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田舎の幹線道路を車で走っていると、家々の間から緑が見えて、それだけで帰ってきたのだと実感する。
後部座席の窓から見える景色は柳沢 智がこの街を出た頃とあまり変わっていないように見えた。
高校生になるのと同時に遠方の学校に通うことになり寮生活をしている智だが、今は夏休みを利用して地元に戻ってきていた。
セミの鳴き声もあの頃と相変わらずうるさいが、エアコンがよく効いた車内ではBGMにしかならない。
「智、暑かったり寒かったりしないか?」
窓の外をぼんやり眺めていた智の顔を覗き込むように、隣に座っていた恋人の笹平 直人が話しかけてきた。
もちろん直人は智と同じ学校に通っていて、一緒に帰省してきた。
直人の問いかけに一つ頷けば、安心させようと自分より幾分大きく骨張った手をしっかりと握る。
「おばさんとは体感温度が一緒なのかな。ちょうどいいよ」
「そうよ、暑いのはアンタだけだよ。ほんと身体ばっか大きくなっちゃって」
運転席で直人にそう文句を言うのは直人の母親で、裏も表もほとんど変わらないその人のことを智はとても慕っていた。
何せ見た目も中身も恋人とそっくりなのだ。
「んなこと言っても母ちゃん、智だって退院したばっかなんだから」
「病気じゃないんだから、そんな慌てるんじゃないよ。どーんと構えてな」
愛に溢れた遠慮のないやり取りも二年前から何も変わっていない。
それに安堵して、智はもう一度恋人の横顔を見あげた。
大きな身体、骨太で筋肉質な体つきの恋人は、能力が高いと言われるアルファだ。
人が男女の他に持つ三つの性別の中で、体格や知力、あらゆる能力に恵まれていると言われる。
直人はアルファの中でも優秀なようで、成績も運動神経も抜群にいい。
そして智は男でありながら子どもを産むことができるオメガだ。
おおよそ三ヶ月に一度ヒートと呼ばれる時期にアルファを性的に惑わすフェロモンを出してしまう。
つい昨日までヒートだった智も、直人と一つ屋根の下では生活できないため病院にいた。
直人の母が言うように病気ではなく、体質での入院だったから心配するようなことは何もない。
「大丈夫。調子すごくいいから」
当の本人である智がそう言ってもまだ心配そうな直人は、母親譲りの世話焼き体質ではあるが、智のことになると過保護になりがちなところがある。
「今年入ってから結構元気なの、知ってるでしょ?」
直人と二人で遠方の学校に通いだして一年と少し経った。
元々身体が弱かった智は環境の変化に中々順応できず昨年度は休みがちだったが、徐々に体力がついてきたのか今年度はほとんど休まずに学校に通えていた。
それを直人に伝えると、まだ顔は納得していないようではあったが、先に車が目的地に着いてしまった。
区画整理された住宅街の一角に直人の家は建っている。二階建ての少し大きな家には三人が乗っていた軽自動車の他、ファミリータイプのコンパクトカーが置かれていた。
仕事が忙しそうな直人の父も今日は家にいるようだ。
後部座席のさらに後ろのスペースに積んだ荷物を持とうとした智から自然と直人がそれを取り上げる。
「智はこっち」
小さな薬の袋だけを渡していく優しさが嬉しくもあり、少し申し訳なく感じていた。
直人のあとに続いて玄関をくぐれば、元気な子どもの「智にい帰ってきた」と喜ぶ声が耳にはいる。
きっと直人の弟、明人だろう。
小学生の明人は夏休みなのに遊びにも行かずに家にいるようだ。
「おじゃまします」
遠慮がちに言う智に直人とその母が振り返る。
直人は空いた手で優しく、ぐしゃぐしゃっと智の髪を撫でた。
直人の母もにっこりと笑顔をこちらに向けて一つ頷いた。
「智ちゃん、ここは智ちゃんの家なんだから“ただいま”よ」
「うん。……ただいま」
気恥ずかしそうな智に、直人もその母も頷いて「おかえり」と迎えてくれた。
笹平家が智の帰る家となって二年が経った。
昨年の春からは学校の寮に入ったが、いつ来てもここは温かく智を迎えてくれる。
「智、部屋に荷物置いたら飯にしよう。ばあちゃんの家のスイカもあるからさ」
おいで、と言うように智の手を引く直人の手は幼い頃と変わらない優しさを持っていた。
その感触を確かめるように、しっかりと握り返して一緒に二階へと上がっていく。
夏の日差しはやはり強烈で、今年も厳しい暑さが続きそうだ。
後部座席の窓から見える景色は柳沢 智がこの街を出た頃とあまり変わっていないように見えた。
高校生になるのと同時に遠方の学校に通うことになり寮生活をしている智だが、今は夏休みを利用して地元に戻ってきていた。
セミの鳴き声もあの頃と相変わらずうるさいが、エアコンがよく効いた車内ではBGMにしかならない。
「智、暑かったり寒かったりしないか?」
窓の外をぼんやり眺めていた智の顔を覗き込むように、隣に座っていた恋人の笹平 直人が話しかけてきた。
もちろん直人は智と同じ学校に通っていて、一緒に帰省してきた。
直人の問いかけに一つ頷けば、安心させようと自分より幾分大きく骨張った手をしっかりと握る。
「おばさんとは体感温度が一緒なのかな。ちょうどいいよ」
「そうよ、暑いのはアンタだけだよ。ほんと身体ばっか大きくなっちゃって」
運転席で直人にそう文句を言うのは直人の母親で、裏も表もほとんど変わらないその人のことを智はとても慕っていた。
何せ見た目も中身も恋人とそっくりなのだ。
「んなこと言っても母ちゃん、智だって退院したばっかなんだから」
「病気じゃないんだから、そんな慌てるんじゃないよ。どーんと構えてな」
愛に溢れた遠慮のないやり取りも二年前から何も変わっていない。
それに安堵して、智はもう一度恋人の横顔を見あげた。
大きな身体、骨太で筋肉質な体つきの恋人は、能力が高いと言われるアルファだ。
人が男女の他に持つ三つの性別の中で、体格や知力、あらゆる能力に恵まれていると言われる。
直人はアルファの中でも優秀なようで、成績も運動神経も抜群にいい。
そして智は男でありながら子どもを産むことができるオメガだ。
おおよそ三ヶ月に一度ヒートと呼ばれる時期にアルファを性的に惑わすフェロモンを出してしまう。
つい昨日までヒートだった智も、直人と一つ屋根の下では生活できないため病院にいた。
直人の母が言うように病気ではなく、体質での入院だったから心配するようなことは何もない。
「大丈夫。調子すごくいいから」
当の本人である智がそう言ってもまだ心配そうな直人は、母親譲りの世話焼き体質ではあるが、智のことになると過保護になりがちなところがある。
「今年入ってから結構元気なの、知ってるでしょ?」
直人と二人で遠方の学校に通いだして一年と少し経った。
元々身体が弱かった智は環境の変化に中々順応できず昨年度は休みがちだったが、徐々に体力がついてきたのか今年度はほとんど休まずに学校に通えていた。
それを直人に伝えると、まだ顔は納得していないようではあったが、先に車が目的地に着いてしまった。
区画整理された住宅街の一角に直人の家は建っている。二階建ての少し大きな家には三人が乗っていた軽自動車の他、ファミリータイプのコンパクトカーが置かれていた。
仕事が忙しそうな直人の父も今日は家にいるようだ。
後部座席のさらに後ろのスペースに積んだ荷物を持とうとした智から自然と直人がそれを取り上げる。
「智はこっち」
小さな薬の袋だけを渡していく優しさが嬉しくもあり、少し申し訳なく感じていた。
直人のあとに続いて玄関をくぐれば、元気な子どもの「智にい帰ってきた」と喜ぶ声が耳にはいる。
きっと直人の弟、明人だろう。
小学生の明人は夏休みなのに遊びにも行かずに家にいるようだ。
「おじゃまします」
遠慮がちに言う智に直人とその母が振り返る。
直人は空いた手で優しく、ぐしゃぐしゃっと智の髪を撫でた。
直人の母もにっこりと笑顔をこちらに向けて一つ頷いた。
「智ちゃん、ここは智ちゃんの家なんだから“ただいま”よ」
「うん。……ただいま」
気恥ずかしそうな智に、直人もその母も頷いて「おかえり」と迎えてくれた。
笹平家が智の帰る家となって二年が経った。
昨年の春からは学校の寮に入ったが、いつ来てもここは温かく智を迎えてくれる。
「智、部屋に荷物置いたら飯にしよう。ばあちゃんの家のスイカもあるからさ」
おいで、と言うように智の手を引く直人の手は幼い頃と変わらない優しさを持っていた。
その感触を確かめるように、しっかりと握り返して一緒に二階へと上がっていく。
夏の日差しはやはり強烈で、今年も厳しい暑さが続きそうだ。
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