メイストームのあとは飛行機雲

松山あき

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積乱雲の向こうは夏空

25《志摩視点》

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 無事に一つも単位を落とさず進級した志摩は、プレゼミ中の苦い記憶はあったものの機体素材ゼミを選んだ。
 先輩たちには熱烈に歓迎された後に、案の定若林 寛太の監視役に任命されてしまった。

「おはよう、枇々木くん。若林ならPC室に行ったよ。」

 荷物や資料を取りにゼミ室に寄るだけでもこれだ。
 プレゼミのときと違い寛太から指導を受けているわけでもないのだが、目の下に徹夜しましたと言わんばかりに隈を作っている女の先輩に食って掛かるほど志摩も鬼ではない。
 
「おはようございます。珍しいですね、先輩のパソコンいい演算ソフト入ってませんでした?」
「まあ四年生は色々とあるんだよ。」

 含みのある言い方をする先輩に疑問は持ちつつも、志摩も次の講義がある。
 昨日置いたままにしてしまった本を取りに来ただけだったので深くは追及せず、「先輩も今日は寝てくださいね」と残して部屋をあとにした。

 次は講義棟か。毎日暑い日が続くせいか、この地味な距離が辛い。
 東門近くにある講義棟に行くにはこの時間日陰もなく、五限前とはいえ炎天下を歩かなくてはいけない。

 ダルさで猫背になりそうな志摩に声をかけたのは、この学部では珍しい筋骨隆々とした男子学部生だった。

「あーいたいた。飼育員、若林がさっき購買でぶつぶつ言いながら徘徊してたぞ。」

 見知らぬ先輩にまで寛太の飼育員扱いされている。
 現状を嘆きたい気持ちはあっても、結局様子を見に行ってしまう自分が悪いので先輩に挨拶をして別れてから盛大にため息をついた。

 寛太は自分がオメガだと喧伝しているわけでもないが、自衛のチョーカーは外さない。
 そのせいで物珍しげに見たり、あるいは露骨に冷たい視線を向ける人間も多い。
 だが元々探究心旺盛な学生が多いせいか、好奇心と探究心をエネルギーに動き回る寛太に好意的な人間も多い。
 ゼミの先輩たちはその筆頭で、寛太のああいった性質に助けられている人も多いのだ。
 
 寛太も寛太で、小言は言いつつも話をよく聞く志摩に懐いていて、顔を合わせる度に色々な発見を教えてくれる。
 そのせいでますます放っておけないという、正だか負だか分からないスパイラルを志摩はこの数ヶ月繰り返してた。

 そういえばボールペンのインクが切れそうだった、と思い出して、志摩は仕方なく講義棟のさらに向こうの購買に寄ってから講義に向かうことにする。

 購買のある棟の一階には大きな食堂がある。ランチ時しか食事提供は行われないが、情報交換の場として、息抜きの場として遅くまで人が多いところだ。

 珍しくその片隅に寛太がいるのが目に入る。うつむいたその姿が気になって、時間も気がかりだが声をかけることにした。

「先輩、珍しいですね。」
「ああ、枇々木くん。おはよう。」

 穏やかな笑顔は変わらないが、そこにいつか見た影がかかっているのを察して、志摩はその向かいに腰を下ろした。
 
 寛太と一緒にいるようになって一番良かったのは、枇々木の名前に群がるハエよりうざったい傲慢な人間が近寄ってこなくなったことだ。
 ああいう人間は非常に優れた人でも、オメガというだけで忌避する。
 
 おかげでそれなりに謙虚で熱心な友達も増えた。今日の講義のノートくらい事情を話せば写させてくれるだろう。

「先輩、なんか悩んでます?」
「…………悩みっていうか、うん。」

 やっぱりいつものエネルギーがない。不摂生というよりは心の問題だろう。
 いつもキラキラと何かを探している寛太はなりを潜めていた。
 志摩もポジティブだったり陽気なタイプではないため、それをしつこく暴くような真似はせず、正対していた身体を90度回転させて寛太から言葉が出てくるのを待つ。

 こういうとき、自分だったら見られていたら落ち着かない。何も言わないかもしれないが、せめて少しだけでも居心地をよくしたかった。

 それが功を奏したのか、やがて「あのね。」と消え入りそうな声が志摩の耳に届く。
 
「…………就活、終わったんだ。」
「それは……お疲れ様、です?」

 寛太がこんな時期まで就活が終わらないのは意外だったが、それにしたって妙だと志摩もワンテンポ反応が遅れてしまった。
 困ったように笑う寛太は誰がどう見ても無理をしていて志摩の胸をざわつかせる。
 
「うん。……ダメだった。全部、落ちたんだ。」

 声を上げるのも忘れるほどの衝撃だった。
 寛太は大学卒業するには非効率なくらい広範囲の知識を自分の血肉にしていて、そのおかげでいろいろなアイディアを呼吸をするように出すような人だ。
 しかも複数の産官学連携プロジェクトにも顔を連ねている。採用しないなんてもったいない。

 それでも、それが事実だと寛太の表情が伝えている。疑問を挟む余地はなさそうだ。

「ひ、HIBIKIは受けなかったんですか?」

 自分もそこの一員になるであろう実家の宇宙開発部門は、今優秀な人間を求めているはずだ。それも大量に。

「冬のうちにお祈りメールをもらったよ。」

 なぜだか自分のことのように悔しさが込み上げてうつむいた。
 手を強く握りしめ、全身に力が入っているせいか慰めの言葉さえ出てこない。
 なぜこの人を選ばないのか、志摩にはその理由が思い浮かばず奥歯をぐっと噛み締める。

「まあ、僕はオメガだしね。難しいのは分かってたけど、それでももう道がないのは寂しいなあ。」

 声が震えている。泣いているのだろうか。
 志摩は寛太の顔を見ることができなかった。
 この一所懸命な人が報われないのが信じられなくて、顔を見てしまえばそういう現実があるのだと思い知ってしまいそうで怖かった。

 寛太が抱える悲しみが志摩の身体にも迫ってくるようで、できることは何かないかと無意識に、必死になって脳の引き出しをどんどん開けていく。

「先輩、今日はちゃんと寝てください。それで……明日一緒に飲みに行きましょうよ。俺、この前ハタチになったんです。」
「…………僕、お酒飲んだことないなあ。」
「約束です。絶対明日来てくださいよ。」

 志摩は寛太の答えを聞かず、ざわつく食堂をあとにした。

 これから志摩がやろうとしているのはチートだ。あまり使いたくないし、おおっぴらにしたくもない。
 人気が無い場所を探してスマホを取り出した。

「もしもし、父さんですか?ええ、志摩です。」

 電話の先は父親だった。国内外忙しく飛び回っている父とは親子として顔を合わせた記憶はほとんどなく、親戚のおじさんに近い感覚がある。
 
「……はい。おかげさまで大学は順調ですよ。それより聞きたいことがあります。」

 数分の後、電話を切る頃には志摩の手は汗でびしょびしょになっていた。
 父は今夜にでも時間を作ると言ってくれた。きっとその時がヤマ場だろうと、一息ついてから家路を急ぐ。
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