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118 予期せぬ訪問者 ???
しおりを挟む──数日前のこと。
滅多に人が訪れることのない寂れた教会では、フードで顔を隠してはいるが、高貴な空気を纏うお方が、必死に懺悔をしていた。
「俺は、大切な人たちに暴力を振るってしまった屑です。神よ、どうか俺の罪をお許しくださいっ」
両膝をつき、祈りを捧げてから、かれこれ三時間は経過している。
あまりに長い祈りに、心配になって様子を見に行くと、ステンドグラスから差し込む光に照らされた青年の横顔は、それはそれは美しかった。
そして、黒曜石のような瞳に、そのお方の正体がわかってしまった私は息を呑んだ。
「いや……、やっぱり許さなくて良いです。一生償い続けます……。でも、二人には幸せになってもらいたいんです。その願いだけでも叶えてください……」
他人のために神に祈りを捧げていたことに驚き、別人ではないかと、私は目を疑った。
「あ、それから二人が始める事業も、成功しますように。あと、調味料専門店も流行って、クロフォード国に茶色革命を巻き起こせますように……。それと、ジョンが作ろうとしているものに、マヨネーズも混ぜてみたらどうかと、アドバイスも送ってもらえませんか? 俺の助言なしで、あと少しで唐揚げが完成しそうなんです。ずっと言いたくてうずうずしてるんですけど、今アドバイスしちゃうと、俺が発案したことになっちゃうし……。だから、お願いしますっ!」
……祈りの半分は理解出来なかったが、傍若無人の我儘王子様にも、いろいろと悩みがあるようだ。
もう少し聞いていたかったのだが、厄介なことになる前にその場を離れることにした。
「あのっ……」
背後ですっと立ち上がった気配に、遅かったかと内心舌打ちをしたが、ゆっくりと振り返る。
私の顔を見たリオン・クロフォード第四王子殿下が息を呑んだ。
大きな目が見開かれる。
……まさか、彼に私の正体がバレてしまうなどと、思いもしなかった。
どう切り抜けようかと考えながら、笑みを浮かべると、彼は私の顔をまじまじと見つめていた。
「神父様ですか?」
「はい……」
頷く私に一歩近付いたお方に、真っ直ぐに見つめられて、柄にもなく背に冷や汗が流れた。
「また、明日も来ても良いですか?」
「ええ。お好きな時に──」
控えめな笑みを浮かべたお方は、頭を下げて去っていった。
その背を眺めていた私は、どうしてここまで辿り着くことが出来たのかと、彼に興味を抱いていた。
「兄貴……」
私たちの様子を伺っていた弟分が、姿を現す。
腕っぷしが強いのだが、小心者のドレイクに、大丈夫だと肩を竦めてみせる。
「本当っすか? 明日も来るって言ってましたけど……。俺たちのことがバレてるんじゃ……」
「いや、そこまで賢いお方ではないはずだ」
「でも、兄貴の顔をじっくり見てましたよ?! あれは多分、勘付いていると思います」
まだなんとも言えないのだが、気付かれた可能性は高いだろう。
「でも、よくここがアジトだって気付いたな……。悪党は、俺たちの考えそうなこともお見通しってことか」
今までで一番厄介な相手だと警戒するドレイクに、様子を伺おうと告げる。
「でも、いいんすか? 娼館を奪い取られちまって……。しかも、噂では他のところにも目をつけてるらしいっすよ?」
「まあ、あの店は売り上げも少なかったし、勝手に違法薬物を使用していたんだ。あのお方には、感謝しているくらいだよ」
「っ……そうっすね」
珍しく私が笑ったからか、ドレイクが怯えたようにビクリと体が反応していた。
「他の店も潰す気なら、こちらもそれ相応の対応をしないとな?」
「っ、は、はい。でも、いきなり兄貴に会いに来るなんて、やっぱり肝が据わってる……。悪党の頂上決戦っすね?」
けらけらと笑う声を聞きながら、先日目撃したリオン殿下のことを思い出す。
男娼たちを気に入ったのか、四人乗りの馬車に、三十人で乗ろうとしていた頭の弱いお方だ。
彼のバックには兄王子たちがついているはずだが、彼らは私たちの行動を静観している。
それなのに、どうして今になって接触して来たのだろうか?
……我儘王子様の気まぐれか。
先程は熱心に懺悔をしていたし、不可解なことばかりだが、仲間を守るためにも、私は逃げるわけにはいかない。
そう思っていたのだが……。
◆
「ドレイク、俺と一緒に働かないか?」
たらふく飯を食わせて、言葉巧みに相手の懐に入る。
私と同じようなやり口で勧誘している、リオン・クロフォード。
しかも、あれほど警戒していたドレイクと、あっという間に仲を深めていた。
「いやいや、俺なんかが真っ当な職に就くなんて、無理に決まってるっすよ」
「なんで無理なんだ? マッチョだから力仕事は余裕だろ? あ、でも事務の仕事でも良いぞ?」
「っ、ありえないでしょう。計算すら出来ないのに……」
「俺が教える。ドレイクが出来るようになるまで、スパルタでな?」
額に傷のある悪人面のドレイクに、気安く肩を組む王子様。
そんなことをされても、あの男は恩人である私に惚れ込んでいるのだ。
断るだろうと思っていたのだが……。
天使の微笑みを間近で見てしまったドレイクは、頬を染めて小さく頷いていた。
リオン・クロフォードのことを探るはずが、仲間を一人引き抜かれそうになっている現実に、私は目眩がしていた。
彼が教会を去った後、ドレイクを叱り付けたのだが、我儘王子様を庇う発言ばかりを繰り返す。
苛立つ私は、リオン・クロフォードに細やかな嫌がらせをすることにした。
彼の先祖を侮辱する本をプレゼントするのだが、この時の私は、彼が喜ぶだなんて、夢にも思っていなかった。
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