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荷物を置いたあと、直人と二人でリビングに下りていった智を出迎えたのは、直人の弟の明人だった。
「智にい、おかえり!」
「アキくん、ただいま。また少し背が伸びたかな」
小学校六年生になった明人は少し早い成長期を迎えたのか、年頃の子どもにしては少し背が高い気がした。
ゴールデンウィーク以来智も会っていなかったが、緩やかに成長しているようだ。
「ちょっとだけな。そのうち直にいより大きくなるよ」
「楽しみだね」
身長百八十五センチを超えた直人より大きくなれるかは運もあるだろうけれど、この調子ならばきっと智の身長はすぐに追い越すように思えた。
「あのね、おれね、智にいに見せたい本があるんだ」
「そうなの?」
「うん。一緒に読もう」
「こら、明人。先に飯だろ」
智を慕ってくれているらしい明人は、智の顔を見るなりその腕を引いてきて、三ヶ月分溜めていた話をしたくて仕方がない様子だ。
それを直人が注意すると、ほんの少し拗ねた様子で直人を睨んだ。
「いいじゃん。直にいは学校も一緒で、車でもいっぱい話したんだろ?」
「だから先に飯だって。智も腹減ってるんだから」
「そうだね」
空腹かと聞かれると、実際にはこの暑さと日差しのせいでそこまでではなかったが、食べ盛りの二人の胃袋を満たすほうが先に思えて直人に同意する。
渋々という様子の明人は、それでも智の腕を離さなかった。
「じゃあ、智にいおれの隣ね。この前サッカーの試合があったんだ」
おしゃべりが止まらない明人の様子と、呆れ顔の直人に挟まってダイニングテーブルに腰を下ろせば、正面にいる直人の父は智にっこりと笑ってくれた。
はっきりとした顔つきの直人やその母と比べて優しい面差しの父の遺伝子は、明人が継いだらしい。
どことなく柔らかく親しみやすい雰囲気が二人にはあった。
「智くん、おかえり。悪いね、明人が騒がしくて」
「ただいま、です」
「今日は暑いから素麺にしたよ。智ちゃんもいっぱい食べてね」
直人の母がザルいっぱいの素麺を持ってくると、両サイドの目の色が変わった。
明人のおしゃべりも食欲には勝てず、一旦中断したかと思うと「いっただきまーす」と勢いよく素麺に手を伸ばしていった。
それに続くように小さな声で「いただきます」と手を合わせると、智も箸を持って食事に手を伸ばしていった。
新しく買ってもらったという虫の本や、サッカークラブでの話、学校のこと……。様々に話題を変えながら、明人は寝る直前まで智を離さなかった。
智が頷いて聞いているだけで満足なのか、一日中目を輝かせながら隣にいた明人は子どもらしくて微笑ましい。
拙いところもあるが基本的に話し上手なのか、明人の生活の様子が想像できて、その度に智は笑みをこぼしていた。
「智にい約束だよ、明日サッカーの朝練一緒に行こうね」
「うん。七時だね。おやすみ、アキくん」
やがて夜九時もすぎるとしゃべり疲れたのか、明人はやや重そうな瞼を見せて自分の部屋に戻っていく。
標高が高いとはいえこちらでも夏の暑さは厳しい。最近のクラブ活動は朝か夕方どちらかだけになることが多いそうだ。
おかげで明日は六時という、寮にいる時より少し早めの時間に起きることになってしまった。
だが、とくに苦には感じず、どちらかというと楽しみにしていた智が振り返ると、風呂から出て部屋着姿の直人が立っていた。
「アイツやっと寝たか。一日ずーっとしゃべってたな」
「アキくんの話、楽しかったよ」
時々しか会えないが、純粋に自分を慕ってくれる明人を智は本当の弟のように感じていたし、とてもかわいいと思って接している。
だが、そんな弟に長い時間智を取られていたのが不満なようで、直人はそっと智の手を取ってぎゅっと握ってきた。
「ここからは、俺の時間だろ?」
「うん」
智の布団はいつも直人の部屋に準備されている。
二人が恋人同士であること、そして将来を誓い合った仲であることはどちらの親にも話してある。
加えて、二人がアルファとオメガに稀に現れる“運命の番”という特別なパートナーであることも、智が特別な絆で結ばれた直人の傍が一番落ち着くこともお見通しだ。
そういう気遣いが嬉しくもあり、思春期の智は気恥ずかしさも感じている。
部屋に入ると促されるままベッドに腰を下ろす。ふかふかのベッドからは爽やかで力強い――直人の匂いが漂ってきた。
「閉めても大丈夫そうか?」
「うん。電気だけで大丈夫」
こちらに確認をしてから部屋の扉を閉めると、直人は飛びつくようにして智の華奢な身体を抱きしめた。
まるで母にしがみつく子どものようで自然と愛おしさに笑みが溢れてくる。
「まったく。明人のヤツ、智に甘えすぎ」
「かわいいよね」
「可愛い子ぶってるんだよ」
だが、それも甘えだと思えば智にとっては微笑ましいだけだ。
明人よりはさすがに大人だが、同じように甘えてくる直人の少し硬い毛を撫でていると、ずっとこの温かさの中にいたい気持ちにさせられる。
部屋に流れる穏やかさにうっとりとしていると、不意に頬に唇が押し当てられた。
「来年からは明人と二人きりは禁止だからな」
「直人の弟だよ?」
「一応アイツも中学生になるし、早けりゃそろそろ精通だってくるんだぞ」
直人の言葉に月日の流れの速さを感じる。
確かに二年前の明人はもっとあどけなくて、背も小さかった。
それがもうすぐ中学生で、身体も大人に近づいていると思うと、自分も同じように年齢を重ねていることが急に他人事のように感じてしまう。
感慨に耽っている智の頰に、再び直人の唇が触れる。
遊びに誘うような軽やかさがくすぐったく、自然と肩が揺れた。
そうして笑いながらも直人が求めているものがなんとなく分かって、顔を直人の方に向けて少し首を傾ける。
嬉しそうな直人の顔が近づいてきたのでゆっくりと目を閉じる。
そうして間もなく唇同士が触れたので、もっと直人のキスを受けようと身体の向きを変えて逞しい背中に手を回した。
言葉もないままだが、直人の匂いが強くなったことで、その欲望が顔を覗かせている気がした。
雨のようにやさしく、時々力強く触れ合う唇同士がだんだんとピリッとした気持ちよさを運んでくる頃には、すっかり直人の熱が智にうつってしまった。
「智……今日、いいか?」
智もその気にはなっているが、なにせ場所が場所だ。
恋人の実家で行為に及ぶのは羞恥心もあってためらってしまう。
智の返事を待ちわびるように熱く揺れる瞳が向けられる。
その春の日差しのような双眸を見ているだけで、智は命まで捧げたいような、普段では考えられないほど大げさな気持ちになってしまう。
「ゆっくりシて。……声、あんまり…………」
了承の返事をするよりも早く、直人の唇が智のを塞いでしまった。
「智にい、おかえり!」
「アキくん、ただいま。また少し背が伸びたかな」
小学校六年生になった明人は少し早い成長期を迎えたのか、年頃の子どもにしては少し背が高い気がした。
ゴールデンウィーク以来智も会っていなかったが、緩やかに成長しているようだ。
「ちょっとだけな。そのうち直にいより大きくなるよ」
「楽しみだね」
身長百八十五センチを超えた直人より大きくなれるかは運もあるだろうけれど、この調子ならばきっと智の身長はすぐに追い越すように思えた。
「あのね、おれね、智にいに見せたい本があるんだ」
「そうなの?」
「うん。一緒に読もう」
「こら、明人。先に飯だろ」
智を慕ってくれているらしい明人は、智の顔を見るなりその腕を引いてきて、三ヶ月分溜めていた話をしたくて仕方がない様子だ。
それを直人が注意すると、ほんの少し拗ねた様子で直人を睨んだ。
「いいじゃん。直にいは学校も一緒で、車でもいっぱい話したんだろ?」
「だから先に飯だって。智も腹減ってるんだから」
「そうだね」
空腹かと聞かれると、実際にはこの暑さと日差しのせいでそこまでではなかったが、食べ盛りの二人の胃袋を満たすほうが先に思えて直人に同意する。
渋々という様子の明人は、それでも智の腕を離さなかった。
「じゃあ、智にいおれの隣ね。この前サッカーの試合があったんだ」
おしゃべりが止まらない明人の様子と、呆れ顔の直人に挟まってダイニングテーブルに腰を下ろせば、正面にいる直人の父は智にっこりと笑ってくれた。
はっきりとした顔つきの直人やその母と比べて優しい面差しの父の遺伝子は、明人が継いだらしい。
どことなく柔らかく親しみやすい雰囲気が二人にはあった。
「智くん、おかえり。悪いね、明人が騒がしくて」
「ただいま、です」
「今日は暑いから素麺にしたよ。智ちゃんもいっぱい食べてね」
直人の母がザルいっぱいの素麺を持ってくると、両サイドの目の色が変わった。
明人のおしゃべりも食欲には勝てず、一旦中断したかと思うと「いっただきまーす」と勢いよく素麺に手を伸ばしていった。
それに続くように小さな声で「いただきます」と手を合わせると、智も箸を持って食事に手を伸ばしていった。
新しく買ってもらったという虫の本や、サッカークラブでの話、学校のこと……。様々に話題を変えながら、明人は寝る直前まで智を離さなかった。
智が頷いて聞いているだけで満足なのか、一日中目を輝かせながら隣にいた明人は子どもらしくて微笑ましい。
拙いところもあるが基本的に話し上手なのか、明人の生活の様子が想像できて、その度に智は笑みをこぼしていた。
「智にい約束だよ、明日サッカーの朝練一緒に行こうね」
「うん。七時だね。おやすみ、アキくん」
やがて夜九時もすぎるとしゃべり疲れたのか、明人はやや重そうな瞼を見せて自分の部屋に戻っていく。
標高が高いとはいえこちらでも夏の暑さは厳しい。最近のクラブ活動は朝か夕方どちらかだけになることが多いそうだ。
おかげで明日は六時という、寮にいる時より少し早めの時間に起きることになってしまった。
だが、とくに苦には感じず、どちらかというと楽しみにしていた智が振り返ると、風呂から出て部屋着姿の直人が立っていた。
「アイツやっと寝たか。一日ずーっとしゃべってたな」
「アキくんの話、楽しかったよ」
時々しか会えないが、純粋に自分を慕ってくれる明人を智は本当の弟のように感じていたし、とてもかわいいと思って接している。
だが、そんな弟に長い時間智を取られていたのが不満なようで、直人はそっと智の手を取ってぎゅっと握ってきた。
「ここからは、俺の時間だろ?」
「うん」
智の布団はいつも直人の部屋に準備されている。
二人が恋人同士であること、そして将来を誓い合った仲であることはどちらの親にも話してある。
加えて、二人がアルファとオメガに稀に現れる“運命の番”という特別なパートナーであることも、智が特別な絆で結ばれた直人の傍が一番落ち着くこともお見通しだ。
そういう気遣いが嬉しくもあり、思春期の智は気恥ずかしさも感じている。
部屋に入ると促されるままベッドに腰を下ろす。ふかふかのベッドからは爽やかで力強い――直人の匂いが漂ってきた。
「閉めても大丈夫そうか?」
「うん。電気だけで大丈夫」
こちらに確認をしてから部屋の扉を閉めると、直人は飛びつくようにして智の華奢な身体を抱きしめた。
まるで母にしがみつく子どものようで自然と愛おしさに笑みが溢れてくる。
「まったく。明人のヤツ、智に甘えすぎ」
「かわいいよね」
「可愛い子ぶってるんだよ」
だが、それも甘えだと思えば智にとっては微笑ましいだけだ。
明人よりはさすがに大人だが、同じように甘えてくる直人の少し硬い毛を撫でていると、ずっとこの温かさの中にいたい気持ちにさせられる。
部屋に流れる穏やかさにうっとりとしていると、不意に頬に唇が押し当てられた。
「来年からは明人と二人きりは禁止だからな」
「直人の弟だよ?」
「一応アイツも中学生になるし、早けりゃそろそろ精通だってくるんだぞ」
直人の言葉に月日の流れの速さを感じる。
確かに二年前の明人はもっとあどけなくて、背も小さかった。
それがもうすぐ中学生で、身体も大人に近づいていると思うと、自分も同じように年齢を重ねていることが急に他人事のように感じてしまう。
感慨に耽っている智の頰に、再び直人の唇が触れる。
遊びに誘うような軽やかさがくすぐったく、自然と肩が揺れた。
そうして笑いながらも直人が求めているものがなんとなく分かって、顔を直人の方に向けて少し首を傾ける。
嬉しそうな直人の顔が近づいてきたのでゆっくりと目を閉じる。
そうして間もなく唇同士が触れたので、もっと直人のキスを受けようと身体の向きを変えて逞しい背中に手を回した。
言葉もないままだが、直人の匂いが強くなったことで、その欲望が顔を覗かせている気がした。
雨のようにやさしく、時々力強く触れ合う唇同士がだんだんとピリッとした気持ちよさを運んでくる頃には、すっかり直人の熱が智にうつってしまった。
「智……今日、いいか?」
智もその気にはなっているが、なにせ場所が場所だ。
恋人の実家で行為に及ぶのは羞恥心もあってためらってしまう。
智の返事を待ちわびるように熱く揺れる瞳が向けられる。
その春の日差しのような双眸を見ているだけで、智は命まで捧げたいような、普段では考えられないほど大げさな気持ちになってしまう。
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