17 / 91
メイストームのあとは飛行機雲
16
しおりを挟む
「ともーー。きいてーー。」
昴希を決して離さないようガッチリと腕に絡みついた千彰は、勢いよく扉を開けると中にいた智に泣きついた。
美術室に入ったからといって油断はできないのか解放する気配はない。
「千彰……?なんか昴希が痛そうだよ。」
「もー、モジャ男が最低なんだけど。」
智の声はスルーして先ほどあった出来事を言って聞かせる。千彰の勢いもあってか、自然と勉強していた智の手も止まった。
智は途中で遮ることも共感の相槌をいれるわけでもなく、頷きながらひと通り聞いていく。千彰が吐き出しきると、まずは昴希の方に視線を向けた。
「大丈夫?」
短い言葉で心配だと告げる智に昴希は頷いてみせた。
それでも表情が和らがない智と千彰に最近の出来事を思い出しながら口を開く。
「いや、もう正直慣れたっていうか……。アレで案外悪いやつじゃないんだよ。」
ついつい遠い目になる昴希の言葉に、安心したように息を吐く智と、対照的に千彰は頬を膨らませたままだ。
こういう素直さがかわいいし、少しだけ羨ましいと感じる時が昴希にもある。こんなふうに振る舞えれば何か変わっていたのかなと。
「千彰もびっくりしたんだね、大丈夫。」
慰めるように優しく声をかける智を見て、それに続くように昴希も千彰に笑いかける。自由な方の手でそっと千彰の髪を撫でた。
「大丈夫だよ千彰。俺は全然取られてないし、減ってないだろ?」
ほんの少し安心したのか、ゆっくりと腕を解いて昴希から離れる千彰。もう一度サラサラとした髪を撫でると、いつもの花のような笑顔を見せた。
それから千彰は、ほんの少しだけ涙が出た目元をハンカチで拭いながら「トイレ行ってくる。」と立ち上がる。
「一人で?防犯ブザーは?」
出会いが出会いだっただけに、千彰が一人になることに対して昴希は少し慎重になってしまう。
しかも今の千彰はうるっとした瞳がかなり庇護欲をそそる感じになっていて危険だ。
智もハラハラと視線を送って立ち上がるが、それを千彰が断った。
「すぐそこのトイレだから大丈夫。」
パタパタと早歩きのような歩調で一旦美術室を出ると、昴希と智はふたりきりになった。
口数が少ない智とはあまり会話はしたことはないが、智の優しい雰囲気のためか黙っていても特に苦しいとは感じない。
千彰の足音が遠くなった頃、少し考え込む智が弱くも澄んだ声で昴希に話しかける。
「直人から聞いた時から思ってたんだけど、もしかして“そう”なのかなって。」
「そう……?」
「うん。運命の番。昴希のこと、すぐわかったって。」
そこまで聞いて智が翼のことを話しているのだとようやく理解した。わかった、というのは初日にオメガだと言い当てられたことを言うのだろう。
そうだとしても、昴希の認識とは少しズレていた。
「違うと思う。会った瞬間わかるものだって聞いたけど、俺はそんな感じしなかったし。」
ドラマや小説で誇張されている話も含まれているだろうけれど、いわく電気が走るような衝撃、いわくひと目で恋に落ちる、――いわく、目が合った瞬間ヒートが来てしまう。
どれもこれも昴希の感覚からは離れていた。
はじめは翼のことがとにかく怖かった。肉食獣に睨まれる獲物のような気分にさえなった。
それは千彰もそうだったと言っていたし、ヒートは今回も周期通りに来そうだ。
そして何より翼にもそんな素振りはない。
そもそも自分が性格的にオメガとしての適性が低いことを自覚している昴希は、運命の相手以前にパートナーと幸せになる自分がイマイチ想像できない。
「智は、直人とそうだって思うときあった?」
「え、オレ……?」
運命といえば直人と智の方だろうと思い何気なく聞いた昴希だったが、それだけで智の真っ白な肌が少しだけ赤くなった。
それでも何か言おうと、照れながらも真剣な表情で口を開く。
「……気づいたらオレには直人しかいなかったし、今もこの先一緒にいるのは直人だって思ってるよ。」
意図したわけではないが昴希はつい口元が緩んでしまう。そんな昴希を智が睨みつけるも、照れてるせいもあり迫力がない。
ふと眉間の力が抜けたかと思うと、智は少し迷う素振りを見せてから昴希をまっすぐに見つめた。
「もし、本当にそうだったら……。」
智が何かを言いかけたところで軽い音を立てて美術室の扉が開いた。
先ほど見た姿よりもさっぱりた千彰が帰ってきて、二人して露骨にほっとした。
「何の話してたの?」
「智に直人のこと聞いてただけだよ。」
「ああ、ゴリラの。」
まだ頬に赤みが残る智を見て千彰は何かを察したらしく、昴希と同じようにニヤけた。
二人分の視線を受けていたたまれなくなっている智にさすがに申し訳なくなり、勉強に戻ろうかと昴希は支度をはじめる。
そんな雰囲気を察しつつ、千彰は少しだけ遠くを見つめるような表情になる。
「智も素敵って思うけど、僕はこの先昴希くん以上の運命はいらないかな。」
いつになく真剣なその表情に昴希は目を奪われる。
恋人と運命だと言いつつもどこか諦めを滲ませる瞳を見つめながら、それに対して何を言ったらいいかわからないまま二人と勉強をはじめるしかなかった。
昴希を決して離さないようガッチリと腕に絡みついた千彰は、勢いよく扉を開けると中にいた智に泣きついた。
美術室に入ったからといって油断はできないのか解放する気配はない。
「千彰……?なんか昴希が痛そうだよ。」
「もー、モジャ男が最低なんだけど。」
智の声はスルーして先ほどあった出来事を言って聞かせる。千彰の勢いもあってか、自然と勉強していた智の手も止まった。
智は途中で遮ることも共感の相槌をいれるわけでもなく、頷きながらひと通り聞いていく。千彰が吐き出しきると、まずは昴希の方に視線を向けた。
「大丈夫?」
短い言葉で心配だと告げる智に昴希は頷いてみせた。
それでも表情が和らがない智と千彰に最近の出来事を思い出しながら口を開く。
「いや、もう正直慣れたっていうか……。アレで案外悪いやつじゃないんだよ。」
ついつい遠い目になる昴希の言葉に、安心したように息を吐く智と、対照的に千彰は頬を膨らませたままだ。
こういう素直さがかわいいし、少しだけ羨ましいと感じる時が昴希にもある。こんなふうに振る舞えれば何か変わっていたのかなと。
「千彰もびっくりしたんだね、大丈夫。」
慰めるように優しく声をかける智を見て、それに続くように昴希も千彰に笑いかける。自由な方の手でそっと千彰の髪を撫でた。
「大丈夫だよ千彰。俺は全然取られてないし、減ってないだろ?」
ほんの少し安心したのか、ゆっくりと腕を解いて昴希から離れる千彰。もう一度サラサラとした髪を撫でると、いつもの花のような笑顔を見せた。
それから千彰は、ほんの少しだけ涙が出た目元をハンカチで拭いながら「トイレ行ってくる。」と立ち上がる。
「一人で?防犯ブザーは?」
出会いが出会いだっただけに、千彰が一人になることに対して昴希は少し慎重になってしまう。
しかも今の千彰はうるっとした瞳がかなり庇護欲をそそる感じになっていて危険だ。
智もハラハラと視線を送って立ち上がるが、それを千彰が断った。
「すぐそこのトイレだから大丈夫。」
パタパタと早歩きのような歩調で一旦美術室を出ると、昴希と智はふたりきりになった。
口数が少ない智とはあまり会話はしたことはないが、智の優しい雰囲気のためか黙っていても特に苦しいとは感じない。
千彰の足音が遠くなった頃、少し考え込む智が弱くも澄んだ声で昴希に話しかける。
「直人から聞いた時から思ってたんだけど、もしかして“そう”なのかなって。」
「そう……?」
「うん。運命の番。昴希のこと、すぐわかったって。」
そこまで聞いて智が翼のことを話しているのだとようやく理解した。わかった、というのは初日にオメガだと言い当てられたことを言うのだろう。
そうだとしても、昴希の認識とは少しズレていた。
「違うと思う。会った瞬間わかるものだって聞いたけど、俺はそんな感じしなかったし。」
ドラマや小説で誇張されている話も含まれているだろうけれど、いわく電気が走るような衝撃、いわくひと目で恋に落ちる、――いわく、目が合った瞬間ヒートが来てしまう。
どれもこれも昴希の感覚からは離れていた。
はじめは翼のことがとにかく怖かった。肉食獣に睨まれる獲物のような気分にさえなった。
それは千彰もそうだったと言っていたし、ヒートは今回も周期通りに来そうだ。
そして何より翼にもそんな素振りはない。
そもそも自分が性格的にオメガとしての適性が低いことを自覚している昴希は、運命の相手以前にパートナーと幸せになる自分がイマイチ想像できない。
「智は、直人とそうだって思うときあった?」
「え、オレ……?」
運命といえば直人と智の方だろうと思い何気なく聞いた昴希だったが、それだけで智の真っ白な肌が少しだけ赤くなった。
それでも何か言おうと、照れながらも真剣な表情で口を開く。
「……気づいたらオレには直人しかいなかったし、今もこの先一緒にいるのは直人だって思ってるよ。」
意図したわけではないが昴希はつい口元が緩んでしまう。そんな昴希を智が睨みつけるも、照れてるせいもあり迫力がない。
ふと眉間の力が抜けたかと思うと、智は少し迷う素振りを見せてから昴希をまっすぐに見つめた。
「もし、本当にそうだったら……。」
智が何かを言いかけたところで軽い音を立てて美術室の扉が開いた。
先ほど見た姿よりもさっぱりた千彰が帰ってきて、二人して露骨にほっとした。
「何の話してたの?」
「智に直人のこと聞いてただけだよ。」
「ああ、ゴリラの。」
まだ頬に赤みが残る智を見て千彰は何かを察したらしく、昴希と同じようにニヤけた。
二人分の視線を受けていたたまれなくなっている智にさすがに申し訳なくなり、勉強に戻ろうかと昴希は支度をはじめる。
そんな雰囲気を察しつつ、千彰は少しだけ遠くを見つめるような表情になる。
「智も素敵って思うけど、僕はこの先昴希くん以上の運命はいらないかな。」
いつになく真剣なその表情に昴希は目を奪われる。
恋人と運命だと言いつつもどこか諦めを滲ませる瞳を見つめながら、それに対して何を言ったらいいかわからないまま二人と勉強をはじめるしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
番じゃない僕らの恋~俺の唯一だった君~
伊織
BL
高校1年生の蓮(れん)は、成績優秀で運動神経も抜群なアルファ。
誰よりも大切に想っているのは、幼い頃からずっとそばにいた幼なじみのオメガ・陽(ひなた)だった。
初めての発情期(ヒート)──それは、蓮と陽の関係を静かに、でも確実に変えていく。
「陽が、知らない誰かに抱かれるのは嫌だ」
その言葉をきっかけに、陽は蓮だけに身体を預けるようになる。
まだ番にはなれない年齢のふたり。
触れ合えば触れ合うほど、高まる独占欲と焦燥、そして不安。
ただ一緒にいられる今を、大切に過ごしていた。
けれど、優しくあるはずのこの世界は、オメガである陽に静かな圧力を与えていく。
気づけば、陽が少しずつ遠ざかっていく。
守りたくても守りきれない。
アルファであるはずの自分の無力さに、蓮は打ちのめされていく。
番じゃない。
それでも本気で求め合った、たったひとつの恋。
これは、ひとりのアルファが、
大切なオメガを想い続ける、切なくて愛しい学園オメガバース・ラブストーリー。
至高のオメガとガラスの靴
むー
BL
幼なじみのアカリちゃんは男の子だけどオメガ。
誰よりも綺麗で勉強も運動も出来る。
そして、アカリちゃんから漂うフェロモンは誰もが惹きつけらる。
正に"至高のオメガ"
僕-ヒロ-はアルファだけど見た目は普通、勉強も普通、運動なんて普通以下。
だから周りは僕を"欠陥品のアルファ"と呼ぶ。
そんな僕をアカリちゃんはいつも「大好き」と言って僕のそばに居てくれる。
周りに群がる優秀なアルファなんかに一切目もくれない。
"欠陥品"の僕が"至高"のアカリちゃんのそばにずっと居ていいのかな…?
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】←今ココ
↓
【金の野獣と薔薇の番】
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
両片思いのI LOVE YOU
大波小波
BL
相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。
両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。
そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。
洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。
お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。
富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。
少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。
花喰らうオメガと運命の溺愛アルファ
哀木ストリーム
BL
αからの支配から逃げるには、この方法しかなかった。
Ωの辰紀は、αが苦手とする強い匂いを放つ花を、ヒートが始まる前から祖母に食べさせられていた。
そのおかげでヒート中にαに襲われることから逃れていた。
そして祖母が亡くなったある日。両親に売られてしまった祖母の形見を探しに骨董品屋に向かうと、先に祖母の形見を集めているαの有栖川竜仁と出会う。彼を騙して祖母の形見を回収しようとしていたが、彼には花の匂いが効かなかった。それどころか両親が隠したはずの首輪の鍵を持っていて、番にされてしまう。
「その花は、Ωを守る花ではない。喰らわれるのは君の方だよ」
花の中毒症状から救おうと手を差し伸べる竜仁。
彼は、祖母を苦しめたαの孫だと知りーー。
11月から更新します。
金曜日の少年~「仕方ないよね。僕は、オメガなんだもの」虐げられた駿は、わがまま御曹司アルファの伊織に振り回されるうちに変わってゆく~
大波小波
BL
貧しい家庭に育ち、さらに第二性がオメガである御影 駿(みかげ しゅん)は、スクールカーストの底辺にいた。
そんな駿は、思いきって憧れの生徒会書記・篠崎(しのざき)にラブレターを書く。
だが、ちょっとした行き違いで、その手紙は生徒会長・天宮司 伊織(てんぐうじ いおり)の手に渡ってしまった。
駿に興味を持った伊織は、彼を新しい玩具にしようと、従者『金曜日の少年』に任命するが、そのことによってお互いは少しずつ変わってゆく。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる