金曜日のチョコレート

上木 柚

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10 青年の企み2

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「ちょっと待って!彼女って?誰の事?」

 壱岐は慌てて由希子の腕を掴む。

「彼女は彼女でしょう!ふわふわのセミロングヘアの子。前に家に呼んでたじゃない!」

 由希子は掴まれた腕を振りほどこうと腕をバタバタと動かす。

「ふわふわのセミロング?ああ!」

 壱岐が何か思い当たったような声を出したとほぼ同時にエレベーターが八階に着き、扉が開くと由希子は勢いよくエレベーターから飛び出し、一目散に部屋の鍵を開ける。

「待って!ちょっと待って!由希子さん!」

 慌てて後を追ってきた壱岐が閉まりかけた扉に身体を滑り込ませた。由希子はギョッとして壱岐の身体を押し戻そうとしたが、びくともしない。

「ちょっと!入ってこないで!」
「待って!話を聞いて由希子さん!彼女じゃないから!」

 由希子の肩を掴むと壱岐はさっと由希子の部屋の玄関に入り、扉をそっと閉めた。

「妹だよ。前に話したことあったでしょ?大学決まって、家探しで上京した時にうちに泊まった。その時見たんじゃない?」
「い…もう…と…?」

 初めて二人で食事をした日の事が脳裏に浮かんだ。夕食が楽しくて、帰りがたくて夜の公園のベンチに二人、いろんな話をした。確かに受験中の妹がいると壱岐が話していた。瞬間、自分の勘違いに気付き、由希子は居た堪れなくなり、両手で顔を覆いながらその場にしゃがみ込んだ。

「なんだ、私てっきり…彼女かと思って…」
「ねえ、もしかして、妬いてくれたの?」

 壱岐もしゃがみ込み、由希子の耳元で優しく尋ねた。

(妬いた…?そうか、私、嫉妬して、悲しくて…でも…)

 由希子は静かに首を横に振る。

「…妬いてなんかないわ…」 

 そう静かに呟くと、スッと立ち上がって玄関の扉に手をかける。

「…勘違いして騒いでごめん。でも妬いてなんかないわ。さ、帰って…」

 そう言いながらドアノブに掛けた手に力を入れようとした由希子の腕を壱岐はそっと掴み、自分の方を向かせた。

「じゃあなんでそんな顔してるの?」
「え?」

 気付くと由希子の両頬をつたう雫があった。

「さっきも言ったけど、俺は由希子さんが好きだよ」

 壱岐はそれを指でそっと拭いながら再び由希子に想いを告げた。ゆっくりと、静かに、今度こそ伝わる様に。

「だから、それは同情だよ…。あんな所見たから、可哀相になって…」
「違う!」

 なおも自分を突き放そうとする由希子の言葉を遮り、壱岐は由希子を抱き締めた。

「俺は、由希子さんのチョコレート一つ選ぶのにもいつも真剣な所が好きだ。ショートカットも大きな瞳も好きだ。でも由希子さんならショートでもロングでもなんでも好きだ。いつも少し冷たくて小さい手も、繋いだ時に一瞬ビクッてなる所も、実はよく喋る所も、クールぶってるけど本当はくるくる変わる表情も、メッセージはどんなにくだらない内容でも、遅くなっても必ず返してくれる所も、誰も気付かない様な小さな仕事でも真面目に取り組む誠実さも、本当は寂しいのに誰にも頼らずに生きていこうとする性格も、全部全部好きなんだ…」

 抱き締める腕にさらに力がこもる。

「だから、由希子さん、考えてみて?俺を好きになって」
 
 由希子は俯いていた顔を上げ、壱岐をまっすぐ見つめた。

「ありがとう…。もうちゃんと好きだよ。たぶんずっと前から…」

 その言葉に壱岐は目を見開くと、再び由希子を強く抱き締めた。

「…ごめんね。壱岐くん」
「何が?」
「もう一度傷つくのが怖くて、同情だって決めつけて、壱岐くんの気持ち、はぐらかし…んっ」

 由希子の言葉を遮る様に壱岐はその唇を重ねた。

「大丈夫。俺はずっと由希子さんだけだよ」

 見つめ合いながら囁くと、再び口づけた、二度、三度と啄むようにキスすると、今度は顔じゅうにキスの雨を降らせる。額に、まだ涙の雫がつたう目尻に、頬に。
 そして、今度は深く、食べるように。

「待って、待って壱岐くん…」

 性急なキスの嵐に慌てて身体を離そうとする由希子をさらに強く抱き締める。

「待てない、抱いてもいい?」

 熱を孕んだ眼差しに、由希子の鼓動は速くなる。咄嗟に俯くと、こくんと小さく頷いた。
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