70 / 81
第六章 災害
70
しおりを挟む
一緒に水浴びをしたことがある者も清一郎の腹はかつてまっさらだったことを知っていて、驚きと何か分からないことへの恐怖で震えている。
中にはこれが顔料か何かと疑い穴が空くほど見ている者もいた。
「清一郎さんのそれは生まれつきじゃ。」
「呪いをもらってこうなったとは言えんからな。……触ってみるか?」
清一郎の言葉に郷の人間がおそるおそる清一郎の腹に指先を触れさせる最中、これが蒙古斑だという清一郎の嘘を信じていた和夫は別の意味で驚愕している。
中にはこれに触れたら穢れをもらいそうだと動かない人もいたが、数人が清一郎の腹に触れ、指先を押しつけ、時には爪でカリカリと削ろうとして、それが肌に染み付いたものだと確認していく。
「ふ、ははっ。くすぐったいのお。」
「清一郎、もう良いだろう。そろそろ仕舞え。」
皆がそーっと触るので段々と擽られているような心地になった清一郎が思わず笑い出すと、勝が不機嫌そうに眉を寄せてそう言った。
この腹を見ていると憎しみが増すと以前話していた。海鳴き様の機嫌も段々悪くなってきたのかもしれない。
勝の声に皆パッと手を話してもとに戻っていき、清一郎ももう一度服を纏っていく。
肌が見えなくなったところで勝は深く息をつき、胡乱な目で清一郎を睨みつけた。
「全く。見世物ではないのだぞ。」
印は見えなくなったのに何故機嫌が悪いのだろうと首を傾げる清一郎に、焦れったそうに清二郎が問いかけた。
「あにぃ、あれは何じゃ。あんな恐ろしいもん、俺は見たことなか。」
「簡単に言うと、依代の印じゃ。あの夜、俺は身体に呪いを刻まれたんじゃ。」
実際にはそうではないところもあるのだが、それを話すにはまだ時間がかかる。
歴代の依代にしてきたことと併せないと清一郎の印の本質は分からない。
「生け贄……依代ってのが本当かもしれんことはわかった。だが、お前さんが普通にしとるんはなんでじゃ?祭壇で半分死んだようになるんじゃなか?」
「話すと長くなるが、呪いの半分を私が受け継いだせいもあるだろう。」
そう答える勝に、皆が先ほどのフミの疑問を思い出した。この郷の惨劇に海鳴き様の意思は関与していないと、清一郎は勝を見てから答えた。
その話がやっと理屈を以って繋がりを見せてきた。
「清一郎は身体に呪いを残したが、私は海鳴き様の記憶を魂に刻まれた。……そうとしか言いようがないほど、生々しい記憶と感情を。」
本来郷の人間から出していた犠牲を、沖の人間に背負わせてしまった。
清一郎の背負う悔しさも、後悔も、誰もが理解をし始めている。
「……海鳴き様が、俺たちの神様が、なんで沖の不浄な者に宿るんじゃ!」
「お前は、嘘をついて清一郎を連れ出したんじゃなか?」
だが信心深い者や疑り深い者はまだ二人の話を信じていない。
自分たちの守り神が自分たちに犠牲を強いるはずがないと、必死に思い込んでいる。
魂や記憶は形にして見えるものでもない。どうしたものかと悩む清一郎を横目に、勝はリツに一歩近づいた。
「リツさんだったな。……あなたはトキ子さんを覚えているか。源吉さんの隣の家に住んでいた、お下げの似合う少女だ。」
突然の問いかけにリツはわけが分からないと言いたげに一つ頷いた。
リツは源吉を知っていると言っていた。ならばその恋人のトキ子のことも当然知っているだろう。
「……そうか、あなたが“お向かいのりっちゃん”か。トキ子さんは、あなたをとても可愛がっていた。髪を結ってあげると笑う顔が好きだったようだな。それから、晴義さんとは幸せになれたのか気にかけていた。何か内緒話があると森の入り口のところまで連れていってくれて……。」
「も、もう……よしとくれ!!アンタが海鳴き様じゃってわかったから……。」
町の年寄りならばそのまま念仏でも唱えそうなほど震えて泣いている。さすがにその様子が可愛そうになり、清一郎はリツを慰めるようにその場に座ると呆れたような目で勝を勝に向けた。
「年寄りをあまり虐めるんじゃなか。トキ子さんの記憶はほとんど残ってないんじゃなかったか?」
「海鳴き様が手伝ってくださったのだ。不思議だが郷に入ってから憎しみよりも悲しみを感じているようなのだ。」
そういうことかと納得する清一郎だが、郷の人間はほとんど置いてけぼりだ。
トキ子という人、怯えるリツ、海鳴き様の手伝い……一つずつ拾っても何が起きているのか理解できる人間がいるはずもなかった。
咳払いを一つすると清一郎はそのままの姿勢で皆に語りかけた。
「トキ子さんっちゅーは俺たちの前の依代じゃ。勝は海鳴き様と、依代になった人間の記憶を呪いとして受け取ってしまったんじゃ。」
普通の人間なら到底信じられないだろうが、勝が五十年以上前に郷から消えた人間のことをリツが怯えるほど詳細に知っていた。これを見せられてなおも嘘だ、からくりがあると言い出せる者はいなかった。
しばらくリツのすすり泣く声がこだまして、皆が知らぬ間に代償を支払った上で平和を享受していたことを理解した。
「郷が人の命を差し出してきたんは、確かに痛ましいことじゃ。だが自ら依代を求めた海鳴き様がどうして我々を憎むのだ。そこの坊主は“憎しみより悲しみを感じている”と言ったな。」
そこがこの郷最大の罪だ。今のように誰もが慎ましく生きていれば海鳴き様も穏やかだったに違いない。
清一郎はそれを言うべきか未だ悩んでいた。言ってしまえば、今度こそ神は人間になってしまうし、自分たちが生まれながらに背負っているものを直視することになる。
ちらりと清二郎を見あげた。清一郎が背負わすまいと何も言わずにいたために、傷ついた可愛い弟の顔を。
じっと清一郎を見つめており、硬く結んだ唇が真実を求めているように思えて清一郎は決意を固めた。
「……海鳴き様が生贄を求めたんは郷の人間のせいだったんじゃ。」
中にはこれが顔料か何かと疑い穴が空くほど見ている者もいた。
「清一郎さんのそれは生まれつきじゃ。」
「呪いをもらってこうなったとは言えんからな。……触ってみるか?」
清一郎の言葉に郷の人間がおそるおそる清一郎の腹に指先を触れさせる最中、これが蒙古斑だという清一郎の嘘を信じていた和夫は別の意味で驚愕している。
中にはこれに触れたら穢れをもらいそうだと動かない人もいたが、数人が清一郎の腹に触れ、指先を押しつけ、時には爪でカリカリと削ろうとして、それが肌に染み付いたものだと確認していく。
「ふ、ははっ。くすぐったいのお。」
「清一郎、もう良いだろう。そろそろ仕舞え。」
皆がそーっと触るので段々と擽られているような心地になった清一郎が思わず笑い出すと、勝が不機嫌そうに眉を寄せてそう言った。
この腹を見ていると憎しみが増すと以前話していた。海鳴き様の機嫌も段々悪くなってきたのかもしれない。
勝の声に皆パッと手を話してもとに戻っていき、清一郎ももう一度服を纏っていく。
肌が見えなくなったところで勝は深く息をつき、胡乱な目で清一郎を睨みつけた。
「全く。見世物ではないのだぞ。」
印は見えなくなったのに何故機嫌が悪いのだろうと首を傾げる清一郎に、焦れったそうに清二郎が問いかけた。
「あにぃ、あれは何じゃ。あんな恐ろしいもん、俺は見たことなか。」
「簡単に言うと、依代の印じゃ。あの夜、俺は身体に呪いを刻まれたんじゃ。」
実際にはそうではないところもあるのだが、それを話すにはまだ時間がかかる。
歴代の依代にしてきたことと併せないと清一郎の印の本質は分からない。
「生け贄……依代ってのが本当かもしれんことはわかった。だが、お前さんが普通にしとるんはなんでじゃ?祭壇で半分死んだようになるんじゃなか?」
「話すと長くなるが、呪いの半分を私が受け継いだせいもあるだろう。」
そう答える勝に、皆が先ほどのフミの疑問を思い出した。この郷の惨劇に海鳴き様の意思は関与していないと、清一郎は勝を見てから答えた。
その話がやっと理屈を以って繋がりを見せてきた。
「清一郎は身体に呪いを残したが、私は海鳴き様の記憶を魂に刻まれた。……そうとしか言いようがないほど、生々しい記憶と感情を。」
本来郷の人間から出していた犠牲を、沖の人間に背負わせてしまった。
清一郎の背負う悔しさも、後悔も、誰もが理解をし始めている。
「……海鳴き様が、俺たちの神様が、なんで沖の不浄な者に宿るんじゃ!」
「お前は、嘘をついて清一郎を連れ出したんじゃなか?」
だが信心深い者や疑り深い者はまだ二人の話を信じていない。
自分たちの守り神が自分たちに犠牲を強いるはずがないと、必死に思い込んでいる。
魂や記憶は形にして見えるものでもない。どうしたものかと悩む清一郎を横目に、勝はリツに一歩近づいた。
「リツさんだったな。……あなたはトキ子さんを覚えているか。源吉さんの隣の家に住んでいた、お下げの似合う少女だ。」
突然の問いかけにリツはわけが分からないと言いたげに一つ頷いた。
リツは源吉を知っていると言っていた。ならばその恋人のトキ子のことも当然知っているだろう。
「……そうか、あなたが“お向かいのりっちゃん”か。トキ子さんは、あなたをとても可愛がっていた。髪を結ってあげると笑う顔が好きだったようだな。それから、晴義さんとは幸せになれたのか気にかけていた。何か内緒話があると森の入り口のところまで連れていってくれて……。」
「も、もう……よしとくれ!!アンタが海鳴き様じゃってわかったから……。」
町の年寄りならばそのまま念仏でも唱えそうなほど震えて泣いている。さすがにその様子が可愛そうになり、清一郎はリツを慰めるようにその場に座ると呆れたような目で勝を勝に向けた。
「年寄りをあまり虐めるんじゃなか。トキ子さんの記憶はほとんど残ってないんじゃなかったか?」
「海鳴き様が手伝ってくださったのだ。不思議だが郷に入ってから憎しみよりも悲しみを感じているようなのだ。」
そういうことかと納得する清一郎だが、郷の人間はほとんど置いてけぼりだ。
トキ子という人、怯えるリツ、海鳴き様の手伝い……一つずつ拾っても何が起きているのか理解できる人間がいるはずもなかった。
咳払いを一つすると清一郎はそのままの姿勢で皆に語りかけた。
「トキ子さんっちゅーは俺たちの前の依代じゃ。勝は海鳴き様と、依代になった人間の記憶を呪いとして受け取ってしまったんじゃ。」
普通の人間なら到底信じられないだろうが、勝が五十年以上前に郷から消えた人間のことをリツが怯えるほど詳細に知っていた。これを見せられてなおも嘘だ、からくりがあると言い出せる者はいなかった。
しばらくリツのすすり泣く声がこだまして、皆が知らぬ間に代償を支払った上で平和を享受していたことを理解した。
「郷が人の命を差し出してきたんは、確かに痛ましいことじゃ。だが自ら依代を求めた海鳴き様がどうして我々を憎むのだ。そこの坊主は“憎しみより悲しみを感じている”と言ったな。」
そこがこの郷最大の罪だ。今のように誰もが慎ましく生きていれば海鳴き様も穏やかだったに違いない。
清一郎はそれを言うべきか未だ悩んでいた。言ってしまえば、今度こそ神は人間になってしまうし、自分たちが生まれながらに背負っているものを直視することになる。
ちらりと清二郎を見あげた。清一郎が背負わすまいと何も言わずにいたために、傷ついた可愛い弟の顔を。
じっと清一郎を見つめており、硬く結んだ唇が真実を求めているように思えて清一郎は決意を固めた。
「……海鳴き様が生贄を求めたんは郷の人間のせいだったんじゃ。」
0
あなたにおすすめの小説
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
悋気応変!
七賀ごふん
BL
激務のイベント会社に勤める弦美(つるみ)は、他人の“焼きもち”を感じ取ると反射的に号泣してしまう。
厄介な体質に苦しんできたものの、感情を表に出さないクールな幼なじみ、友悠(ともひさ)の存在にいつも救われていたが…。
──────────
クール&独占欲強め×前向き&不幸体質。
◇BLove様 主催コンテスト 猫野まりこ先生賞受賞作。
◇プロローグ漫画も公開中です。
表紙:七賀ごふん
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる