海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第六章 災害

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 一緒に水浴びをしたことがある者も清一郎の腹はかつてまっさらだったことを知っていて、驚きと何か分からないことへの恐怖で震えている。
 中にはこれが顔料か何かと疑い穴が空くほど見ている者もいた。

「清一郎さんのそれは生まれつきじゃ。」

「呪いをもらってこうなったとは言えんからな。……触ってみるか?」

 清一郎の言葉に郷の人間がおそるおそる清一郎の腹に指先を触れさせる最中、これが蒙古斑だという清一郎の嘘を信じていた和夫は別の意味で驚愕している。

 中にはこれに触れたら穢れをもらいそうだと動かない人もいたが、数人が清一郎の腹に触れ、指先を押しつけ、時には爪でカリカリと削ろうとして、それが肌に染み付いたものだと確認していく。

「ふ、ははっ。くすぐったいのお。」

「清一郎、もう良いだろう。そろそろ仕舞え。」

 皆がそーっと触るので段々と擽られているような心地になった清一郎が思わず笑い出すと、勝が不機嫌そうに眉を寄せてそう言った。
 この腹を見ていると憎しみが増すと以前話していた。海鳴き様の機嫌も段々悪くなってきたのかもしれない。
 
 勝の声に皆パッと手を話してもとに戻っていき、清一郎ももう一度服を纏っていく。
 肌が見えなくなったところで勝は深く息をつき、胡乱な目で清一郎を睨みつけた。

「全く。見世物ではないのだぞ。」

 印は見えなくなったのに何故機嫌が悪いのだろうと首を傾げる清一郎に、焦れったそうに清二郎が問いかけた。

「あにぃ、あれは何じゃ。あんな恐ろしいもん、俺は見たことなか。」

「簡単に言うと、依代の印じゃ。あの夜、俺は身体に呪いを刻まれたんじゃ。」

 実際にはそうではないところもあるのだが、それを話すにはまだ時間がかかる。
 歴代の依代にしてきたことと併せないと清一郎の印の本質は分からない。

「生け贄……依代ってのが本当かもしれんことはわかった。だが、お前さんが普通にしとるんはなんでじゃ?祭壇で半分死んだようになるんじゃなか?」

「話すと長くなるが、呪いの半分を私が受け継いだせいもあるだろう。」

 そう答える勝に、皆が先ほどのフミの疑問を思い出した。この郷の惨劇に海鳴き様の意思は関与していないと、清一郎は勝を見てから答えた。

 その話がやっと理屈を以って繋がりを見せてきた。

「清一郎は身体に呪いを残したが、私は海鳴き様の記憶を魂に刻まれた。……そうとしか言いようがないほど、生々しい記憶と感情を。」

 本来郷の人間から出していた犠牲を、沖の人間に背負わせてしまった。
 清一郎の背負う悔しさも、後悔も、誰もが理解をし始めている。

「……海鳴き様が、俺たちの神様が、なんで沖の不浄な者に宿るんじゃ!」

「お前は、嘘をついて清一郎を連れ出したんじゃなか?」

 だが信心深い者や疑り深い者はまだ二人の話を信じていない。
 自分たちの守り神が自分たちに犠牲を強いるはずがないと、必死に思い込んでいる。

 魂や記憶は形にして見えるものでもない。どうしたものかと悩む清一郎を横目に、勝はリツに一歩近づいた。

「リツさんだったな。……あなたはトキ子さんを覚えているか。源吉さんの隣の家に住んでいた、お下げの似合う少女だ。」

 突然の問いかけにリツはわけが分からないと言いたげに一つ頷いた。
 リツは源吉を知っていると言っていた。ならばその恋人のトキ子のことも当然知っているだろう。

「……そうか、あなたが“お向かいのりっちゃん”か。トキ子さんは、あなたをとても可愛がっていた。髪を結ってあげると笑う顔が好きだったようだな。それから、晴義さんとは幸せになれたのか気にかけていた。何か内緒話があると森の入り口のところまで連れていってくれて……。」

「も、もう……よしとくれ!!アンタが海鳴き様じゃってわかったから……。」

 町の年寄りならばそのまま念仏でも唱えそうなほど震えて泣いている。さすがにその様子が可愛そうになり、清一郎はリツを慰めるようにその場に座ると呆れたような目で勝を勝に向けた。

「年寄りをあまり虐めるんじゃなか。トキ子さんの記憶はほとんど残ってないんじゃなかったか?」

「海鳴き様が手伝ってくださったのだ。不思議だが郷に入ってから憎しみよりも悲しみを感じているようなのだ。」

 そういうことかと納得する清一郎だが、郷の人間はほとんど置いてけぼりだ。
 トキ子という人、怯えるリツ、海鳴き様の手伝い……一つずつ拾っても何が起きているのか理解できる人間がいるはずもなかった。
 
 咳払いを一つすると清一郎はそのままの姿勢で皆に語りかけた。

「トキ子さんっちゅーは俺たちの前の依代じゃ。勝は海鳴き様と、依代になった人間の記憶を呪いとして受け取ってしまったんじゃ。」

 普通の人間なら到底信じられないだろうが、勝が五十年以上前に郷から消えた人間のことをリツが怯えるほど詳細に知っていた。これを見せられてなおも嘘だ、からくりがあると言い出せる者はいなかった。

 しばらくリツのすすり泣く声がこだまして、皆が知らぬ間に代償を支払った上で平和を享受していたことを理解した。

「郷が人の命を差し出してきたんは、確かに痛ましいことじゃ。だが自ら依代を求めた海鳴き様がどうして我々を憎むのだ。そこの坊主は“憎しみより悲しみを感じている”と言ったな。」

 そこがこの郷最大の罪だ。今のように誰もが慎ましく生きていれば海鳴き様も穏やかだったに違いない。
 清一郎はそれを言うべきか未だ悩んでいた。言ってしまえば、今度こそ神は人間になってしまうし、自分たちが生まれながらに背負っているものを直視することになる。

 ちらりと清二郎を見あげた。清一郎が背負わすまいと何も言わずにいたために、傷ついた可愛い弟の顔を。
 じっと清一郎を見つめており、硬く結んだ唇が真実を求めているように思えて清一郎は決意を固めた。
 
「……海鳴き様が生贄を求めたんは郷の人間のせいだったんじゃ。」
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