海鳴き様と暮らした郷

松山あき

文字の大きさ
68 / 81
第六章 災害

68

しおりを挟む
 捜索と救助も二日目になって成果が出始めてきた。
 かろうじて一人生きている人間がいたので、すぐさま毛布で包んで家の中に運んでやった。
 他はいくら胸に耳を当てても音は聞こえず、皆冷たくなっていた。

 そこには長も、長の息子たちもいたが、清一郎の末の弟も骸の列に並んでしまった。
 
 白い肌が見えたとき、清一郎は「いたぞ!」と喜びの声をあげたし、きっと大丈夫だと何の根拠もなく希望を抱いた。

 それから清二郎と共に土を懸命にどけていき、ようやく救い出せるようになる頃にはそれが絶望に変わって、最初に弟の方が泣き崩れた。
 清一郎はその泣き声さえどこか遠くに聞きながら子どもを助け出してやる。

 まだ姉たちの周りを懸命に駆けていた六歳の末子しか知らない清一郎は、はじめはそれ弟だと分からなかった。
 だが、土から出てきた光を失った子どもの顔を見て一気に血の気が引き、その衝撃の強さに思わず名前を呼んでしまった。

「清三郎。こんなに大きく、なってたんか……。」

 十一になった清三郎は、寝小便をしていたあの頃の面影を残しながらも、体つきはしっかりしていて手足もずいぶん大きくなっていた。

 あの頃のように人懐っこい子どもだったのだろうか、と抱きしめた身体は硬く冷たい。心音を聞くまでもなく生きてはいないことが分かる。
 それでも手放すことはできなくて、固まってしまいもう動かすこともできない身体を必死に抱いて何度も何度も名前を呼んだ。

 日暮れまでには父も見つかったが、あの穏やかな手は清一郎の背中を叩いてくれることはなくて、その身体を抱き上げながら清一郎は一度だけ「すまんかった。」とだけ口にした。

 日が暮れて周囲が暗くなってからも諦められない男たちの手を止めたのは、炊事を任された女たちだ。
 冷たい風だけが吹き抜けていく中、鍋と温かな匂いを持って現れた女たちは数時間ぶりの希望だった。

 皆がいそいそと食べ物に吸い寄せられていく波に逆らって、清一郎は再び父と末の弟のところに足を運んで座り込む。
 もう一度顔を覗き込んでみても二人が清一郎に語りかけることはなく、どんな声で何を言うのかさえ想像できない。

「食事はもらったのか、清一郎。」

 夜の闇に溶けそうな姿を一番に見つけたのは勝だった。
 昨日に引き続きフミと食糧と薪を掘り起こしていたらしい。
 おかげで数日は飢えることも凍えることもないと、安堵している人もいるようだった。

 勝の片手には真っ白な湯気があがる汁物が握られており、味噌のいい香りが清一郎の胃を刺激する。

「もう少し家族の顔を見ておきたくてのう。」

 少なくとも明後日の今頃にはもう会えなくなる。そう思うとできるだけ多く心の中で言葉を交わしておきたかった。
 清一郎の隣に腰を下ろした後、勝は飯を食い始めることなく清一郎の視線の先を追った。

「お前の体格の良さはお父様譲りだったか。」

「十六の頃に追い越してしまったがな。」

 父と同じ背丈になる頃、大人の男の仕事を教えてもらったが、その全てを清二郎に渡す前に清一郎は郷を出てしまった。
 清一郎に根気強く教え続けた父はさぞがっかりしただろう。

「清三郎もねえや、ねえやばっかりで。……少しは兄も頼ってほしかったのう。」

「とても素直な子だとフミちゃんから聞いた。お前が皆をきちんと導いたから、フミちゃんも弟のことを優しく話せるのだろう。」

 自分がいなくなっても、弟や妹が下のきょうだいを思いやってくれていたことが分かって清一郎は再び気持ちがこみ上げて来そうになる。
 
 夜風が心の奥まで染みて来そうで、少しだけ勝に身体を寄せた。本当は抱きしめて、勝の温かさを確かめたかったが、それが許されないことなのは誰よりも分かっていた。

「俺ァ、清三郎がどんな声で話して、どんな顔で笑うのか知らん。もっと、もっと一緒にいたかった。」

「……それでもお前はまた出ていくんじゃろ。」

 寒さと悔しさに鼻を啜った清一郎に声をかけてきたのは、両手に腕を持った弟だった。
 父と弟に最後に温かい物を供えようという心遣いだろう。
 
 和夫に頭突きされてからほとんど声を発することはなかったが、やはり清一郎を嫌悪する気持ちは変わらないようだ。

「お前はまた何も言わんで、何も教えてくれんまま、俺たちを捨てるんじゃろ?」

 捨てたりしないと言いたかったが、結局清二郎たちが行くと言わなければ捨てるようなものだ。
 そういう後ろめたさもあって無言がつづく。それが清二郎の怒りにいよいよ火をつけてしまった。

「そうやって小さいグンジンサンの後ろに隠れてコソコソしよって。もうお前にはうんざりじゃ、明日にでも帰れ!!」

 清一郎は弟たちのためにこれまで何も言わずにきた。海鳴き様のことはその秘密を知っている長にさえ“清一郎が呪いを全て引き継いだ”と言うつもりだった。
 まして郷の罪とも言えるものを弟らに背負わせるつもりはなく、できることならそれを秘密にしたまま町へと連れて行きたかった。
 
 だが、嘘と沈黙で大切なものを守ろうとする清一郎の卑怯さが、敏い弟には透けて見えていたのかもしれない。そう直感させるような鋭い叫びだ。
 
「にぃにぃ!……なんでケンカしとるん?」

 清二郎の怒鳴り声が聞こえたらしく、食事の輪から抜け出してきたフミが心配そうな顔で駆け寄ってきた。

「にぃにぃ、あにぃと話するって言ったじゃろう。どうしていなくなったか、教えてもらうって。」

「だが、やっぱりこいつは俺に何も言わんと出ていくつもりじゃ。待つ方の……俺の気持ちなんか、どうでもええんじゃ。」

 清二郎は腕をフミに押しつけようとしたがフミは受け取ろうとせず、少しの攻防戦の隙に清一郎は立ち上がって弟の肩を掴んだ。
 その薄い肩がこれまで清一郎の代わりにきょうだいを背負っていたと思うと苦しくなる。

「どうでもいいわけないじゃろ。お前のことも、フミのことも、海の向こうにいたって忘れたことなか。」

「ならどうして何も言わないんじゃ……!!中途半端に優しくしよって、何もわからん!!」

 清一郎が優しさに促されるままに秘密を貫いていることが、弟を苦しめているのだろうか。
 今にも溢れそうな涙を湛えた瞳を清一郎はまっすぐに見つめてから、清二郎から一つだけ椀を受け取ったフミに視線を移した。

「にぃにぃは、これをあにぃと食べるって言って持っていったんじゃ。……あにぃ。にぃにぃは今でもきょうだいの誰よりもあにぃのことが好きなんじゃよ。」

 少し冷たくなった食事を受け取って、清一郎は瞬きをしたせいで泣き出した弟の頭を優しく撫でる。
 清一郎を呼びながら背中を追ってきたあの頃と変わらない弟がそこにはいた。

「すまんかったな。あにぃも、ずっとお前に会いたかった。」
 
 不満そうな顔でそっぽは向いたが、決して止めるよう言わないところに清二郎の気持ちがあるように思える。

 静かに清一郎は勝を振り返る。勝もまた清一郎の弟の隠れた気持ちや、フミの不安な心の裏側を察しているようだった。

「勝、言ってもええか。清二郎やフミだけじゃない。郷の人間みんなに全部話しても。」

「もとよりこれは郷のものだ。好きにしたらいい。お前の選んだことを私は支えるだけだ。」

 清一郎のきょうだいは二人ともぽかんとしているが、清一郎と勝がその身に背負ったのは郷が重ねてきた影だ。
 平穏と共同という光の後ろに見えないよう隠してきた、どうしてもついてまわる影。

 全てを明かすなら二人だけでなく、皆にそうしなければいけないだろうと、清一郎は勝に問いかけた。
 勝は了承するだろうと思ってはいたが、あまりにもすんなりと決まるので思わず苦笑が漏れた。

 まだ兄たちの会話についてこれていない様子のふたりに清一郎は再び目を向ける。

「すまんが、いつでもいい。郷の皆を呼んでくれ。全員じゃ。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

悋気応変!

七賀ごふん
BL
激務のイベント会社に勤める弦美(つるみ)は、他人の“焼きもち”を感じ取ると反射的に号泣してしまう。 厄介な体質に苦しんできたものの、感情を表に出さないクールな幼なじみ、友悠(ともひさ)の存在にいつも救われていたが…。 ────────── クール&独占欲強め×前向き&不幸体質。 ◇BLove様 主催コンテスト 猫野まりこ先生賞受賞作。 ◇プロローグ漫画も公開中です。 表紙:七賀ごふん

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...