メイストームのあとは飛行機雲

松山あき

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メイストームのあとは飛行機雲

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 ゴールデンウィークが明けて、大半の生徒がブレザーを持参しなくなってからも結局翼の異変はそのままだった。
 こうなればもう異変ではなく日常になりつつある。

 クラスメイトも翼のことを昴希の後をついていくヒヨコか何かだと思いはじめ、担任にまで「次は授業中に教科書開かせてくれ。」と言われた。
 昴希は親鳥ではないんだけど、とため息をつくしかない。

 その頃にはもう中間テストが間近に迫っていた。
 2年A組ではすっかりおなじみになった直前の朝勉強会は、テスト一週間前には誰が声をかけるでもなく始まっていく。

「なおちん、そこ違う。」
「あー、本当だ。ありがとう。」

 翼が腕を伸ばして直人に言う。なぜか特に必要もなさそうなのに彼は勉強会の輪にいた。
 クラスメイトで開催していると知ると、次の日から翼は眠そうな目を擦って参加しだした。とは言っても相変わらず昴希の近くにいて色々眺めているだけだが。

 昴希と過ごすことが多い直人とは自然と喋るようになり、今や変なあだ名で呼んでいた。それに翼から声をかけることも増えてきている。
 まだ翼に反感を持っている人もいるが、何となく昴希の周りには受け入れられつつあった。

「なあ翼、ここの選択肢合ってる?」
「…………こっち。」
「え、何で?」
「…………正解だから?」

 頭のいい翼が加わることで勉強会がさらに良いものになると期待した同級生もいたが、翼は教えるのはあまり向いていない。

「諦めろ。天才に俺たちの気持ちはわからん。」
「そうだよなあ。なら……よし、翼今回は勝負しよう。俺らのうち誰かがお前に勝てればこっちの勝ちだ。」
「それ昴希か直人じゃん。絶対お前じゃないって。」

 朝から明るい笑い声が響いている。
 少し前には考えられない光景ではあるが、時々その中にいるはずの翼が一番不思議そうな顔をするときがある。
 はじめて会う大人からお菓子をもらう子どもみたいな、ためらいとうれしさがにじむような。
 
 だが、これはこれで良いことだろうと昴希も自分の勉強に集中した。

 これまで死に物狂いで学年首席をキープしてきた昴希ではあるが、今回は気を抜くと翼か直人に持っていかれそうなのでさらに必死になっている。
 それも少し楽しめるようになっているのだから、昴希も少し余裕を持てているのかもしれない。

 もう一つ変わったことがあるとすると、千彰が放課後になると毎日昴希を迎えに来るようになったことだ。

「昴希くん、お疲れ様。」
「千彰もお疲れ。……今日も美術室?」
「うん、今日は智もいるよ。……ああ、ゴリラとモジャはお呼びじゃねーから。」

 後ろに二人の姿を認めると、千彰は声色を変えて牽制する。
 日に日に千彰の口が悪くなるので、こういう時だけでも距離を置いてほしいと昴希は思っていた。
 
 恨みがましい視線を寄越す昴希の様子に、翼は少し黙ってからその肩を抱き寄せた。
 驚いてすぐに引き剥がす昴希だが、千彰の方は顔面蒼白だ。

「いやー!!僕の昴希くんがーー!!」

 叫び声がこだまするが、原因を作った翼は全く表情を変えない。

「あんま千彰のことからかうなよ。」
「……なんかつい。」

「昴希くん、大丈夫?汚れついたよね?匂いは?」と半分パニックになった千彰に抱きつかれたまま翼をたしなめるが、全く反省の色が見えない。
 仕方ないと諦めのため息をつくと、昴希は千彰に引きずられるように美術室へ連れて行かれた。

 その姿を追いかけようとした翼を止めたのは直人だった。

「お前はこっち。」
 
 親猫がそうするように後ろから襟をがっしりつかむと、そのまま形成されつつある勉強会の輪に強制連行する。
 
 直人から見て翼の言動は脅威だ。この野生の勘が妙に働く男がいつ確信を持つかわからないと、友情を育む傍らで注視もしていた。

「いいじゃん。行ったって。」
「ダメだダメだ。」

 拗ねるように黙り込む翼の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、それに、とその耳に唇を寄せる。

「昴希、いきなり距離詰められるの好きじゃないから、今はこれくらいでキープしたほうがいいぞ。」

 それは半分本当で、半分は打算だった。
 このまま距離が近づかなければきっと決定打は掴めないんじゃないかと。

 だが他人の算盤の上で転がるような翼ではない。
 すんっと鼻を鳴らしてから少し間を置いて口を開く。
 
「いや、オレとこーちゃんはすぐに仲良くなれるよ。オレの鼻がそう言ってる。」
「そうかよ……。」

 元々予測できる人間ではないが、それでも想定の斜め上をいく翼に、「俺もお前と仲良くしてたいよ。」と直人は心の中で思った。
 もし秘密を暴いてしまったら、そのとき直人は翼と友達でいられないだろう、そんな予感がしていた。
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