダの指摘に 思わず動揺してしまう。

確かに、妹になるとは言え、今はまだ 婚約者の妹というだけの関係だ。

彼女の事は サファイヤ様と呼ぶべきだった。

私が 気まずそうにしていると、エメラルダは 仕方が無いというようにため息を一つ吐いて言った。

「アクオス様···わかりました、アクオス様のよろしいようになさって下さい。」

私はいつまでも泣いているサファイヤが可哀想で、エメラルダの気持ちも考えず、そのまま サファイヤに向かい、彼女をなぐさめた。

勿論、今度は様づけで···

「さぁ、サファイヤ様、もう泣かないで、そんなに泣くと 瞳が溶けてしまいますよ。」

そう言いながら、持っていたハンカチでサファイヤの目元をそっと押さえてやる。

まるで、幼子のように 素直に涙を拭かれているサファイヤを愛しく思う。

「私は、先に戻っています。」

この時、エメラルダの 何もかも諦めたような表情を見ていれば、私は間違った選択をする事は無かったのだろうか?

でも、この時の私は サファイヤの涙を拭くのに夢中で、エメラルダの事など 全く見ていなかったのだ。

「あぁ、私も後から サファイヤ様と戻るよ。」

この時、私はもう サファイヤしか目に入らなくなっていたのだ。

この行為が、婚約者であるエメラルダをないがしろにする行いだと言う事に気づきもしながったのだ。

それどころか、私はもう サファイヤに傾いてゆく心を抑えられなくなっていた。




その日は、2人を我が家のお茶会に招いていた。

この頃の私は もう サファイヤの事しか見ていなかった。

エメラルダを招待しながら、ついでのように サファイヤと一緒にぜひ、などと招待状を出していたが、どちらか主役かなんて、言わずとも知れている。

私は、エメラルダを差し置いて、サファイヤの隣に座り、サファイヤとばかり話していた。

「少し 歩かないか?自慢の庭園を案内するよ。」

そう言って サファイヤの手を取る。

庭木の影でエメラルダに隠れて、サファイヤとキスをする。

夜会では、エメラルダをエスコートして会場に入り、義理を果たす様にファーストダンスをエメラルダと踊った後は ずっとサファイヤをエスコートしていた。

やがて、婚約者であるエメラルダをないがしろにして、その妹に熱を上げていると 噂が広がり、父上の耳にも入ってしまい、説教された。

私はとうとう 我慢できずに、勇気を出して、エメラルダでは無く、サファイヤと結婚したいと、父上に告白した。

私の気持ちが スッカリ、サファイヤに移ってしまっている事、既に 社交界中に 私とサファイヤの噂が広がっている事、学園では 
「真実の愛」
「愛する2人の邪魔をする姉」
などという 良くない噂まで出始めている。

だが、私はエメラルダの気持を 気遣う事もせず、
「結ばれない2人の愛」
に、まるで恋愛小説の 悲劇の主人公の様に サファイヤとの恋に酔いしれていた。

私とサファイヤの噂が社交界に急速に広がって行き、外聞が悪いと考えた末、両家で話し合いがもたれ、私の婚約者はエメラルダから サファイヤに変更された。

嬉しかった。

エメラルダには悪い事をしたと思うが、サファイヤを思いながらエメラルダと結婚するなんて、私には出来なかったのだ。

幸い、エメラルダの婚約白紙を聞いた隣国から留学していた、王子が エメラルダに求婚し、エメラルダもそれを受け入れた為、王子はすぐに留学を取りやめ、エメラルダを速攻で自国へ連れ帰る事になった。

エメラルダと顔を会わせないで済むようになって、私はホッとした。

やはり!罪悪感は拭えないから···

そうして、私は改めて、サファイヤの婚約者となり、学園の卒業を待って、彼女と結婚する事になった。

サファイヤの卒業まで 後 2年。

とても、待ち遠しい···



エメラルダも王子と共に、まずは、留学という形で、隣国へ旅立った。

エメラルダが隣国に立つ前、私はエメラルダに最後の挨拶をしようと、ノートン侯爵家を訪れていた。

サファイヤはまだ 学園から戻っていないようで、私はエメラルダと2人で応接室でお茶を飲んでいた。

「エメラルダ、すまなかった、私の心変わりのせいで、君をノートン侯爵家から追い出すような事になってしまって、本当に すまなかった。許して欲しい」

「気にしていませんわ。こうなる予感はしていましたから···」

お茶に砂糖を一匙入れて、ゆっくりとスプーンをかき回す。

相変わらず 彼女はとても美しい。姿も、所作も···

そんな エメラルダから目が離せなくなる。

一口お茶を口にして、彼女がゆっくりと話し出す。

「サファイヤは小さな頃から愛らしくて、父も、母も、兄も 随分あの子を甘やかしてしまいましたわ。私の物を何でも欲しがって、ブローチ、リボン、カチューシャ、髪飾り、ドレス、ぬいぐるみ、ペット、友人、とうとう婚約者まで とられてしまいました。」

「エメラルダ!そんな言い方!」

エメラルダの言い方にかっとして、つい 大きな声が出てしまった。

婚約白紙の話し合いをした時は、こちらが拍子抜けするくらい、あっさりとうなづいてくれたのに。今更 嫌味を言うなんて、なんて 嫌な奴なんだ。


「アクオス様、私がいなくなれば あなたにも私の言っている言葉の意味が わかるでしょう。私は明日 隣国へ向かいます。もう、こちらに戻るつもりはありません。やっと サファイヤから逃げられるのですもの。アクオス様にはある意味、感謝しておりますわ。婚約白紙にしていただいたおかげで 私も素敵な方を見つけましたから、どうか あなたもお幸せに。サファイヤの心を繋ぎ止める事は とても大変だとは思いますが、まぁ『真実の愛』だそうですから 頑張って下さいな。それでは、ごきげんよう。」

エメラルダは 最後にとても美しいカーテシーをして、応接室から出ていった。

もうこれで、彼女と会う事はほとんど無くなるだろう。

次にもし、彼女と会うとしたら、2年後の私達の結婚式の時だろうか···

将来の事を考えて、ニヤける私を、ノートン侯爵家の執事が玄関まで見送ってくれた。

サファイヤとの未来を夢見て、この時の私は まだ とても幸せだった。

まさか、この後、エメラルダの残した 言葉の意味を 思い知らされるとも思わずに···








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